ギルド
ヒョルンまでは、ジュルカから徒歩で七日ほどかかった。
北へ進むにつれ、ドワーフとの紛争の気配は少しずつ薄れていった。街道を行き交う避難民も減り、焼けた村や逃げてきた人々を見ることもなくなったが、その代わり、今度は魔物の気配が濃くなっていった。
ヒョルンまであと二日ほどというところで、俺たちは初めて街道の上で魔物を見た。
コボルトの群れだった。
五、六匹ほどのコボルトが街道脇の林から姿を現し、こちらの様子を窺っている。人間ほど背は高くないが、狼をそのまま二本足で立たせたような姿をしており、全身は灰色や茶色の毛で覆われ、手には粗末な棍棒や石斧を持っていた。
俺はすぐにラディを自分の後ろへ下がらせた。
「ラディ。俺の後ろにいろ」
「……うん」
背負っていた弓を手に取り、胡簶から一本の矢を抜いて弦へつがえる。
その動きを見たコボルトたちが僅かに身構えた。
俺が弦を引き始めると、先頭にいた一匹が低く唸り、それを合図にしたかのように群れ全体が街道から離れ、そのまま林の奥へ姿を消していった。
俺はすぐには弓を下ろさず、しばらく森の奥を見つめた。
追ってくる気配はない。
ようやく弦を緩める。
「……行ったか」
後ろを振り返ると、ラディは少し青ざめた顔で俺の服を掴んでいた。
「ラディ。大丈夫だからな」
そう言って頭へ手を置くと、ラディは小さく頷いた。
「うん」
それから先は、それまで以上に周囲を警戒しながら進んだ。
昼間ならまだいい。
問題は夜だった。
日が落ちると、森の中から様々な音が聞こえてくる。
鳥。
獣。
虫。
そして、それが何の音なのか分からないものまで。
がさり、と茂みが鳴っただけで目が覚める。
ばさばさ、と鳥が飛び立つ羽音が聞こえれば、すぐに身体を起こして周囲を確認した。
弓と剣は、いつでも手を伸ばせる場所へ置いていた。
ラディが眠っている間だけでも俺が見張らなければならない。
そう思うと、まともに眠ることができなかった。
眠っても少しの物音ですぐに目を覚まし、目を閉じても、またすぐに周囲を確認する。
そんな夜が何日も続いた。
身体は日に日に重くなった。
足は痛い。
肩も痛い。
頭もぼんやりする。
それでも歩いた。
ラディも何も言わずについてきた。
そして、疲労が限界に近づいていた頃。
ようやくヒョルンが見えた。
「……あれか」
俺は思わず足を止めた。
都市の外側には深い環濠が掘られ、その外側や堀の縁には、先端を鋭く削った木を何本も斜めに組み合わせた逆茂木が並べられていた。
人どころか、馬や大型の獣であっても簡単には近づけないだろう。
その内側には高い石壁がそびえ、壁の上には一定の間隔で監視塔が築かれ、そこには弓や槍を持った兵士たちの姿が見えた。
「すごい……」
ラディが呟いた。
「ああ」
これは人間同士の戦争だけを想定した城壁ではない。
魔物を止めるための町なのだと、見ただけで分かった。
俺たちは南門へ向かった。
門の前には兵士が数人立っていた。
「止まれ」
槍を持った門番に呼び止められ、俺たちは素直に足を止めた。
「どこから来た」
「ジュルカからです」
「二人だけか?」
「はい」
門番は俺たちを見たあと、弓、胡簶、腰の剣、荷物と順に確認していった。
革袋の中身まで簡単に調べられたが、怪しいものなど何もない。
「よし」
門番が道を空ける。
「入れ」
「ありがとうございます」
俺たちはヒョルンへ入った。
中へ入って最初に目についたのは、武器を持っている人間の多さだった。
剣を腰へ下げた男。
槍を肩へ担いだ男。
大きな斧を持った男。
