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夕立ちのにおい

昼を過ぎたころから、空気が少し変わっていた。


朝から暑かった通りに、重たさが混じっている。


風はある。

でも、どこか湿っている。


八百屋のおばさんが空を見上げる。


「降りそうだねえ」


魚屋の大将も空を見る。


雲が増えている。


白かった夏の雲の奥に、少し暗い色が混ざっている。


時計屋の石段で、ガブは横になっていた。


その隣で、ふわも丸くなっている。


暑いせいか、今日は少し距離がある。


風が吹くたび、ふわが耳を動かす。


空気の変化を感じている。


ガブは目を細めるだけ。


しばらくして、遠くで小さく音が鳴る。


ごろ、と低い音。


ふわが顔を上げる。


通りを見る。


また、ごろごろと音が鳴る。


今度は少し近い。


ふわは立ち上がる。


落ち着かないように、石段の上で向きを変える。


ガブはゆっくり目を開ける。


空を見る。


それから立ち上がる。


石段を下りる。


迷いはない。


ふわがそのあとを追う。


二匹は段ボールの家の前まで行く。


ふわが中をのぞく。


風は通る。


でも、空気が湿っている。


また、空が鳴る。


その直後だった。


ぱた。


小さな音。


地面に、ひと粒だけ雨が落ちる。


ふわが少し肩を揺らす。


ぱた、ぱた。


今度は続けて落ちる。


通りのあちこちに、濃い色の丸ができていく。


「降ってきた!」


どこかで声がする。


店先の人たちが動き始める。


野菜を少し奥へ入れる。

看板を寄せる。

布を片づける。


その間にも、雨粒は増えていく。


ぱたぱたぱた、と音が変わる。


夕立ちだった。


強い雨が、一気に通りへ落ちてくる。


ふわは段ボールの家に入る。


でも、入口から外を見ている。


落ち着かない。


雨の音が大きい。


地面の匂いが変わる。


乾いた夏の匂いが、濡れた土の匂いに変わっていく。


ガブは家の前にいる。


雨が背中に落ちる。


でも、慌てない。


ゆっくりと時計屋の軒下へ移動する。


そこは少し広い影になっている。


ふわは家の中からガブを見る。


少し迷う。


また雷が鳴る。


ごろごろ、と長い音。


ふわは家を飛び出す。


小走りで軒下へ向かう。


雨が毛を濡らす。


軒下へ入ると、ふわは一度体を震わせる。


ぱたぱた、と水が飛ぶ。


ガブはその横で座っている。


いつものように。


少しだけ濡れながら。


ふわはガブの隣へ座る。


いつもより近い。


体が少し触れる。


雨の音はどんどん強くなる。


商店街の屋根を叩く音。

地面を打つ音。

流れていく水の音。


喫茶ひだまりの前では、女性が鉢植えを中へ入れている。


「すごい雨ですねえ」


誰かが言う。


「夏だねえ」


返事が聞こえる。


通りから、人の姿が少なくなる。


みんな屋根の下へ入っていく。


その中で、二匹は軒下に並んでいる。


ふわはまだ少し落ち着かない。


でも、ガブは動かない。


ただ座って、雨を見ている。


その静けさにつられるように、ふわも少しずつ落ち着いていく。


やがて、雨の勢いが少し弱くなる。


強かった音が、やわらかく変わる。


空も少し明るくなる。


ぽた、ぽた、と屋根から水が落ちる。


濡れた通りが光っている。


風がひとつ通る。


さっきまでより、少し涼しい。


ふわがゆっくり外を見る。


ガブも立ち上がる。


二匹で、雨上がりの通りを見る。


水たまり。

濡れた石畳。

流れていく小さな水。


夕立ちは、もう通り過ぎていた。


野良猫ガブは、今日も何もしない。


ただ、雨の時間を過ごしただけだ。


その隣で、ふわも同じ雨を見ていた。


商店街には、濡れた夏の匂いが静かに広がっていた。

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