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スイカの日

朝から、商店街にはいつもと少し違う匂いがしていた。


夏の朝の匂い。


熱を持ち始めた石畳。

焼きたてのパン。

そして、甘い果物の匂い。


時計屋の石段で、ガブは目を開ける。


隣で、ふわも顔を上げる。


いつもの朝。


でも、風に乗ってくる匂いが少し気になる。


ふわが鼻を動かす。


ガブも少しだけ顔を上げる。


二匹はゆっくり歩き出した。


朝の見回り。


八百屋の前まで来ると、いつもより店先がにぎやかだった。


大きな丸いものが、たくさん並んでいる。


緑色のしま模様。


スイカだった。


「おはよう」


八百屋のおばさんが声をかける。


「今日はいいのが入ったんだよ」


大きなスイカをひとつ、ぽんと叩く。


ぽん。


低い音。


ふわが耳を動かす。


もう一度。


ぽん。


今度は少し近くで聞く。


子どもたちも集まってくる。


「スイカ!」


「食べるの?」


「切るよ」


おばさんが笑う。


商店街の夏の小さな行事だった。


店先に台が出される。


大きなスイカが乗る。


みんなが少し離れて見ている。


ガブとふわも、その近くに座る。


でも、猫たちはスイカよりも、集まった人の声の方を見ているようだった。


「冷えてるかな」


「きっと冷えてるよ」


子どもたちが話す。


おばさんが包丁を入れる。


すっ。


静かな音。


そして、


ぱか。


赤い中身が見える。


「わあ」


声が上がる。


真っ赤な夏の色。


種が並んでいる。


甘い匂いが広がる。


魚屋の大将も出てくる。


「いい色だな」


「だろ?」


八百屋のおばさんは嬉しそうだ。


ひと切れずつ配られる。


子どもたちは大喜び。


「いただきます!」


しゃく。


しゃく。


暑い朝なのに、みんなの顔が少し涼しくなる。


ガブはじっと見ている。


ふわも見ている。


子どものひとりが気づく。


「食べる?」


少しだけスイカを近づける。


でも、ガブは動かない。


ふわも動かない。


子どもは笑う。


「猫はスイカ食べないか」


八百屋のおばさんも笑う。


「この子たちは、においを楽しんでるんだよ」


そう言って、二匹の前に小さく水を置く。


「こっちだね」


ふわが水を飲む。


ガブも少し飲む。


それを見て、子どもたちも満足そうだった。


スイカを食べ終わると、種飛ばしが始まった。


「遠くまで飛ばせるかな」


「こっちが勝ち!」


商店街の端で、小さな競争。


笑い声が響く。


ガブは少し離れた日陰へ移動する。


ふわもついていく。


暑くなってきたからだ。


でも、今日はにぎやかな日。


いつもなら昼寝をする時間も、少しだけ人の声が残っている。


八百屋のおばさんが、余ったスイカを片づけながら言う。


「夏だねえ」


魚屋の大将がうなずく。


「夏だな」


短い会話。


でも、それで十分だった。


午後になると、商店街はまたいつもの静けさへ戻っていく。


子どもたちは帰っていく。


店先も片づく。


残ったのは、スイカの甘い匂いだけ。


ガブとふわは、八百屋の前をもう一度通る。


ふわが少しだけ匂いをかぐ。


もうスイカはない。


でも、夏の記憶みたいな匂いが残っていた。


二匹はそのまま歩いていく。


夕方の風。


少し涼しくなった道。


野良猫ガブは、今日も何もしない。


ただ、商店街の夏の日を過ごしただけだ。


その隣で、ふわも同じ夏の匂いを覚えていく。


商店街には、ひとつひとつ小さな思い出が増えていた。

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