ジュルカでも兵士は大勢見たが、ここでは兵士ではない人間まで当たり前のように武器を持って歩いていた。
革鎧。
鎖帷子。
盾。
弓。
槍。
剣。
まるで町全体がいつでも戦えるように準備しているようだった。
――前線都市。
その言葉が改めて頭に浮かんだ。
ジュルカで聞いた話によれば、魔石ギルドは北門近くの広場にあるらしい。
本当ならそのまま向かうつもりだった。
だが。
「……無理だな」
身体が重すぎた。
もう何日もまともに眠っていない。
ラディも明らかに疲れている。
「今日は宿探そう」
「うん」
幸い、ヒョルンではジュルカほど宿が混み合っていなかった。
何軒か尋ねたところ、小さな宿で一部屋だけ空いていると言われた。
部屋は狭く、ベッドも一つしかない。
それでも俺たちには十分だった。
藁を詰めた寝床。
それだけで、これまでの野宿とは比べものにならない。
「ラディ、先寝て――」
そう言いながらベッドへ腰を下ろした。
その瞬間、身体から力が抜けた。
次に目を開けた時には、窓から朝日が差し込んでいた。
「……朝?」
身体を起こす。
頭はまだ重かったが、久しぶりにしっかり眠った感覚があった。
隣を見ると、ラディが俺のすぐ横で眠っている。
すうすう、と小さな寝息を立てていた。
どうやら俺が寝落ちしたあと、自分で隣へ潜り込んだらしい。
俺は少しだけ笑い、起こさないよう静かに頭を撫でた。
しばらくしてラディも目を覚ました。
宿の主人に頼んで朝食を用意してもらう。
黒パン。
豆のスープ。
少しだけ塩漬け肉。
豪華ではない。
それでも、机に座って食べる温かい朝食は久しぶりだった。
「兄ちゃん」
「ん?」
「今日はどこ行くの?」
「ギルド」
「昨日言ってたところ?」
「ああ」
朝食を食べ終えると、俺たちは町の北側へ向かった。
ヒョルンにおいて単に「ギルド」と呼ばれているものは、魔石ギルドだった。
魔物から取れる皮、牙、角、爪、臓器、鱗、それに魔物の心臓付近に存在する魔石。
そうした素材を買い取り、加工業者や商人、軍、薬師などへ流している組織らしい。
北門近くの広場まで行くと、すぐにそれらしい建物が見つかった。
かなり大きい。
中へ入ると、最初に目へ飛び込んできたのは、ずらりと並んだ十以上のカウンターだった。
それぞれの前には人が並んでいる。
袋を抱えている者。
毛皮を担いでいる者。
魔石らしきものを木箱へ詰めている者。
あちこちで取引が行われていた。
「……すごいな」
俺が周囲を見回していると、近くにいた男と目が合った。
腰には長剣。
身につけているのは革鎧。
腕には古い傷。
いかにも日常的に魔物と戦っている人間という雰囲気だった。
俺は思い切って声をかけた。
「すみません」
「ん?」
「ここに魔物の素材を卸すには、何か特別な許可はいりますか?」
「許可?」
男は少し不思議そうな顔をした。
「いらねえよ」
「いらないんですか?」
「ああ」
男は笑った。
「狩って、持ってきて、売る。それだけだ」
「魔物の素材って、どんなものを持ってくればいいんですか?」
「種類によるな」
男はカウンターを指差した。
「あそこで素材の一覧を見せてもらえるぞ。値段もだいたい載ってる」
「ありがとうございます」
「気をつけろよ」
「え?」
男は俺が背負っている弓へ目をやった。
「初めてなんだろ?」
「はい」
「この辺の森は南とは違う」
男は何でもないことのように言った。
「油断すると死ぬぞ」
「……分かりました」
俺は頷いた。
カウンターへ行き、魔物ごとに買い取られる素材の一覧を見せてもらった。
