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避難民

子爵がいるロムコまでの道のりは、思っていた以上に時間がかかった。

俺一人ならもっと速く進めただろう。

だが、ラディはまだ十歳だ。それも、これまで森の中を何時間も歩き続けるような生活をしていたわけではない。

だから俺は、できるだけラディの足に合わせて進んだ。

そのせいで、どうしても歩みは遅くなる。

気だけが急いた。

村が襲われたことを一刻も早く知らせなければならない。

まだ生きている人がいるかもしれない。

ドワーフたちが別の村へ向かっているかもしれない。

そんな考えが頭の中をぐるぐると回り、何度ももっと速く歩きたくなった。

それでも、隣を歩くラディの息が荒くなれば足を緩めた。

森の中には獣道すらない場所も多かった。

倒木を跨ぎ、藪を掻き分け、斜面を登る。

時には人の腰ほどもある大きな岩が行く手を塞いでいた。

「ラディ、手」

「うん」

俺が先に岩の上へ登り、そこから手を伸ばす。

ラディがその手を掴むと、俺は腕を引きながら身体を支えた。

「足、そこに置け」

「ここ?」

「そう。ゆっくりでいい」

「うん」

以前なら、こんな場所を通ればラディは面白がっただろう。

岩の上まで登れば周囲を見回し、「兄ちゃん、あっちまで見える」と騒いでいたかもしれない。

だが今は何も言わなかった。

俺に言われた通りに足を置き、岩を越えれば、また黙って歩き始める。

その姿を見るたびに胸が痛んだ。

けれど、俺も何を言えばいいのか分からなかった。

結局、俺たちはほとんど会話をしないまま森を進んだ。

しばらくすると、木々の隙間から見える空が少しずつ広くなってきた。

森の終わりが近い。

俺はラディへ手で止まるよう合図し、一人で少し先まで進んだ。

茂みに身を伏せながら外の様子を窺う。

街道だった。

ロムコへ続く街道だ。

すぐには出なかった。

俺はしばらく周囲を観察する。

道には何本もの轍が残り、人や馬が通った足跡もある。

だが、村で見たポルットのものらしい太い蹄跡は見当たらなかった。

道端にも争った痕跡はない。

血もない。

焼けた荷車もない。

少なくとも、ここをドワーフの軍勢が通った形跡はなさそうだった。

「……大丈夫そうだ」

俺は森の中へ戻った。

「街道に出るの?」

「ああ。でも俺から離れるなよ」

「うん」

それでも念のため周囲を警戒しながら、俺たちは森を出た。

街道へ出てしまえば、森の中よりずっと歩きやすい。

踏み固められた道をひたすら進んだ。

そしてしばらくすると、遠くの丘の向こうに灰色の壁が見え始めた。

「あれ……」

ラディが久しぶりに自分から声を上げた。

俺も目を凝らす。

「ロムコだ」

ロムコ。

この辺り一帯を治める子爵がいる町だ。

村とは比べものにならないほど大きく、人の背丈の二倍ほどもある石壁が町全体を取り囲んでいる。

壁の上には見張りの兵士が立ち、正面には大きな木製の門が見えた。

その石壁を見た瞬間、胸の奥に張り詰めていたものが、ほんの少しだけ緩んだ。

やっとだ。

やっと人のいる場所まで来た。

兵士がいる。

領主もいる。

ここまで来れば、少なくともラディは安全だ。

そんなことを思った。

「もう少しだぞ」

「うん」

「ロムコに入ったら、まず何か食べよう」

ラディは少しだけこちらを見た。

「兄ちゃんも?」

「ああ。俺も腹減った」

本当はあまり食欲などなかった。

それでも、久しぶりにラディと普通の話をした気がして、俺は少しだけ笑った。

だが、その安心は長くは続かなかった。

町へ近づくにつれ、石壁の外に大勢の人がいることに気づいた。

最初は市でも開かれているのかと思った。

だが違う。

街道脇にも。

門の前にも。

石壁に沿うようにして、何百人もの人々が座り込んでいた。

中には俺たちと同じように、ほとんど何も持っていない者もいる。

服を泥だらけにし、裸足の子供を抱えている女。

肩へ小さな袋一つだけを担いだ老人。

一方で、家財道具を荷車いっぱいに積み込んでいる家族もいた。

木箱。

寝具。

鍋。

農具。

袋詰めにされた穀物。

中には鶏籠まで積んでいる者もいる。

明らかに、一時的に町へ来た人たちではなかった。

そして何より異様だったのは、人の多さではない。

