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18.拘束

久々の更新で申し訳ないです。

少し改行などの仕様を変更しました

アデルは痛みに耐えるため、ぎゅっと目を閉じた。

が、いつまでたっても固い床にぶつかった感じはしない。


息をつめたままゆるゆるとまぶたをあげると、目の前には大きな腕があった。

ぶつかるはずだった背中は、逞しい胸板が当たっている。

体は後ろに傾いたままだが、後ろにいる者のおかげで痛みを感じることはなかったようだ。



「アデル嬢、けがは?」



 ぼんやりと状況を把握していたアデルが不審だったのか、落ち着いた声が頭上から降ってきた。

つめていた息を、は、とゆるく吐くことでアデルは答える。


 アデルの様子に大事ないとわかったのか、回されていた腕が若干ゆるんだ。

できればすぐにでも離してほしかったが、言い出すタイミングがつかめずに大人しく腕の中でしおらしくすることにした。

いつもはきらきらと輝いている蒼の瞳が、少し現実逃避をしていたが誰もその変化には気づかないだろう。



「で、殿下!!」



 アデルを押したゲシュハルトは真っ青な顔で、汗を拭っている。

淑女を押し捨てるようなところを目撃して、殿下が黙っていることはないだろう。


 とりあえず、最低限の確保はできたようだ、とアデルは内心安堵のため息をついた。

だが、そのような乾いた心情をおくびにも出さず、怯えた表情を浮かべる。



「殿下、お助けいただきありがとうございました・・・・・」

「女狐め!!殿下に色仕掛けとはほとほと呆れる!ええ、ええ、私にはわかっていましたよ!殿下、お気を付け下さい。私も先ほどからそうやって女狐にすり寄られていたのです!」



 あまりの無様な言いように、アデルは怒りを通り越して呆れた。

私が、お前のような豚に、すり寄った?

冗談じゃない。


 こんな豚にすり寄るなら、ウィルヘルムにすり寄る方がまだマシだ。

・・・・・いや、やっぱり無理かもしれない。

ウィルヘルムが両手を広げるところを想像して、アデルは若干気分が悪くなった。



「言いたいことはそれだけか」



 殿下の一言に、ゲシュハルトは落ち着きなく動かしていた手をぴたりと止めた。

人の思考を停止させるほど、冷たい声だった。

後ろにいる殿下の表情までは伺えないが、アデルもひやりとしたものを感じた。

これが、次期王。



「でん、か・・・・」

「お前に発言を許可した覚えは一切ないが?ああ、この場で切り捨てられたいなら、今すぐに私の前で釈明するがいい」

「・・・・・・」



 ゲシュハルトは何度か金魚のように口をぱくぱくさせて、やがて項垂れるようにその場に頽れた。

これならば逃げることもないだろう。


 アデルはくるりと向きを反転して、逞しい胸板に手を当て、にっこりとほほ笑んだ。

皆が称賛する、天使の微笑で。



「殿下、ありがとうございました。ですが、まだ『お茶会』は終わってませんわ」

「は?」

「お姉様に不埒を働いた狼藉者が紛れているとか。わたくし、そのお方の顔を今から見に行くところですの」



 さすがに殿下の前で、その狼藉者に精神的苦痛を与えて死ぬよりつらい目に味あわせるつもりです、とは言えないので、一切の無駄を省いてアデルは嘯いた。

殿下は若干戸惑いつつも、「そうか」と頷くだけに留める。



(・・・・馬鹿ではないけど、鈍いわ・・・・いえ、想像力が足りないのかしら)



 にっこりとした笑みを崩さないまま、アデルは内心一人ごちた。

シャーロットは今、たとえフリだとしても殿下の恋人なのだ。

狼藉者、と聞いて、焦るとか、怒るとか、もう少し感情の起伏を期待していたのだが。


 もし、アデルが事情を全て知らない者だったら、殿下のシャーロットへの態度はやはり不審だろう。

演技をするにしたって、詰めが甘い。


 近くにいた騎士にゲシュハルトの拘束を任せ、殿下は急いで馳せ参じたキースをじろりとねめつけた。

どうやらようやく意味を理解してもらえたらしい。

その鈍い判断力でこの国大丈夫かしら、とアデルは失礼なことを考えた。



「会場の様子はどうだ」

「は、そうですねえ。まあ、殿下とシャーロットが会場にいないってのは不自然ってもんで、ウィルがフォローしてはいますけど、そろそろ限界ですかね」

「シャ・・・・、あいつは」

「うん?ああ、シャーロットですかね。シャーロットはトール=ヴェニエスの偽者を罠にかけて、今迷路みたいな庭園で追いかけっこ中ですよ」

「なっ・・・!それは大丈夫なのか!?」

「大丈夫じゃありませんがね。かなり毒もが回ってる様子だった、と部下も言ってましたからねえ。ま、腐っても副団長ですから」

「なんて無茶な・・・!シャーロットを呼び戻せ!即刻治療を受けさせる!」

「それは無理な話ってもんです」



 ざぁ、と青い顔をした殿下がキースに噛みついたが、キースは飄々と受け流した。

副団長が動いてるのならば、団長は殿下の守りに徹するのがセオリーだ。

守られるべきは、銀髪の少女でも殿下の恋人でもなく殿下自身だからだ。


 それもわかっているのだろう、殿下はギリリと唇を噛んでいた。



「心配してもらえんのはありがたいですが、そもそもああなったシャーロットの側に人を近づけるのはちょっと憚られるんですよ」

「は・・・・・?」



わけがわからない、という顔をする殿下を尻目に、第三騎士団長は遠い目をした。




殿下は鈍い!

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