ゴブリン。
コボルト。
オーク。
その他にも何種類もの魔物が並び、それぞれ魔石、牙、毛皮、爪、臓器など買い取られる部位が細かく記されている。
全部覚えることなどできない。
今日はとりあえず、この辺りでよく出るというゴブリンとコボルトだけを頭へ入れた。
一度宿へ戻り、弓、矢、剣、縄、解体用の道具など必要なものを確認する。
「俺は少し森を見てくる」
ラディがすぐにこちらを見る。
「僕も行く!」
やっぱり言った。
「駄目だ」
「でも」
「初めて入る森だぞ」
俺はしゃがみ、ラディと目線を合わせた。
「どんな魔物がいるかも分からない。危険すぎる」
「……」
「今日は様子を見るだけだ。危ないと思ったらすぐ戻る」
しばらく俺を見ていたラディは、やがて小さく頷いた。
「分かった」
また聞き分けが良すぎる。
以前ならもっと食い下がった。
俺も行く。
なんで駄目なの。
そう何度も言ったはずだ。
胸が少し痛んだ。
けれど、連れていくことはできない。
「宿から出るなよ」
「うん」
「知らない人についていくな」
「子供じゃないよ」
「十歳は子供だ」
「兄ちゃんだって十二歳じゃん」
その返事に、俺は一瞬言葉を失った。
そして少し笑う。
「……まあいい」
久しぶりだった。
そんな言い返し方をされたのは。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
北門から町を出た。
森はすぐ近くにあった。
ジュルカ周辺の森とは違う。
木々は深く、下草も濃い。
空気も湿っている。
俺は弓を手に持ったまま、慎重に森へ入っていった。
そして、驚くほど早く魔物に出会った。
森へ入って、まだそれほど歩いていない。
前方の木々の間に緑色の影が見える。
六匹のゴブリンだった。
ゴブリンは人間の子供ほどの背丈しかなく、全身の皮膚は濁った緑色をしている。身体つきは細く、顔には深い皺がいくつも刻まれ、鼻は潰れたように低い。
そして全員が武器を持っていた。
棍棒。
石斧。
先端へ尖った石を括りつけた槍。
俺はすぐに木の陰へ身体を隠した。
まだ気づかれていない。
群れから少し離れている一匹へ狙いを定める。
弓を引く。
放つ。
ひゅっ。
矢が喉へ突き刺さった。
ゴブリンは声を上げる間もなく倒れた。
残りが一斉に振り向く。
すぐに二本目をつがえる。
放つ。
胸。
三本目。
腹。
そこで残ったゴブリンたちが俺の位置に気づいた。
叫びながらこちらへ走ってくる。
次の矢で一匹。
さらに一匹。
最後の一匹だけが俺の近くまで辿り着いた。
俺は弓を捨て、剣を抜く。
振り下ろされた棍棒を横へ避け、そのまま首元へ剣を振った。
どさり、と身体が倒れる。
森が静かになった。
俺はすぐに周囲を見る。
他にはいない。
「……六匹」
思っていたよりあっさりだった。
もちろん油断はできない。
一匹一匹が強いというより、問題は数なのだろう。
俺は倒したゴブリンの身体から矢を抜いて回収した。
鏃。
軸。
羽根。
一つずつ傷んでいないか確認する。
一本だけ折れていた。
「……もったいないな」
矢だって金だ。
無駄にはできない。
それからナイフを取り出した。
問題はここからだった。
魔石。
資料では、心臓の少し上にあると書いてあった。
ゴブリンを仰向けにし、胸へ刃を入れて皮を開く。
ナイフだけではやりにくかったが、少しずつ胸を開き、肋骨を左右へ押し広げていくと、ようやく心臓が見えた。
「これか……」
心臓の頭側に、小指の先ほどの小さな塊があった。
透明ではなく薄く濁っている。
