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はじめて来た人

昼前の商店街は、ゆっくりと動いていた。


朝の静けさは少しずつほどけ、店先には人の声が戻っている。


八百屋には野菜が並び、魚屋では氷の音が響く。

喫茶ひだまりからは、コーヒーの匂いが流れてくる。


時計屋の石段で、ガブは体を伸ばしていた。


その隣で、ふわも横になっている。


少しだけ間をあけて、同じ向き。


風はあたたかい。


でも、石段の影はまだ気持ちいい。


通りの入口で、ひとりの女性が立ち止まっていた。


小さな帽子をかぶり、肩から大きめの鞄を下げている。


知らない顔だった。


女性は商店街を見上げる。


並んだ店。

ゆっくりした空気。

どこか懐かしい匂い。


少しだけ迷うように歩き出す。


八百屋の前を通る。


魚屋の前を通る。


そのたびに、店の人たちが軽く会釈をする。


女性も、少し驚いたように頭を下げる。


商店街の人たちは、知らない人が来ても、あまり騒がない。


自然に迎える。


それが、この場所の空気だった。


女性はゆっくり歩いていく。


そして、時計屋の前で足を止める。


石段の上。


二匹の猫。


茶色の大きな猫と、灰色のふわふわした猫。


並んでいる。


女性は少し目を丸くする。


「かわいい……」


小さな声。


でも、近づきすぎない。


その場で立ち止まるだけ。


ふわが目を開ける。


女性を見る。


少しだけ耳を動かす。


ガブも、ゆっくり目を開ける。


一瞬だけ女性を見る。


それから、また目を閉じる。


逃げない。


でも、寄ってもいかない。


ただ、そこにいる。


女性は少し笑う。


その空気が、なんだか安心できた。


無理に触らなくてもいい。


近づかなくてもいい。


ここでは、それが自然らしい。


「この子たち、いつもいるんですよ」


声がして、女性は振り返る。


喫茶ひだまりの女性だった。


店の前に立っている。


「そうなんですね」


「ええ。商店街の猫みたいなものです」


女性はもう一度、二匹を見る。


ガブとふわは、並んだまま動かない。


風だけが、毛を少し揺らしている。


「仲良しですね」


喫茶店の女性は小さく笑う。


「いつの間にか、こうなってました」


それだけ。


説明は少ない。


でも、それで十分だった。


女性はしばらく石段を見ていた。


静かな時間。


商店街の音が遠くに流れている。


八百屋のおばさんの声。

魚屋の氷の音。

どこかの店のラジオ。


その中で、猫たちは静かに眠っている。


女性は少し息を吐く。


肩の力が抜けるような、小さな息。


「いい場所ですね」


ぽつりと言う。


喫茶店の女性はうなずく。


「そうですねえ」


風がまた通る。


少し夏に近い風。


ふわが体勢を変える。


ガブも少しだけ位置をずらす。


同じような動き。


女性は、それを見てまた小さく笑う。


「そっくり」


その言葉に、喫茶店の女性も笑う。


「最近、ますますですね」


女性は時計屋の前を離れる。


少し歩いて、喫茶ひだまりの前で止まる。


店の中を見る。


からん。


扉を開ける。


やわらかい音。


「いらっしゃいませ」


商店街に、新しい声がひとつ増える。


石段の上では、ガブとふわが並んでいる。


野良猫ガブは、今日も何もしない。


ただ、いつもの場所で眠っていただけだ。


その隣で、ふわも眠っている。


でも、その姿は、ときどき誰かの足を止める。


そして、少しだけ心をゆるめる。


商店街は今日も、新しい人を静かに迎え入れていた。

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