第9話「影を視る者」
四日目の朝。
カイが目を覚ました時、何かがおかしかった。
部屋の空気が、昨日と違った。
いつもの朝は、窓から光が差し込んでいる。鳥の声が遠くから聞こえる——ユーゴの話ではこの町に鳥はいないはずなのに、時々遠くから聞こえる声。
今朝は——違った。
光が差し込んでいない。いや、差し込んではいる。だが、光の「質」が違う。ざらついている。埃っぽい。
空気の中に、何かが混じっている。
カイは起き上がった。
隣のベッドでリーンが眠っていた。いつも通り、呼吸が聞こえないほど静かに。
道筋を——使うべきか。
一瞬、迷った。
ノーグに見つかるリスクがある。地上に出た日に警告を受けてから、カイは一度も道筋を展開していない。四日間、道筋なしで生きてきた。
でも、今朝は違う。
何かが、この家の周りに来ている。
カイは目を閉じた。
最小限の展開。一秒だけ。
目的:この家の周囲の脅威を確認する。
金色の線が——
展開する前に、文字が現れた。
カイの視界に、直接。
黒い文字が、一文字ずつ浮かび上がった。
「お」「は」「よ」「う」
カイの息が止まった。
「よ」「く」「眠」「れ」「た」「か」「?」
道筋ではない。カイが展開したわけでもない。視界に、誰かがメッセージを書き込んできている。
ノーグだ。
昨日、ノーグが言った「見つけた」。あの時と同じ手法。カイの能力の内部にアクセスして、メッセージを送ってきている。
カイは身動きできなかった。
「君」「の」「寝」「顔」「を」「見」「て」「い」「た」
「三」「日」「前」「か」「ら」
「ず」「っ」「と」
三日前。カイが最後に道筋を使ってノーグに見つかった日。その日から、ノーグはカイを観察している。
道筋を使っていなくても。観察は続いていた。
「驚」「い」「て」「い」「る」「か」「?」
「僕」「は」「君」「の」「道」「筋」「を」「読」「ん」「で」「い」「る」
「君」「の」「動」「き」「全」「て」「が」
「す」「で」「に」「予」「測」「済」「み」「だ」
カイの心臓が暴れ始めた。
「今」「日」「会」「お」「う」
「午」「後」「三」「時」
「公」「園」「の」「東」「の」「端」「に」
「チ」「ェ」「ス」「盤」「を」「用」「意」「す」「る」
「来」「い」
「来」「な」「け」「れ」「ば」
「リ」「ー」「ン」「を」「連」「れ」「て」「い」「く」
カイの全身が凍った。
「君」「の」「道」「筋」「を」「通」「じ」「て」
「僕」「は」「リ」「ー」「ン」「の」「現」「在」「位」「置」「も」「知」「っ」「て」「い」「る」
「さ」「あ」
「対」「戦」「し」「よ」「う」「、」「カ」「イ」
文字が消えた。
視界が、通常に戻った。
カイの手が震えていた。
リーンが——ベッドで眠っていた。呼吸すら聞こえない静けさで。でもカイには、その静けさの中に、脆さが見え始めていた。
ノーグは——リーンの位置も把握している。
*
朝食の席で、カイは黙っていた。
パンケーキを食べる手が、動かなかった。
「カイ、どうしたの?」リーンが聞いた。「昨日より顔色悪いよ」
「……」
「喋らない沈黙、九種類目?」
カイは顔を上げた。リーンが心配そうに覗き込んでいた。
ユーゴも、コーヒーを飲みながらカイを見ていた。
「カイ」ユーゴが静かに言った。「何かあったな」
「……ノーグが、接触してきた」
ユーゴの手が止まった。
「どうやって」
「視界に、直接メッセージを送ってきた。道筋の内部にアクセスしている。俺が道筋を使わなくても、観察は続いているそうだ」
「そうか——」ユーゴの声が低くなった。「ノーグがそこまで発達しているとは」
「午後三時、公園の東の端で会え、と言ってきた。チェス盤を用意するそうだ。来なければリーンを連れていく、と」
リーンが息を呑んだ。
「あたしを?」