静かすぎることだった。

これだけ大勢の人間が集まっているのに、ほとんど話し声が聞こえない。

泣いている子供の声。

誰かを探す声。

荷車の軋む音。

それ以外は、皆が疲れ切った顔で地面を見つめていた。

嫌な予感がした。

俺は近くに座っていた男へ声をかけた。

四十くらいだろうか。

服は泥まみれで、頬には乾いた血がついている。

「すみません」

男がゆっくり顔を上げた。

「……なんだ」

「ロムコの中には入れないんですか?」

男は石壁の方を見て、疲れたように首を振った。

「無理だ」

「どうして?」

「中がもう一杯なんだよ」

「一杯?」

「ああ」

男は周囲へ目を向けた。

「昨日からずっとこんな調子だ。あっちの村も、こっちの村も、みんな逃げてきやがる」

胸の奥が冷えた。

「逃げてきたって……」

男は俺を見た。

「お前たちも違うのか?」

「俺たちの村も……襲われました」

その一言で、男の顔が僅かに変わった。

驚きではなかった。

理解したような顔だった。

「ドワーフか?」

俺は頷いた。

男もまた、小さく息を吐いた。

「うちもだ」

ラディが俺の服を掴む力が僅かに強くなる。

「昨日の朝だ。急に来やがった。何十騎もな」

「……何人くらいいたんです?」

「分からん。数えてる暇なんかあるかよ」

男は自嘲するように笑った。

だが、その目には何の笑いもなかった。

「村長も、兵役に出たことのある奴も戦った。でも駄目だった。俺は女房と娘を連れて逃げた」

そこで男は言葉を止めた。

隣を見る。

荷車の脇には少女が一人座っている。

だが、妻らしい女の姿はなかった。

俺は何も聞かなかった。

聞けなかった。

改めて周囲を見回す。

ここにいる人間たちは皆、俺たちと同じなのだ。

村を失った。

家を失った。

中には家族を失った者もいる。

そして逃げてきた。

ロムコなら安全だと思って。

俺たちと同じように。

その時だった。

遠くから馬の蹄音が聞こえた。

ぱかぱかという普通の速度ではない。

全力で駆けている。

人々が一斉に街道へ目を向けた。

一騎の騎士が走ってくる。

馬も騎士も泥だらけだった。

騎士は人々の間を縫うように駆けながら、大声を張り上げた。

「急報! 急報!」

人々が慌てて道を空ける。

「門を開けよ! 急報だ!」

ロムコの門前にいた兵士たちが騒ぎ始めた。

「開門!」

重い音を立てながら門が開く。

騎士は速度をほとんど落とすことなく、そのまま門の中へ駆け込んでいった。

門はすぐに閉じられ始める。

嫌な感じがした。

さっきよりも強い。

俺は街道の先を見る。

騎士がやってきた方向には、緩やかな丘がある。

その向こうは見えない。

だが何かが聞こえた。

どどどど……。

低い音。

最初は小さかった。

だが、少しずつ大きくなっていく。

地面まで震え始めた。

俺はその音を知っていた。

昨日、森で聞いた。

「……嘘だろ」

誰かが立ち上がった。

別の誰かも丘を見る。

どどどどどどっ――。

もう間違いない。

大量の蹄音。

そして、その丘の上に黒い影が一つ現れた。

次に二つ。

三つ。

さらに後ろから次々と姿が現れる。

ポルット。

その背には鎧を着たドワーフたち。

一人の青年が叫んだ。

「ドワーフだ!」

その一声で、石壁の外にいた人々の空気が一変した。

「逃げろ!」

「門を開けてくれ!」

「中に入れろ!」

「子供がいるんだ!」

静まり返っていた人々が一斉に立ち上がった。

門へ殺到する者。

荷車を捨てて逃げる者。

子供を抱えて走り出す女。

転んだ老人。

泣き叫ぶ子供。

たった数秒で、門の外は完全な混乱に陥った。

「ラディ!」

俺は弟の手を強く掴んだ。

「兄ちゃん!」

「走るぞ!」

「うん!」

門へ行っては駄目だ。

あそこは人が多すぎる。

下手をすれば押し潰される。

それに門はすでに閉じかけている。

俺は丘とは反対の方向へ身体を向けた。

「こっちだ!」

ラディの手を引いて走り出す。

周囲にも同じことを考えた人たちが大勢いた。

街道を逃げる者。

畑へ走る者。

森へ向かう者。

皆が四方八方へ散っていく。

俺は一度だけ後ろを振り返った。

ドワーフの軍勢はこちらへ向かってくる。

だが、逃げる民衆を追っている様子はない。

