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盆踊りの夜

朝から商店街は、どこか浮き立っていた。


店先には赤や白の提灯が並び、広場には小さなやぐらが組まれている。


八百屋のおばさんは店先を掃きながら言った。


「今日はにぎやかになるねえ。」


魚屋の大将もうなずく。


「天気もいいし、きっと大勢来るぞ。」


喫茶ひだまりの前にも、小さな提灯が揺れていた。


女性は店先に打ち水をすると、満足そうに通りを眺める。


「いい夜になりそう。」


そのころ、時計屋の石段ではガブとふわが昼寝をしていた。


昼の暑さが残る時間。


夜に備えるように、二匹は静かに眠っている。


夕方になると、風が少しだけ涼しくなった。


商店街に人が集まり始める。


浴衣姿の子どもたち。


久しぶりに会った人たちの笑い声。


提灯に明かりが灯り、商店街はやわらかな光に包まれていった。


ガブが目を覚ます。


ふわもゆっくりと体を起こす。


二匹は並んで歩き始めた。


いつもの商店街なのに、今日は少し違って見える。


提灯が風に揺れる。


ちょうちんの明かりが石畳に丸い光を落としている。


広場では太鼓が鳴り始めた。


どん。


どどん。


どん。


聞き慣れた音だった。


練習のときよりも、少しだけ力強い。


ふわは耳を立てる。


でも、もう驚かない。


ガブはそのまま歩き、広場が見える木陰で座った。


ふわも隣へ座る。


踊りが始まる。


輪になった人たちが、ゆっくりと足を運ぶ。


子どもも、大人も、お年寄りも。


笑顔で手を動かしながら踊っている。


「ガブ!」


「ふわ!」


浴衣姿の子どもたちが手を振る。


ふわは小さくしっぽを動かした。


それだけで、子どもたちは嬉しそうに笑う。


喫茶ひだまりの女性は、店先で冷たい麦茶を配っていた。


「どうぞ、休憩してください。」


「ありがとう。」


あちこちから声が返ってくる。


時計屋のおじいさんも、ゆっくり歩いて広場まで来た。


ベンチに腰を下ろし、踊る輪を眺める。


その視線は、やがて木陰の二匹へ向かった。


「今年も一緒だな。」


小さくつぶやく。


去年はガブだけだった。


今年は、その隣にふわがいる。


おじいさんは静かに目を細めた。


夜風が吹く。


提灯がゆれる。


風鈴が、ちりん、と小さく鳴った。


太鼓の音。


笑い声。


風鈴の音。


夏の夜の音が、やさしく重なっていく。


踊りの輪は何度も広場を回る。


ガブは静かに見守っている。


ふわも同じように、人の輪を目で追っている。


にぎやかな夜なのに、不思議と落ち着く時間だった。


やがて踊りが終わる。


大きな拍手が広場に広がった。


「また来年も。」


誰かがそう言う。


人々は笑顔でうなずき合う。


提灯の明かりが少しずつ消え始める。


商店街はゆっくりと、いつもの夜へ戻っていく。


ガブは立ち上がった。


ふわもあとに続く。


二匹は並んで時計屋の石段へ戻っていく。


歩く後ろ姿を、おじいさんが静かに見送った。


「おやすみ。」


その声に、ふわの耳が少しだけ動く。


ガブは変わらない足取りで歩いていく。


夏の夜風が、二匹の間をそっと通り抜けた。


野良猫ガブは、今日も何もしない。


ただ、商店街のみんなと同じ夏の夜を過ごしただけだった。


その隣で、ふわもまた、この町の夏の思い出をひとつ増やしていた。


提灯の明かりが消えたあとも、盆踊りの楽しそうな笑い声は、しばらく商店街の夜空に残っているようだった。

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