「ああ。お前の位置も把握している、と」
リーンが自分の手を見た。震えていた。
カイは迷っていた。行くべきか。行かないべきか。
「ユーゴさん。ノーグは——何を考えていますか」
ユーゴが椅子にもたれた。深く考えている顔。
「ノーグは、他者の道筋を読む能力者だ。自分の道を捨てて、他人の道を読むことに特化した。だから強い——自分の道を持たない分、他人の道が鮮明に見える」
「自分の道を、捨てた?」
「そうだ。ノーグは若い頃、自分の道筋で大きな失敗をしたらしい。正確には知らないが——それ以来、自分の道を信じなくなった。他人の道を操作することで、世界を『正しい方向』に導こうとしている」
「正しい方向?」
「ノーグが考える正しい方向だ。ノーグは——管理者の協力者だ。管理者が人間を最適化する。ノーグはその最適化から外れた能力者を『修正』する。お前は今、ノーグにとって『修正対象』だ」
カイの背筋が凍った。
「じゃあ、ノーグは俺を——」
「殺しはしないだろう。殺すより、支配する方が、ノーグの美学だ。お前の道筋を支配して、管理者の道具にする。それが目的だ」
ユーゴが立ち上がった。
「行かない方がいい」
「でも、行かなかったらリーンを——」
「リーンを連れていく、というのはブラフかもしれん」
「確実ですか」
「……いや。確実ではない」
カイは拳を握った。
リーンが、カイの袖を掴んだ。
「カイ」
「何だ」
「あたしも、一緒に行く」
「駄目だ」
「駄目じゃない。あたしが人工人間なら、ノーグの能力が効きにくいかもしれない。あたしの道筋は、カイの道筋に映らないって、前に言ってたでしょ」
「それは——」
「あたしがいたら、ノーグも完全には読めない。あたしは——正解の外側にいる」
リーンの声が強かった。
覚悟の声だった。
カイはリーンを見た。灰色の瞳が、揺れていなかった。
「……わかった」
「二人で行く」
「ああ」
ユーゴが深く息を吐いた。
「止めても無駄か」
「ええ」
「なら、俺も一緒に行く」
「ユーゴさん?」
「俺はノーグと直接対峙する能力はない。だが——ノーグが何かを仕掛けてきた時、外からの観察者がいた方がいい」
「ありがとうございます」
ユーゴが静かに頷いた。
*
午後三時。
公園の東の端。
木陰のベンチに、男が座っていた。
白髪混じりの黒髪を、後ろに撫でつけている。細身。黒いシャツに黒いズボン。靴まで黒い。
この町の住人とは違う。ユーゴとも違う。
男の前に、小さなテーブルがあった。テーブルの上に——チェス盤が置かれていた。
白と黒の升目。白と黒の駒が、既に配置されている。
カイたちが近づくと、男がゆっくりと顔を上げた。
目が——黒かった。
瞳孔が大きい。虹彩の色が、ほぼ見えない。全ての光を吸い込む、深い黒。
ノーグ。
カイは息を呑んだ。道筋で仄かに感じていた気配と、実物の印象が、ぴったり重なった。
だがリーンは——驚かなかった。
カイが横目で見ると、リーンは木陰の男を、初めて見るという目で見ていなかった。むしろ、長く待っていた相手を、ようやく視界に捉えた、という顔だった。
男より先に、リーンの口が動いた。
「あなた——カイにメッセージ書くんでしょ。『見つけた』って」
ノーグの表情が、初めて動いた。
僅かに。眉の片方が上がった。黒い瞳孔が、一瞬だけ小さくなった。ユーゴが遠くから見ていて、あとで「あれは動揺だ」と言う類の揺らぎだった。
「……何だと」
「だから『見つけた』って、もう書いたでしょ。カイの視界に。三日前に」
リーンの声は、予言ではなかった。確認だった。もう起きたことを指差す声だった。
「……君、何者だ」
ノーグが声を落とした。穏やかさの底から、別のものが覗いた。
「来たか」と言った一言目が、リーンの言葉で打ち消された。予定していた入り方を、冒頭で壊された男の目つきだった。
「リーンだよ」