だが、表面にはガラスのような光沢があった。
魔石。
指で摘まむ。
小さい。
こんなものに金がつくのか。
「……なるほど」
一匹目。
次に二匹目。
三匹目。
六匹すべてから取り出す頃には、思っていた以上に時間が経っていた。
最後には手も服も血だらけになっていた。
「これは……大変だな」
倒すより回収する方が面倒かもしれない。
それでも全部回収した。
もう帰ってもいい。
そう思ったが、せっかくなので、もう少しだけ周囲を見ておきたかった。
さらに森を進む。
そして、またすぐに魔物へ出会った。
今度はコボルトだった。
一匹。
単独だ。
狼のような顔。
全身を覆う長い毛。
長い口と鋭い牙。
二本足で歩き、手には石斧を持っている。
向こうはまだ俺に気づいていない。
俺は矢をつがえ、喉へ狙いを定めた。
放つ。
矢が突き刺さった。
コボルトは首へ手を当て、数歩よろめいたあと、その場へ倒れた。
「……よし」
近づく。
資料では、コボルトは魔石だけではなく毛皮も買い取り対象になっていた。
俺はナイフを取り出した。
村では鹿や兎など、様々な獣を解体してきた。
基本は同じだ。
後脚から腹へ刃を入れ、肉を傷つけすぎないよう皮を引きながら少しずつ剥いでいく。
「……こんなもんか」
広げて確認する。
大きな傷はない。
悪くないと思う。
それから忘れずに魔石も回収した。
今日はここまでにした。
欲張る必要はない。
初めて入った森だ。
ゴブリン六匹。
コボルト一匹。
十分だろう。
ヒョルンへ戻ると、そのままギルドへ向かった。
空いているカウンターへ行き、袋からゴブリンの魔石を六個、それからコボルトの魔石と毛皮を取り出す。
受付の男が一つずつ確認していった。
「ゴブリン六」
魔石を並べる。
「一個銅貨三枚」
合計で銅貨十八枚。
「コボルトの魔石。一個銅貨五枚」
さらに五枚。
そして男は毛皮を広げた。
裏を見る。
端を見る。
刃を入れた跡を見る。
「お前が剥いだのか?」
「はい」
「綺麗だな」
「村で獣の解体をしてたので」
「なるほど」
男はもう一度毛皮を見る。
「これなら銀貨一枚で買える」
一瞬、聞き間違えたかと思った。
「銀貨一枚?」
「ああ」
俺は今日の稼ぎを頭の中で計算した。
ゴブリンの魔石で銅貨十八枚。
コボルトの魔石で銅貨五枚。
それに毛皮が銀貨一枚。
ジュルカの森で一日中歩き回って稼いでいた額とは比べものにならなかった。
「……こんなに」
思わず呟く。
「まあ、コボルトの皮は使い道が多いからな」
男はそう言って金を渡した。
俺はそれを革袋へ入れた。
ずしりとした重み。
久しぶりに、金の重さを感じた。
その足で宿へ戻った。
扉を開ける。
「ただいま」
ラディがすぐに顔を上げた。
「おかえり!」
そして真っ先に俺の身体を見る。
「怪我ない?」
最初に聞いたのは獲物でも、金でもなかった。
俺は少し笑った。
「ああ。大丈夫だよ」
両手を広げて見せる。
「怪我一つない」
ラディがほっとしたように息を吐いた。
「よかった」
「それより」
俺は革袋を軽く叩いた。
「今日は稼げた」
「ほんと?」
「ああ」
「いっぱい?」
「まあまあ」
俺は笑った。
「だから夕食を食べに行こう」
「外で?」
「ああ」
「何食べるの?」
少し間を置く。
「肉」
ラディの目が一気に輝いた。
「いいの?」
「ああ」
「ほんとに?」
「今日はいい」
ラディは嬉しそうに笑った。
「やった!」
久しぶりだった。
そんなふうに声を上げて喜ぶ弟を見るのは。
その夜、俺たちは久しぶりに肉を食べた。
焼いた肉。