真っ直ぐロムコを目指していた。

石壁の上では兵士たちが走り回り、弓兵らしき者たちが姿を見せ始めている。

――ロムコを攻めるつもりなのか。

そう思った。

だとすれば、俺たちは眼中にない。

それなら今のうちに少しでも遠くへ逃げるしかない。

俺たちはひたすら進んだ。

走れる間は走り、疲れれば歩く。

それでも立ち止まらなかった。

日が傾き始めた頃には、ロムコの石壁はもう見えなくなっていた。

その夜は野宿するしかなかった。

街道から少し離れた林の中。

周囲から見えにくい場所を探し、落ち葉を集めて地面へ敷いた。

火は焚かなかった。

ドワーフがどこまで来ているのか分からない。

煙や明かりで居場所を知られるのが怖かった。

「寒くないか?」

俺が聞くと、ラディは首を横に振った。

「大丈夫」

本当は寒いはずだった。

日が落ちれば、晩秋の空気は急に冷える。

俺は上着を脱ぎ、ラディの肩へ掛けた。

「兄ちゃんは?」

「俺は平気だ」

「でも」

「いいから着てろ」

ラディは少し迷ったあと、黙って上着を身体へ巻いた。

俺たちは木の根元に寄り添うようにして座った。

食べ物はほとんどない。

家を出る時、金と武器を優先してしまった。

今になって思えば、せめて黒パンの一つでも持ってくればよかった。

腹が鳴った。

隣でラディの腹も鳴る。

「……腹減ったな」

「うん」

「明日は何か探そう」

「うん」

それだけだった。

昔なら「肉食べたい」と言ったはずなのに。

俺はそのことが悲しくて、それ以上何も言えなかった。

夜が深くなる。

森の奥から狼の遠吠えが聞こえた。

アオォォォ――。

ラディの身体がびくりと震えた。

「大丈夫だ」

俺はすぐに弟の頭へ手を置いた。

「遠い」

「……うん」

また鳴く。

アオォォォ――。

ラディが俺の袖を掴んだ。

俺は何も言わず、その頭を何度も撫でた。

その夜、俺はほとんど眠らなかった。

剣を抱えたまま木へ背を預け、ラディが眠っている間、ずっと周囲の音を聞いていた。

翌朝。

俺たちは再び歩き始めた。

途中、小さな沢を見つけて水を飲んだ。

木の実や食べられる草を探し、村で教わった知識を頼りに、危険のないものだけを口にした。

それでも空腹は消えなかった。

足も痛い。

ラディの歩みは昨日よりさらに遅くなっていた。

「休むか?」

そう聞くと、ラディは首を振った。

「まだ歩ける」

「無理するなよ」

「うん」

そしてまた歩き始める。

村から逃げ出して二日ほど経った頃、俺たちは隣の男爵領へ辿り着いた。

だが、そこでも状況は同じだった。

町の外には大勢の避難民が集まっていた。

門の中へ入れてくれと頼む者。

兵士と言い争っている者。

道端に座り込んでいる者。

町はすでに人で溢れ、これ以上受け入れることはできないと言われた。

ロムコだけではない。

ドワーフの襲撃は、俺が想像していたより遥かに広い範囲で起きている。

そのことを、そこで初めて思い知った。

どうする。

どこへ行けばいい。

俺は町の人間や避難民たちから話を聞いた。

そして、何度か名前が出てきた町があった。

ジュルカ。

この付近で最も大きな都市。

ヒュルマン辺境伯の本拠地。

辺境伯軍が駐屯し、周囲の都市とは比べものにならないほど堅固な城壁を持つという。

そこなら。

そこまで行けば。

俺はラディを見た。

「ジュルカへ行こう」

「遠い?」

「少しな」

ラディは少し考えた。

「分かった」

それだけだった。

そうして俺たちは、ジュルカを目指した。

村を出てから六日。

その六日間、まともな宿で眠れた日は一度もなかった。

毎晩野宿だった。

木の根元。

岩陰。

使われなくなった小屋。

できるだけ人目につかず、風を避けられる場所を探して身体を休めた。

食事もまともなものではない。

木の実。

野草。

運よく捕まえた兎。

途中で出会った避難民から分けてもらった硬いパン。

それでも生きるために食べた。

ラディは一度も文句を言わなかった。

「疲れた」とも。

「腹減った」とも。

「もう歩きたくない」とも言わない。

軽口すら叩かない。

ただ黙々と俺の後ろを歩いた。

以前なら絶対にあり得なかった。

それが俺には、何よりつらかった。

六日目。

日が高くなった頃。

ラディの歩みはかなり重くなっていた。