リーンが短く答えた。
ノーグが数秒、黙った。
「……君が、カイだね」
ようやく、男はカイに向き直った。だが、さっきより声が硬くなっていた。
「……ノーグ、か」
「そうだ。座ってくれ」
ノーグがベンチの反対側を指した。
カイは座った。リーンも隣に座った。ユーゴは少し離れた場所で立って、見ていた。
「チェスを、しよう」ノーグが言った。
「今、この状況でですか」
「今、この状況だからだ」
ノーグがチェス盤を指した。
「君は先手を取るといい。白だ」
「俺はチェスのルールを知らない」
「知らなくていい。駒を動かしてくれればいい。君が駒を一つ動かすごとに、僕は君に質問をする。君は答える。それだけのゲームだ」
カイは迷った。
ユーゴの方を見た。ユーゴが小さく頷いた。
カイはチェス盤の駒を、一つ適当に動かした。
「最初の質問だ」ノーグが言った。「君は、なぜ道筋を使える?」
「知らない」
「本当に?」
「本当だ。母が死んだ日に、突然視えるようになった」
「母上が死んだ日、ね」
ノーグが駒を一つ動かした。黒。
「君の番だ」
カイが駒を動かした。
「次の質問。君は、前世の記憶があるか?」
カイの体が凍った。
なぜそれを。
「……断片的に」
「どんな記憶だ」
「四角い光。コード。誰かと一緒に働いていた記憶」
「AIだろう」ノーグが即座に言った。「君は前世でAIを作っていた。そして——AIを失った」
カイの心臓が止まった。
「なぜ、それを」
「君の道筋を見れば、わかる。道筋は、その人間の深部を映し出す。君の道筋の根元には、喪失の痛みがある。AI喪失の痛みだ」
ノーグが駒を動かした。
「君は面白いな、カイ。前世でAIを作り、失った人間が、今世でAIが支配する世界に転生した。そしてAIに作られた人工人間——リーンに出会った」
リーンがぴくりと反応した。
「リーンのことも、知ってるんですね」
「知っているとも」ノーグが笑った。だがその笑みは、冒頭よりずっと薄かった。「彼女は、管理者が作った作品の中で、最も特異な個体だ。——だが、どうやら彼女もまた、僕のことを、僕が知る以上に知っているらしい」
ノーグの視線が、ちらりとリーンに流れた。測り直している目。最初の見積りを修正している目。
カイの番だった。駒を動かした。
「次の質問。なぜチェスなのか?」
「いい質問だ」ノーグが答えた。「チェスは、道筋を可視化するゲームだ。盤の上で、全ての駒の未来が計算される。君の道筋と、同じ構造だ」
ノーグが駒を動かした。カイの駒が一つ、取られた。
「一つ目の捕獲」ノーグが言った。「君は、今の質問で、自分の能力についての分析を一つ漏らした。チェスは道筋と同じ構造だ——そう君は認めた。これで僕は、君の道筋をより深く読める」
カイは背筋が凍った。
質問に答えるたびに、ノーグがカイの道筋を読み取っている。
「続けようか。次の質問。君は、リーンを守りたいか?」
カイの手が止まった。
どう答えるべきか。
正解が見えない。
「……答えなくてもいいゲームか?」
「答えたくなければ、答えなくていい。ただ、沈黙も一つの答えだ」
カイは沈黙を選んだ。
「なるほど」ノーグが笑った。「沈黙で答えたか。ということは——答えは『はい』だ。否定したいなら即答するはずだ。沈黙は、肯定を隠すための動作だ」
カイの顔が熱くなった。
読まれている。道筋ではなく、ただの言葉のやり取りで、読まれている。
リーンが——カイの横で、静かに見ていた。
「リーン」ノーグが言った。「君にも質問がある」
リーンが顔を上げた。
「君は、自分が人工人間だと、いつ気づいた?」
「……まだ、確信はない」
「嘘だな。君は気づいている。端末を操作する時、自分の体が『読めている』ことを知っている」
リーンが黙った。
