盆踊りの練習
夕方の商店街は、昼間の暑さが少しだけやわらいでいた。
空には薄い雲が流れ、やさしい風が通りを吹き抜けていく。
時計屋の石段で休んでいたガブが、ゆっくりと目を開けた。
その隣では、ふわが風の匂いを確かめるように鼻を動かしている。
今日は、いつもと少し違う音が聞こえていた。
どん。
どどん。
遠くから太鼓の音が響いてくる。
ふわは耳をぴんと立てた。
音のする方を見つめる。
ガブも顔を上げるが、驚いた様子はない。
ゆっくりと立ち上がると、ふわもその後をついて歩き始めた。
二匹が商店街の広場へ近づくと、人が集まり始めていた。
広場の真ん中には、やぐらの代わりに小さな木の台が置かれ、その横では町内会の人たちが太鼓を準備している。
「今年もこの季節だねえ。」
八百屋のおばさんが笑顔で言う。
「毎年楽しみにしてるんだ。」
魚屋の大将も手を振りながら答える。
喫茶ひだまりの女性は、大きなやかんに冷たい麦茶を用意していた。
「練習のあとにどうぞ。」
その一言に、集まった人たちの顔がほころぶ。
やがて、太鼓が鳴り始めた。
どん。
どどん。
どん。
リズムに合わせて、子どもたちが輪になって歩き始める。
まだ動きはぎこちない。
右へ一歩。
左へ一歩。
手を上げて、笑って、また一歩。
「違う違う、こっちだよ。」
年配の女性が優しく教える。
「そうそう、その調子。」
笑い声が広場に広がる。
ふわは少し離れた場所から、その様子をじっと見ていた。
太鼓が鳴るたびに耳が動く。
最初は少し落ち着かない様子だったが、しばらくすると体の力が抜けていく。
音が危険なものではないとわかったのだろう。
ガブは木陰に座り、目を細めていた。
人の輪を静かに眺めながら、風に吹かれている。
ふわもその隣へ座る。
二匹は並んで、踊る人たちを見守っていた。
子どもたちの中のひとりが、踊りながら小さく手を振る。
「ガブー!」
「ふわー!」
二匹は動かない。
でも、ふわの耳がぴくりと動いた。
それだけで子どもたちは嬉しそうに笑った。
夕焼けが少しずつ空を染め始める。
太鼓の音は変わらず、商店街に響いている。
どん。
どどん。
その音に合わせるように、風鈴が小さく鳴った。
ちりん。
太鼓と風鈴。
力強い音と、やさしい音。
どちらも、この商店街の夏の音だった。
練習が終わるころには、空は茜色になっていた。
「お疲れさま。」
町内会の人たちが声をかけ合う。
子どもたちは麦茶を飲みながら楽しそうに話している。
喫茶ひだまりの女性が、ガブとふわの近くにそっと水の器を置いた。
「今日もよく見てたね。」
ふわはゆっくりと水を飲む。
ガブも少しだけ口をつけた。
夕方の風が、二匹の毛をやさしく揺らす。
広場はまた静けさを取り戻していく。
けれど、さっきまで響いていた太鼓のリズムは、どこか商店街の空気に残っているようだった。
ガブはゆっくり立ち上がる。
ふわもその後を歩く。
並んで、いつもの道を帰っていく。
野良猫ガブは、今日も何もしない。
ただ、商店街に響く夏の音を聞いていただけだ。
その隣で、ふわもまたひとつ、この町の夏の思い出を心にしまっていた。
盆踊りの本番は、もうすぐそこまで来ていた。




