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そっとまぜる

朝の光は、少しだけ強くなっていた。


春の終わりに近づいて、空気の色がほんの少し変わっている。


時計屋の石段の上で、ガブは丸くなっている。

その隣で、ふわも丸くなっている。


二匹は同じ形で、同じ呼吸をしている。


ふわが先に目を開ける。


石段の下を見る。


あの場所。


何度も座った場所。


何度も待った場所。


ふわは立ち上がる。


ゆっくり石段を下りる。


迷いはほとんどない。


そのまま、同じ場所へ。


座る。


ガブも少し遅れて下りてくる。


隣に座る。


通りには、まだ人は少ない。


けれど、今日は少しだけ違う動きがあった。


子どもたちが、少し早く来ている。


ランドセルを背負ったまま、立ち止まる。


猫たちを見る。


「あそこだよね」


小さな声。


「うん」


昨日見たことを、覚えている。


でも、大きな声は出さない。


近づきすぎない。


ただ、少し離れて立つ。


そのまま、しばらく考える。


一人の子が、ランドセルを下ろす。


中を開ける。


ごそごそと探す。


出てきたのは、小さなハンカチ。


それを見て、少し考える。


「ここに置く?」


もう一人が言う。


「だめかな」


少し迷う。


ふわはその様子を見ている。


ガブも、目を細めて見ている。


子どもたちは、昨日のことを思い出している。


おじいさんは、近づきすぎなかった。


音も立てなかった。


静かに置いていた。


「まねする?」


一人が言う。


他の子がうなずく。


「ちょっとだけ」


子どもたちは、ゆっくり歩く。


猫たちに近づきすぎないように。


昨日よりも少し手前で止まる。


しゃがむ。


ハンカチを広げる。


そして、その上に、小さなものを置く。


ポケットから出した、小さなビスケット。


ほんのひとかけら。


それを、そっと置く。


音を立てないように。


静かに。


置いたあと、すぐに手を引く。


立ち上がる。


少し後ろに下がる。


「これでいい?」


小さな声。


誰も答えない。


でも、みんな同じ気持ちで見ている。


猫たちは動かない。


ふわは、その場所を見る。


ガブも見る。


でも、すぐには動かない。


子どもたちはそれを見て、少し安心する。


「行こ」


一人が言う。


みんなでうなずく。


そのまま、学校の方へ歩いていく。


振り返らない。


走らない。


ただ、いつも通り。


通りに静けさが戻る。


風が少し通る。


ハンカチの端が、わずかに揺れる。


ふわがゆっくり立ち上がる。


近づく。


匂いをかぐ。


昨日と違う匂い。


でも、やさしい匂い。


ガブもその後ろに来る。


ふわが少しだけ口にする。


ほんの少し。


ガブも同じように。


すぐには食べきらない。


少しだけ残る。


ふわはその場に少し座る。


ガブも隣に座る。


しばらく、そのまま。


喫茶ひだまりの前に、おじいさんがやってくる。


いつもの時間。


ベンチに座る。


猫たちを見る。


その下にあるものにも気づく。


ハンカチと、小さなかけら。


ほんの一瞬、目が止まる。


それから、少しだけやわらかくなる。


何も言わない。


ただ、帽子を膝に置く。


からん。


扉が開く。


「おはようございます」


「おはよう」


おじいさんは店の中へ入る。


窓の外を見る。


猫たちは、いつもの場所へ戻っていく。


石段の上。


並んで、丸くなる。


その様子を見て、おじいさんはコーヒーを一口飲む。


いつもと同じ味。


でも、ほんの少しだけ違う気がする。


野良猫ガブは、今日も何もしない。


ただ、石段で眠っていただけだ。


そのまわりで、やさしさが少しずつ増えていく。


誰かが始めたことが、誰かに伝わる。


大きくはならない。


でも、ちゃんと続いていく。


商店街は、今日もそれを静かに見ている。


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