善意100%の弾丸
「宗馬くん、企画してくれてありがとう。ARCってこういう飲み会しないイメージだったから、誘ってくれたことにびっくりしちゃった」
乾杯の直後、千木良が向かいの宗馬に笑顔で感謝を述べた。
六本木のホテルのスイートルームを時間単位で貸し切り、五人が宴の席を囲む。凌也と宗馬の後方、少し離れた位置で、望月が待機。こっそりインカムも忍ばせている。
「千木良さん。榊先輩にも、声かけてくださって、ありがとうございます。榊先輩、先日はどうも」
宗馬が爽やかに声をかけると、榊は小さく会釈した。
「榊くんって、宗馬と高校同じだったんでしょ」
「うん。学年が二つ離れてるから、当時はあんまりお話する機会がなかったんだ」
宗馬が言うと、榊は柔らかい笑みを浮かべた。
「宗馬くんのこと、知ってた。一年生にすごくイケメンの子がいるって噂になってた。芸能コースの高校でも、かなり目立ってたよ」
「そうなの? 榊くんより?」
榊の隣に座っている千木良が首を傾げた。
「いえ、そんなことないです。おれ、当時はメディアなんかちっとも出られてないし。ほぼYouTuberでした。ねえ、凌也」
「まあ、ハイ。そうでーす。ありがたいことに、ここ最近ようやくお仕事いただけるようになりました」
笑顔を貼り付けた凌也がピースを作った。
「ねえ、榊くんって、高校のときからかっこよかった?」
千木良が榊に尋ねた。
「おれに聞かれても」
「かっこよかったです! 背も高いし! 成績優秀者で、朝礼で表彰されてましたよね?」
「知ってるー。大学もストレートで卒業してたよね、あま……榊くん」
普って言おうとしたか、今。
凌也はちらっと千木良を見てから、目の前の葦原に視線を移した。
申し訳ないが、君には今日スポットライトを当てる予定はないのだ。
凌也が心の中で謝罪した直後、葦原が口を開いた。
「晃くんって、今日来ないんですね」
「……そうなの。申し訳ないね。ちょっと仕事の都合でね。なんか話したいことあった?」
「もう五年前くらいだけど、おれ、晃くんと共演したことあって」
葦原が喋り出すと、千木良も宗馬も喋るのを止めた。
「稽古の後、監督に結構強い口調でイジられたんだ。デルタ株にかかっちゃったこと、個人的に気にしてたからしんどくてさ。そしたら、スッて袖から出てきて、違う話題を振ってくれて。はけた後、大丈夫? って声かけてくれて。嬉しかった」
「へえ。いいとこあんじゃん」
「晃ってそういうやつなんです。いいやつでしょ?」
宗馬が嬉しそうに笑った。
「うん、いい人だなって。もう、本人は忘れてるかもしれないけど、今日お礼が言いたかったんだよなあ」
「……晃くん、おれも雑誌の取材で話したことあってさ」
榊の低い声に、今度は全員の視線が榊に集まる。
「明るくて、スタッフさんにも礼儀正しくて、いい人なんだろうなって思った。陽のオーラ、凄いよね」
「えっ。皆、そうなの? じゃあ、やっぱり私、嫌われてるかもぉ……」
千木良が頬に手を当てて困った顔をした。
そーだよ、というのを宗馬が我慢している顔が隣に見えて、凌也は足で宗馬を小突いた。
さて。どうこのグループ飲みを解いて、千木良とのタイマンに持ち込むか。
凌也が「ねえ」と口を開いたのと同時に、部屋のインターフォンが鳴った。
「誰?」
千木良が首を傾げた。
望月がドアを開けると、マネージャーらしき男と、その後ろを、派手な髪色のボブヘアの女が、高いヒールを鳴らして入ってきた。