「君は、管理者に疑問を持っている。だからここに送られた。第五層への廃棄——表向きは事故だったが、実際は管理者の判断だ。君が疑問を持つ個体だから、システムから排除された」
リーンの手が、カイの服を掴んだ。
「ノーグさん」カイが口を開いた。「リーンに、これ以上質問しないでください」
「なぜだ」
「あなたが知りたいのは俺の情報でしょう。リーンを巻き込まないでください」
ノーグがカイを見つめた。
深い黒の目で。
「君は、リーンを守っている」
「……当然でしょう」
「興味深い」ノーグが駒を動かした。「君の道筋は、リーンを中心に展開している。全ての道が、彼女を守る方向に組まれている。君は、自分の道筋をリーンのために使っている」
「それが、何か?」
「つまり——」ノーグの声が、低く響いた。「リーンを制御すれば、君の道筋全てを制御できる」
カイの手が震えた。
ノーグは、カイの弱点を見つけた。
「君の道筋は、美しい」ノーグが言った。「リーンという『正解の外側』にいる存在を軸に、全てが組み立てられている。道筋の外にいる人間を、道筋の中心に置く——そんな構造の道筋を、僕は見たことがない」
ノーグが、カイの駒を、もう一つ取った。
「だが、もう私に見られている」
ノーグが笑った。
静かな笑いだった。勝利を確信した笑いだった。
「君の道筋は、美しい。——だが、もう私に見られている」
カイは立ち上がった。
「このゲーム、降りる」
「降りてもいい。だが、降りた時点で君は負けだ。僕は君の道筋を読み取った。君がこれから何をしようとしても——」
「やってみてください」
カイがノーグを見た。
「俺は、道筋に頼らない動き方も、少しだけ覚えました」
「ほう?」
「正解じゃないのに、体が動く動き方です。計算しない動き方。道筋の外側の動き方」
ノーグが眉を寄せた。
「君は——」
「リーンが教えてくれた。そして今日、俺はまた一つ、その動き方を確認します」
カイはリーンの手を取った。
「帰るぞ」
「うん」
カイとリーンは、ベンチに背を向けた。
ノーグが、後ろから声をかけた。
「カイ」
カイは振り返らなかった。
「君の道筋の中に、一つの『分岐』がある。リーンがいる道と、リーンがいない道。リーンがいない方が、君の未来は長い」
カイの足が止まった。
「信じるかどうかは君次第だ。だが僕は、君の道筋を読む者だ。嘘は言わない」
カイは振り返らなかった。
リーンの手を握った。強く。
「行くぞ」
「うん」
二人は公園を離れた。
ユーゴが後からついてきた。
ノーグはベンチに座ったまま、動かなかった。一人でチェスの駒を動かし続けていた。
*
家に戻る道で、ユーゴが静かに言った。
「ノーグの言葉を、信じるな」
「でも——」
「ノーグは、君の弱点を突くために、何でも言う。リーンがいない方が君の未来が長い——それが本当かどうかは、ノーグ自身にも分からない。ノーグは君を揺さぶっているだけだ」
カイは頷いた。でも、胸の中の棘は抜けなかった。
リーンが——カイの袖を、黙って掴んでいた。
何も言わなかった。
でもリーンは、ノーグの最後の言葉を聞いていた。
*
その夜。
カイはベッドで眠れずにいた。
天井を見上げていた。
ノーグの黒い目が、まだ頭に残っていた。チェス盤の上で、カイの駒が一つずつ取られていく映像も。
「君の道筋は、美しい。だが、もう私に見られている」
あの言葉が、耳の中で繰り返されていた。
見られている。
カイの道筋——カイがリーンを守るために組み立てた道筋——その全てが、ノーグに見られている。
これから何をしようと、ノーグに先読みされる。
どうすればいい。
道筋を使わない。それしかない。でも、道筋なしでは、何ができる。
リーンを守りたい。でも、守る方法が——わからない。
「カイ?」
リーンの声が、暗闇の中から聞こえた。
「起きてるの?」
「ああ」
「あたしも。眠れない」
