いつもより早い朝
まだ空が薄い青色をしているころだった。
太陽は顔を出しているけれど、商店街にはまだ夜の涼しさが少し残っている。
昼の暑さが信じられないくらい、朝の風はやさしい。
時計屋の石段で、ガブは目を開けた。
その隣では、ふわもゆっくりと顔を上げる。
いつもより早い時間。
けれど、今日はどこか落ち着かない音が聞こえていた。
遠くから、人の声がする。
子どもたちの声だ。
まだ店は開いていない。
八百屋も魚屋もシャッターが閉まっている。
それなのに、商店街の向こうから小さな足音が近づいてくる。
ふわが耳を立てる。
ガブも顔を上げる。
やがて、角の向こうから子どもたちが現れた。
眠そうな顔の子もいる。
元気いっぱいの子もいる。
首からカードをぶら下げている子もいた。
「眠いー」
「でも来たじゃん」
「スタンプ押してもらった?」
そんな声が聞こえる。
ラジオ体操の帰りだった。
夏休みの朝だけの光景。
商店街の広場で体操をしてきた子どもたちが、そのまま通りを歩いている。
「いた!」
最初にガブたちを見つけた子が声を上げる。
でも、朝だからか声は少し控えめだった。
みんな石段の前で立ち止まる。
ガブは石段から下りる。
ふわも続く。
ちょうど朝の見回りに出る時間だった。
「見回りだ」
誰かが言う。
子どもたちは少し離れてついていく。
いつものように。
八百屋の前。
まだ静かだ。
ガブは立ち止まり、匂いをかぐ。
ふわも同じようにする。
子どもたちは見守る。
「毎日やってるんだよね」
「うん」
もう説明できる子もいる。
商店街の猫のことを、少しずつ知っている。
魚屋の前を通る。
まだ誰もいない。
氷の音もない。
昼とは違う静けさ。
ふわが空を見上げる。
朝日が少しずつ強くなっている。
その光の中を、ツバメが一羽飛んでいく。
子どもたちも見上げる。
「あっ、ツバメ」
「速い!」
一瞬のことだった。
でも、朝の空は広かった。
パン屋の前まで来ると、店の中に明かりがついている。
まだ開店前だ。
けれど、パンを焼く匂いが流れてくる。
「いい匂い」
子どもたちが言う。
ふわも鼻を動かす。
ガブは少しだけ立ち止まり、それからまた歩き出す。
喫茶ひだまりの前に着く。
扉はまだ閉まっている。
でも、中では準備が始まっているようだった。
かすかに食器の音がする。
二匹は同時に座る。
子どもたちも少し離れて座る。
石段だったり、縁石だったり。
誰も急がない。
ラジオ体操が終わったあとの朝は、少し特別だった。
一日が始まる前の時間。
まだ宿題も遊びも始まっていない時間。
風が通る。
セミはまだ本気では鳴いていない。
代わりに、小鳥の声が聞こえる。
静かな朝だった。
やがて、からん、と音がする。
喫茶ひだまりの扉が開いた。
女性が外を見る。
「あら、今日はずいぶん早いですね」
子どもたちが笑う。
「ラジオ体操!」
「なるほど」
女性も笑う。
その様子を見ながら、ふわは目を細める。
ガブも目を細める。
眠そうな朝の光。
やさしい風。
少しだけ特別な夏休みの朝。
野良猫ガブは、今日も何もしない。
ただ、いつもより少し早く商店街を歩いただけだ。
その隣で、ふわも同じ朝を歩いていた。
そして、その後ろには子どもたちがいた。
夏休みの朝は、いつもより少しだけ長く感じられた。