「やっほー。普、いのり」
一瞬、晃が殴り込んでくるのかと息が止まったものの、現れたのは先日、テレビ局の廊下を榊と歩いていた白石エマだった。
安堵のため息をついて前を向くと、千木良の視線が鋭く白石を睨んでいるのが見て取れた。
「……普が誘ったの?」
千木良が小声で榊に尋ねていた。
「わー。ARCだ! 売れっ子ARC。この間はどうも」
席を案内するより早く、白石はグラスを一つ手に取って、ソファに足を組んで座った。
「改めて、かんぱーい!」
白石の差し向けるグラスに、千木良が苦虫を噛み潰したような顔で応えていた。
「普、髪切った? ちょっと減ったよね?」
白石が向かいの榊に手を伸ばして、前髪を引っ張った。
「エマ、あっち行きなよ。いつメンすぎる」
榊が凌也の座る奥を指差すものの、白石は聞こえていないようにメニュー表を見ながら斜向かいのいのりに尋ねた。
「いのりちゃん、元気だった?」
「……」
「朝ドラ終わってからあんまりテレビで見ないからさあ。どうしてたかなと思ったんだ」
宗馬がぎゅっと凌也のスーツの裾を引っ張った。
やめろ。見られるぞ。
「ねえねえ、あっちのお部屋ってどんな感じなの?」
凌也が手を挙げて奥のガラス張りの部屋を指差した。
行け、宗馬。おれが千木良と二人であの部屋で話したいと提案するのは、シチュエーション的によろしくない。お前が榊を引き離すんだよ。
凌也が目で訴えていると、榊の声が頭上に降りかかった。
「おれ、凌也くんと話したい」
「へ? おれ?」
「向こうで話そうよ」
榊が、グラスを持った凌也の手首を引いた。誘われるがまま、榊の後ろをついて、ガラス張りの部屋のドアに吸い込まれてしまった。
「何、あそこ。いいなあー」
いのりが呟いた。
ガラス戸が閉まると、宴席の声は水中に沈んだように遠のいた。
部屋の中央には低いテーブルと、向かい合う一人掛けのソファ。ガラスの向こうでは、白石が千木良のグラスに勝手に酒を注いでいる。
榊はその様子を一度だけ振り返ってから、凌也の正面に腰を下ろした。
「凌也くんのラジオ、業界で評判良いらしいよ」
榊の言葉に凌也は目を丸くした。
「へえ。そうなの。ありがたいね。あんな下品なラジオ、お偉いさんに聞かれてるかと思うと恐縮なのだわ」
「その喋り方。飄々としてるけど、言葉選びとか、身のこなし方とかにすごく知性感じる」
榊が口角を上げてグラスを煽った。
そんな値踏みするような言い方で褒められても、嬉しくねーっての。
まあ、好感を持たれているならそれに越したことはない。どんどん喋れ。
凌也は笑顔で謙遜しながら榊の話に頷いて、ジャケットに忍ばせたスマホをタップした。
ノールックでの、録音開始。うまくいっていることを祈りながら、凌也は榊の話が展開するのを待った。
「……良い人でありたい、って思うんだ」
榊はため息をついた。
「どんな人にも優しくありたいし、困っている人には手を差し伸べられる人でありたい」
「ほう」
「だから、真人のこと助けてあげられなかったことは、今も心残りなんだ」
「神谷くん、困ってたの?」
「真人、精神的に少し不安定なところあって。ずっと寄り添ってたけど、こっちもしんどくなって、距離を置いた時期があったんだ。その後すぐに辞めちゃってさ。真人、おれのことを恨んでると思う」
「恨んでる、かあ。ちょっと飛躍しすぎじゃない?」
「いや……怒ってるよ。こないだ、久しぶりに話したんだ」
は? 話した? いつ?