黒パン。
温かいスープ。
決して豪華な料理ではない。
それでも、俺たちにとっては十分すぎるほどのご馳走だった。
ラディは肉を頬張りながら何度も笑った。
俺も久しぶりに、食事を美味いと思いながら食べた。
ギルドで得られる報酬は、思っていた以上によかった。
ここなら。
ラディを食わせていけるかもしれない。
ヒョルン。
魔物との戦いの最前線。
危険な町。
それでも俺たちにとっては、ようやく見つけた生きていくための場所だった。
そうして、俺とラディのヒョルンでの生活が始まった。
ヒョルンの森には魔物が多かった。
もちろん油断できる場所ではない。
だが、何度も森へ入るうちに、浅い場所で出会う魔物のほとんどがゴブリンやコボルトであることが分かってきた。
数が多すぎる時は避ける。
こちらに気づいていなければ、有利な位置から弓を使う。
少しでも危険だと思えば深追いしない。
そうして慎重に狩りを続けている限り、稼ぎはかなり安定していた。
魔物だけではない。
時々、鹿や兎を見つければ、それも狩った。
魔物の素材は魔石ギルドへ。
獣の肉や皮は肉屋へ。
ヒョルンには兵士や魔物を狩る男たちが大勢いるため、肉の需要も高く、これも思っていた以上の値段になった。
宿代を払い。
毎日腹を満たし。
矢や弦を買い足す。
それでも少しずつ金が残る。
ジュルカにいた頃のように、明日の飯をどうするかと毎晩革袋の中身を数える必要はなくなった。
決して裕福ではない。
けれど、生きていける。
そんな生活がようやく形になり始めた頃だった。
ある日の夕方。
森から戻った俺が宿の部屋で弓の手入れをしていると、ラディが突然言った。
「兄ちゃん」
「ん?」
「僕にも、もっとちゃんと剣と弓を教えて」
弦を確認していた手が止まった。
「剣と弓?」
「うん」
ラディは真っ直ぐ俺を見ていた。
もちろん、ラディも村にいた頃から剣と弓の稽古はしていた。
俺たちの村は森に近く、魔物や獣の危険がある。
男なら、ある程度の年齢になれば剣や弓の扱いを覚えるのは珍しいことではない。
ラディも村の大人たちに混じって木剣を振り、子供用の弓で的を射ていた。
俺が稽古していれば隣へやってきて、一緒に木剣を振ることも多かった。
ただ。
あの頃は遊びの延長だった。
剣を持てば俺と勝負したがり、弓を持てば誰が一番遠くまで矢を飛ばせるかを競う。
注意されればしばらくは真面目にやるものの、少し経てば他の子供とふざけ始める。
そんなラディだった。
けれど、今、目の前にいる弟の顔には、あの頃のような無邪気さはなかった。
「もっとちゃんとって、どれくらいだ?」
「兄ちゃんみたいに戦えるくらい」
俺は黙った。
「魔物とも?」
「うん」
「……どうして?」
ラディは少し俯いたあと、小さな声で言った。
「僕も自分で戦えるようになりたい」
その理由を聞く必要はなかった。
村で何があったのか。
ラディも忘れていない。
俺だって忘れていない。
「分かった」
俺は弓を置いた。
「じゃあ、今までみたいな稽古じゃなくなるぞ」
「うん」
「痛くても泣くなよ」
「泣かない」
「疲れたからやめたいって言っても、途中じゃやめさせないこともある」
「分かった」
即答だった。
「なら明日からやるか」
「今日から」
「今、森から帰ってきたばっかりなんだけど」
「少しだけ」
「……分かったよ」
その日の夕方から、俺はラディへ本格的に稽古をつけるようになった。
森から早く戻れた日は夕方に。
狩りへ出ない日は朝から。
剣と弓の両方を教えた。
まず見たのは弓だった。