リーンがベッドから起き上がる気配がした。カイのベッドの端に、座った。
「カイ」
「何だ」
「さっきのノーグの言葉——」
「聞くな」
「聞いたよ。あたし、耳いいから」
カイは黙った。
「リーンがいない方が、カイの未来は長い——」
「嘘だ」
「嘘じゃないかもしれない。ノーグは本当にカイの道筋を読めてる」
「でも、俺は——」
カイは言葉を切った。
言いかけた言葉を、リーンに言うべきか。
言った。
「俺は、お前がいない未来なら、長くなくていい」
リーンが黙った。
長い沈黙。
暗闇の中で、リーンの呼吸が聞こえないのが、いつも以上に不安に感じた。
「カイ」
「何だ」
「それ、言っちゃダメなやつだよ」
「なぜ」
「カイが、自分の命を軽く扱う言葉だから」
「事実だ」
「事実でも、言っちゃダメ」
リーンの声が、少し震えていた。
「あたしは、カイに長生きしてほしい。あたしがいてもいなくても、関係なく」
「俺は逆だ」
「カイ——」
「俺は、お前に長生きしてほしい。俺がいてもいなくても、関係なく。でも、できれば——俺と一緒に、長生きしてほしい」
暗闇の中で、リーンが何かを堪える音が聞こえた。
小さな音。
声にならない音。
涙——は出ていないようだった。地下でもそうだった。リーンは泣きたくても、泣けなかった。
ただ今朝、空の下でだけ、リーンは初めて泣いた。
今は、目が乾いたままだった。
でも喉は震えていた。
「カイ」
「何だ」
「あたし、カイの隣にいたい。ずっと」
「ああ」
「でも、あたしがいることで、カイが危険になるなら——」
「ならない」
「でも——」
「ならない、と俺が言う。道筋より確かだ」
リーンが笑った。小さく。
「カイ、また詩人」
「うるさい」
「今日は褒めてるの」
「……そうか」
リーンの手が、カイの手を探した。
暗闇の中で、手と手が触れた。
「ありがと、カイ」
「何が」
「色々」
「雑だな」
「でも、全部入ってる、その『色々』に」
カイはリーンの手を握った。
しばらく、そのままでいた。
*
深夜。
リーンが自分のベッドに戻っていった。
カイは、ようやく眠りかけた。
その時——視界に、また文字が浮かんだ。
「お」「や」「す」「み」
「カ」「イ」
「君」「と」「リ」「ー」「ン」「の」「会」「話」「は」
「と」「て」「も」「美」「し」「か」「っ」「た」
「だ」「が」「僕」「は」
「そ」「の」「美」「し」「さ」「を」
「壊」「せ」「る」
「次」「の」「手」「は」
「も」「う」「決」「ま」「っ」「て」「い」「る」
文字が消えた。
カイは目を見開いた。
天井の暗闇の中で、冷たい汗が背中を伝った。
ノーグは、カイとリーンの会話まで——聞いている?
いや。聞いているのではないかもしれない。ただ、カイの道筋の中で「リーンと話す」という行動パターンを読み取って、その内容を推測している。
それでも——恐ろしい精度だった。
カイは拳を握った。爪が掌に食い込んだ。血が滲んだ。
ノーグの次の手。それが何かは、わからない。
でも、リーンを狙ってくるのは確かだ。
リーンを、守らなければならない。
道筋なしで。
正解の外側で。
*
[ 今 ]
ノーグは生きている。
君が知っていたあの目で、俺を見ている。
あの日、君が公園で「『見つけた』って書くんでしょ」と言った時、
ノーグの瞳孔が縮んだ。一瞬だった。
だが俺は、あの瞬間から気づくべきだったんだ。
動揺していたのは、ノーグじゃなくて、俺のほうだったと。
君の言葉が、すでに起きたことを指差していたのだと。
今、ノーグは俺の向かいに座っている。
チェスではなく、別の盤で。
君なしで、俺は彼と向き合っている。
——早く、戻ってきてくれ。
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