「仲直りしたい、って言ったけど、聞く耳持たなかった」
「そーなの。神谷くん、なんて言ってた?」
「“あげたDVD返せ”ってだけ。酷くない?」
「……で、返したの」
「……せっかくなら、久しぶりに会わない?って言ったら、泣かれちゃった。しんどい」
「返してあげれば。良ければおれが間に立つよ?」
そう提案する自分の声が、妙に苛立っていた。凌也は驚いた。
普段、メンバー以外の前では何があっても崩さないポーカーフェイスが、崩れかけている。いかんいかん。
「……御親切にどうも。でも、大丈夫。これは真人が向き合わないといけない問題だから。晃くんがもし真人と仲良しなんだとしても、この話に関わってくれなくていいからね。凌也くんからも、そう伝えてくれると助かるな」
「……りょーかい」
「晃くんは真人のこと、何か言ってた? 真人、色んな人に愛嬌振り撒くタイプだから、晃くんも中てられてないか心配だよ」
「晃はさ、全然。あいつ、巨乳好きのバカだから。真人くんのあの儚い感じ、晃には良さがわかんないんじゃない」
「そうなの?」
榊は肩を揺らして屈託なく笑った。
ううー。ごめん、晃。でも巨乳好きは本当だろ。
「……晃はさておき、おれの話していい?」
「もちろん」
「おれさ、神谷くんのこと、ちろーっと知ってたんだよね。神谷くんが現役のときから」
「そうなんだ? 顔見知り?」
「いんや。おれの姉が、神谷くんのファンだったの」
「へえ。ありがたいね」
「姉貴、神谷くんの配信したカバー曲とか、家で無限リピしてたの覚えてる。神谷くんの歌声、綺麗よね」
「……さあ、どうだったかなあ」
「姉貴、神谷くんが映画を降板しちゃったときも、名前が事務所のホームページから消えちゃったときも、発狂しててさ。めちゃくちゃ調べまくったのよ。神谷くんが辞めちゃった理由」
「熱心なファンだね。外部の人間にわかることなんて、たかが知れてるのに」
「……本当に、そう思う?」
凌也は首を傾げた。
「ファンって、怖いよ。アイドルは推されてナンボだからさ、おれらみたいなファンの子のために頑張ってるって言っても過言じゃないわけ。表裏一体なのよ。愛の分だけ、反転したときの怒りは凄まじいのよ」
「……ごめん、何が言いたいの?」
「ファンを舐めないほうがいい。推しを失ったファンは、無敵の人なのよ。弔いのためなら、なんでもするの」
「たとえば」
「神谷くんが辞めた原因を探るために、通ってた高校の裏サイト覗いたり、芸能関係者の交友関係から、揉み消した不祥事のこと調べたりね」
「……あまり褒められたもんじゃないね」
「そう。でも、榊くんならわかるんじゃない。やってることはめちゃくちゃだけど、動機は純粋。推しの笑顔を奪ったやつを抹殺したいっていう強い怒りなのよ」
「……収穫はあったの?」
「佐々木ってプロデューサーがスタッフにパワハラをしてたって話と、ジャケットの神谷くんの写真が、上半身何も着てなかったこと。そこから、配信企画が頓挫した原因は、セクハラ関係だろうなって思ったみたい。当たり?」
「……他には」
「あそこに座ってる、千木良ちゃんのTwitterの裏垢っぽいの、見つけたの。すごかったよ。悪口のオンパレード。たぶん、神谷くんの。ここに送ってもらったスクショあるのよ」
凌也はスマホを開いた。
「あ、最後のポスト、2021年3月3日ね」
「……これが、いのりのものであるという確証は?」
「なんで特定できたのかまではおれも聞いてないよ。そんなこと、興味ないし。話半分で聞いてただけよ」
「……もし本人なら、あまね、なんて書いてるの、危機感なさすぎない?」
「確かに。ただまあ、そういう子と仲良くしてる人もお里が知れるわよね、って思うけどね。あ、これはこのアカウントに言ってるだけよ? 本人だとはおれも思ってないし」
「……」
「ま、そんな感じの収穫がありまして。姉の復讐といえば、千木良ちゃんがCMしてる洗顔の不買運動を神谷くんのファンコミュニティに呼びかけたり、佐々木プロデューサーの学生時代の不祥事発掘してレコード会社にFAXしたりとか、そんな地味なもんでさ。それで少しは溜飲が下がったのかしらねえ」
「……言っちゃ悪いけど、お姉さん、もう少し生産的な時間を過ごしたらどうだろう。勿体無いよ、ゴシップの詮索で時間浪費するの」
「あっはっは。確かに、それ言われると弱いわぁ。おれの姉貴、社会に絶望したニートなの。時間、無限に余っちゃってんのよね」
今度は凌也が肩を揺らして笑った。
「まあ、そういう厄介なファンもいるってこと。善意100%で銃に弾込める人もいるから。榊くんも、気をつけた方がいいよ」
「……ご忠告、どうも。真人との関係が変に誤解されて、おれが凌也くんのお姉さんに嫌われてないかが心配だな」
「榊くんの話は聞いたことなかったね。ただ、神谷くん、辞める前、ちょっと焦点が合わない感じあったって、姉貴は言ってたね」
榊のグラスを持つ手が少しぶれたのを、凌也は見逃さなかった。
「クスリやっちゃってる子、見分けるの得意なのよ、おれの姉貴。コツ聞いたけど、よくわかんないこと言ってた。オーラがあるらしいよ。違法なやつかまではともかく、クスリ漬けの子って、そういう独特なオーラが出るそうで」
みちるたまが言っていたのはせいぜい“神谷くんの珠のようなお肌が燻んでる! 目が死んでる!”くらいのもんだったのに、盛り過ぎた。
ただ、当たらずとも遠からずだな? この反応。
「神谷くんがそんなことしてたら、相当やばいよね。だって、当時まだ未成年でしょ。大人が守らなきゃ案件なのに、いったいどういう管理体制なのよ、って」
「……妄想が過ぎるよ」
「妄想なのかにゃ。榊くん、なんか心当たりとか、ない? あのときの真人くん、精神的な問題だけじゃなくて、もっと違う悩みも持ってたんじゃないのかしらね」
「……食事も取れてなかったみたいだから、そう見えたんじゃないかな」
ええー? そんなことまで知ってるのぉ?