「射ってみろ」
「うん」
ラディが矢をつがえ、足を開き、弓を上げる。
弦を引く。
ひゅっ、と放たれた矢が飛び、少し離れた場所に置いた的へ突き刺さった。
中心からは外れている。
だが悪くない。
「もう一回」
ラディが次の矢をつがえた。
そこで俺は手を止めさせる。
「待った」
「なに?」
「弓手」
「え?」
俺はラディの左手を指差した。
「そんなに握ったら駄目だよ」
「こう?」
ラディが少し力を抜く。
「もう少し」
俺が手を添えて直す。
「弓を落とさないように握り締めるんじゃなくて、前へ押す感じ」
「……こう?」
「そう。いいね」
「射っていい?」
「ああ」
ラディが弦を引き、矢を放つ。
今度は、先ほどより的の中心に近いところへ刺さった。
「おっ」
「今のどう?」
「いいよ。もう一回」
「うん!」
基礎はすでにできていた。
だから俺が直していったのは、細かな癖だった。
立ち方。
肩の位置。
弦の引き方。
狙ってから放つまでの時間。
風の読み方。
獲物との距離の測り方。
村にいた頃は、的へ当てることが中心だった。
だが、俺が教えるのは実際に森で使うための弓だった。
相手は止まってくれない。
木もある。
草もある。
風も吹く。
一射目を外せば、こちらへ向かってくる魔物だっている。
剣も同じだった。
ラディはすでに基本的な構えや振り方を知っている。
だから俺は、実際に木剣を合わせながら教えた。
「来い」
「うん!」
ラディが踏み込む。
振り下ろされた木剣を受ける。
かんっ、と乾いた音が響く。
ラディはすぐに剣を引き、横から二撃目を振った。
それも受ける。
「遅い」
「っ!」
俺が木剣を返す。
ラディが慌てて受ける。
「受けて終わるな。そのまま返せ」
「うん!」
もう一度。
俺が振る。
ラディが受ける。
今度はすぐに木剣が返ってきた。
俺は身体を引いて避ける。
「そう」
「当たった?」
「当たってない」
「今の絶対当たった!」
「避けただろ」
「服に当たった!」
「服だけだ」
「じゃあ当たってるじゃん!」
「実戦なら服を斬って喜んでる間に殺されてるぞ」
「もう一回!」
「はいはい」
村にいた頃と同じようなやり取り。
けれど、剣を構えた時のラディの目は、あの頃とは違っていた。
真剣だった。
俺の足を見る。
肩を見る。
剣を見る。
一度教えたことは、次には直そうとする。
失敗すれば何度でも繰り返す。
以前のように途中で木剣を放り出して、他の子供と遊び始めることもない。
そして何より驚いたのが、上達の速さだった。
弓も上手くなった。
だが、剣はそれ以上だった。
ある日のこと。
いつものように木剣を合わせていると、ラディが踏み込んできた。
上段。
俺は受けようとする。
その瞬間。
ラディの剣筋が変わった。
「っ」
振り下ろすと見せて、横へ。
俺は咄嗟に身体を引いた。
木剣の先が服を掠める。
「……おい」
思わず声が出た。
ラディが嬉しそうに笑う。
「今の当たった?」
「……服だけな」
「やった!」
「喜ぶな」
そう言いながらも、俺は少し驚いていた。
今の動きは俺が教えたものではない。
自分で考えたのか。
それとも、俺との稽古の中で覚えたのか。
まだ俺の方が圧倒的に強い。
力も。
速さも。
経験も。
何もかも違う。
それでも時々、本当にヒヤッとすることがあった。
――こいつ、剣はかなり向いてるのかもしれない。
そんなことを考えるようになった。
森から帰った夕方。
狩りへ出ない休日。
俺たちは何度も剣を合わせ、何百本も矢を射った。
そうして、数か月が過ぎた。




