影の場所
朝から、強い日差しだった。
空には雲が少ない。
白い光が、商店街の屋根や石畳にまっすぐ落ちている。
まだ午前なのに、通りにはもう夏の熱が広がり始めていた。
時計屋の石段で、ガブは細く目を開ける。
いつもの場所。
でも今日は、石段が少し熱い。
隣のふわも、何度か体勢を変えている。
落ち着かない。
風はあるけれど、ぬるい。
ふわがゆっくり立ち上がる。
石段の端へ移動する。
少しだけ影の濃い場所。
そこへ丸くなる。
ガブも目を開ける。
ふわを見る。
それから立ち上がる。
石段を下りる。
通りへ出る。
ふわもあとをついていく。
今日は朝の見回りというより、涼しい場所を探す歩き方だった。
八百屋の前。
店先に打ち水がされている。
地面が少し濡れている。
そこだけ空気がやわらかい。
ふわが立ち止まる。
濡れた地面を少しだけ踏む。
ひんやりしている。
ガブもその近くに座る。
八百屋のおばさんが笑う。
「今日は暑いねえ」
じょうろを持ったまま言う。
少しだけ、また水をまく。
しゃああ、と音が広がる。
濡れた石畳から、夏の匂いが立ち上る。
ふわはその音を聞きながら目を細める。
でも、しばらくするとまた歩き出す。
影が動くからだ。
午前の太陽は高くなっていく。
店の屋根が作る影も、少しずつ場所を変えていく。
魚屋の前は、まだ涼しかった。
氷の入った箱から冷たい空気が流れている。
ガブはその近くに座る。
ふわも隣へ。
魚屋の大将がうちわを動かしながら言う。
「今日はそこが正解だな」
ガブは動かない。
ふわは少しだけ前足を伸ばす。
氷が溶ける音が、小さく響く。
しばらくして、また二匹は歩き出す。
今度は喫茶ひだまりの横。
建物の影が細長く伸びている。
そこは風が通る。
ふわが先に入る。
座る。
ガブもその隣へ。
風が、二匹の毛をゆっくり揺らす。
からん。
喫茶ひだまりの扉が開く。
女性が外を見る。
「あら、今日はそこなんですね」
小さく笑う。
店の前にも、少しだけ打ち水をする。
水が広がる。
空気が少し冷える。
子どもたちがやってくる。
帽子をかぶって、水筒を持っている。
「あっ、移動してる」
「今日は暑いもんね」
二匹を見る。
ふわは少しだけ目を開ける。
でも逃げない。
子どもたちも、今日はあまり近づかない。
暑い日は、猫たちが静かなのを知っている。
「水替えようか」
「うん」
器に新しい水が入れられる。
光を受けて、きらきら揺れる。
ふわが近づく。
少し飲む。
ガブもあとから飲む。
それだけの動き。
でも、子どもたちは少し嬉しそうだ。
昼に近づくと、影はまた移動する。
二匹もまた移動する。
時計屋の奥の細い影。
段ボールの家の裏側。
涼しい場所を、ゆっくり渡っていく。
商店街の人たちは、それを見慣れている。
「今日はあそこか」
「夕方には戻るな」
そんなふうに話している。
夏の猫たちは、影と一緒に動く。
午後になると、セミの声がさらに大きくなる。
じりじりした空気。
でも、ときどき吹く風だけは気持ちいい。
夕方が近づくころ、時計屋の石段にもまた影が戻ってくる。
ガブが先に上がる。
ふわもその隣へ。
ようやく落ち着ける場所に戻ってきたように、二匹はゆっくり丸くなる。
野良猫ガブは、今日も何もしない。
ただ、一日かけて影を追いかけていただけだ。
その隣で、ふわも同じ影を歩いていた。
商店街の夏は、日差しと影をゆっくり入れ替えながら、静かに続いていく。