と言いたいのをグッと堪えて、凌也は会話を続けた。
「そうだったの。そんな体調で辞めちゃってたのかあ。今、元気にしてるのかしらね」
「晃くんは、知らないの」
「晃?」
「おれ、あのニュース見て、これでも心配したんだよ。晃くんが助けたの、真人だって知ってさ。まだ調子良くないのかな、って」
「あ、そうだ。それ、誰から聞いた?」
「え?」
「助けた子が、神谷くんなの、誰から聞いたの。ニュースでは顔も映ってなかったし、助けた晃本人だって、その時点では神谷くんだと知らなかった」
「……いのり。いのりから聞いた。いのりが誰から聞いたかは、知らない」
「ふうん。事務所経由かあ。それなら、知るのも早いか」
凌也が同調すると、榊は少しほっと息を吐いた。
ガラス越しに宗馬がこちらを見て、助けを求めるように目を丸くしていた。何だ。そっちも修羅場か。
凌也は何事もなかったように榊へ視線を戻した。
……どうしよう。聞いてた話と違う。
目の前でいがみ合う千木良と白石を見比べながら、宗馬は額から汗を流した。
打ち合わせでは、おれが榊先輩と話して、その間に千木良さんと凌也が話す、って言ってたのに!
凌也、何を聞くつもりだったんだろ。神谷くん関係のことだよな、きっと。
隣で所在なさげに呑んでいる葦原に宗馬は話しかけてみることにした。
「葦原くんは、神谷真人くんのことご存知ですか?」
宗馬がそう尋ねたとき、やり合っていた女子二人も争うのをやめた。
「知ってるよ、同じ事務所だし。ただ、おれが事務所入った一年後くらいに、事務所辞めちゃったんだよね。だから、あんまり話したことはないかな」
「そっかあ……」
宗馬が肩を落としていると、宗馬に視線を向けたまま固まっている千木良の横で、白石が口角を上げた。
「おっ。タイムリーな名前。私、昨日、その子の知り合いと会ったよ」
「えっ! 本当ですか、白石さん」
宗馬がはっと顔を上げた。
「そ。昨日普と行ったバーのスタッフが、たまたま神谷真人の知り合いだったの。学生時代かなんかの友達だったみたい」
「ねえ、エマの夜遊びに普連れ回すの、やめなよ。忙しいんだよ、普」
千木良が焦ったように横で口を挟んだが、白石は意に介さず続けた。
「なんか、失礼なやつだったよ。普につっかかってさ。クビになったかも」
「それ、どこのバーですか?」
宗馬が食い下がると、「エマ、もうやめな」と制止の声が響いた。
「その話、やめてあげよう。あの子の無礼は真人に責任ないし」
白石を諌める榊の後ろに、こちらに手を振っている凌也の姿を見つけて、宗馬はほっと息を吐いた。
「おかえりー」
千木良の声に、凌也がにこっと笑みを浮かべて歩み寄った。
「千木良ちゃん、榊くんから聞いたよ」
「……?」
凌也は千木良の耳元で手をかざして囁いた。
「神谷くんの落とし物、病院に届けてくれたんでしょ」
……普、そんなこと言ったの?
いのりは榊に目で訴えるが、榊は視線を合わせなかった。
「別に。頼まれたからやっただけ。ニュースで見るまで、晃くんが助けたことも全然知らなかったし」
「ふーん。そっかあ」
凌也はニヤリと笑った。