俺も足の裏が痛み、肩も腰も重い。

それでも、ここまで来た。

「あと少しだからな」

「うん」

「もうすぐ着く」

「うん」

しばらく歩く。

やがて街道が緩やかな丘へ差しかかった。

俺は先にその丘を登った。

そして頂上へ立ったところで、思わず足を止めた。

遠くに巨大な石壁が見えた。

「ラディ」

弟が疲れた足取りで隣まで来る。

「なに?」

俺は前を指差した。

「ほら。見えてきた」

ラディが顔を上げる。

「……あれ?」

「たぶん、あれがジュルカだ」

ジュルカは、これまで俺が見てきたどんな町よりも堅牢に見えた。

石壁は高い。

人の背丈の四倍はあるだろう。

壁は遥か左右まで伸び、その途中には何本もの監視塔がそびえている。

塔の上には兵士らしき小さな人影が見えた。

そして、風を受けて大きな旗が翻っている。

赤い鷲。

ヒュルマン辺境伯の紋章だった。

「……大きい」

ラディが小さく呟いた。

「ああ」

俺もそれしか言えなかった。

今まで見てきた町とは違う。

ロムコよりも。

あの男爵領の町よりも。

遥かに大きく、遥かに頑丈そうだった。

あそこなら。

今度こそ。

ラディを安全な場所へ連れていけるかもしれない。

そう思った。

けれど、ロムコの石壁を初めて見た時も、俺は同じことを思った。

だから今度は、安心しきることができなかった。

俺はラディの手を握った。

「行こう」

「うん」

赤鷲の旗が風にはためく巨大な都市を見つめながら、俺たちは再び歩き始めた。

ジュルカへ近づくにつれ、街道を行き交う人の数はどんどん増えていった。

俺たちと同じように避難してきた者たちだ。

荷車を引く家族。

杖をつきながら歩く老人。

泣き疲れたのか、母親の背中で眠っている幼い子供。

中には怪我をして肩を貸されながら歩いている者もいた。

それでも、ロムコの時とは少し様子が違っていた。

門の外に人が溢れてはいる。

だが、皆が好き勝手に集まっているわけではない。

街道の脇には兵士たちが立ち、避難民を何列かに分けて順番に誘導していた。

「怪我人はこちらだ!」

「歩ける者はそのまま列へ並べ!」

「家族とはぐれた者は、あちらの詰所へ行け!」

大声で指示が飛んでいる。

石壁の外側には広い空き地があり、そこには木の杭と布を使った簡素な天幕が何十も並べられていた。

まだ建てている途中のものもある。

大きな鍋をいくつも火へ掛け、その周囲では兵士や町の者らしい人間たちが忙しなく動いていた。

「……野営地?」

俺が呟くと、近くにいた老人が答えた。

「辺境伯様が用意させたらしい」

「辺境伯様が?」

「ああ。避難民を門の前に放っておくわけにはいかんとな」

老人は疲れた顔をしていたが、それでもどこかほっとしたような声だった。

「食い物も少しは出る。寝る場所もな」

その言葉を聞いて、俺は初めて少しだけ肩の力を抜いた。

ロムコでは、門の外にいる者たちは誰からも守られていなかった。

だが、ここでは違う。

少なくとも俺たちを追い返そうとはしていない。

「兄ちゃん」

ラディが俺の袖を引いた。

「なんだ?」

「あれ……ご飯?」

ラディが見ている先では、大きな鍋から湯気が立ち上っていた。

その匂いがこちらまで流れてくる。

野菜。

豆。

それに、ほんの少し肉の脂の匂いも混じっている。

その瞬間、俺の腹が鳴った。

ラディの腹も鳴る。

顔を見合わせた。

「……行くか」

「うん」

俺たちは食事を配っている列へ並んだ。

かなりの人数がいたため、順番が回ってくるまでしばらく待たなければならなかった。

それでも、湯気の立つ鍋を見ているだけで、不思議と足の疲れが少し軽くなるような気がした。

ようやく順番が来る。

木椀へよそわれたのは、豆と刻んだ根菜を煮込んだ薄いスープだった。

具は少ない。

肉も入っているかどうか分からないほどだ。

だが、温かかった。

俺は木椀を両手で受け取る。

熱が掌へ伝わってきた。

それだけで胸の奥が少し緩んだ。

ラディと並んで地面へ座る。

「熱いから気をつけろよ」

「うん」

ラディが木匙ですくったスープへ息を吹きかける。

何度かふうふうと冷ましてから、口へ運んだ。

その瞬間、ラディの目が僅かに開いた。

「兄ちゃん」

「ん?」

「おいしいね」

久しぶりに見た。

ラディの笑顔だった。

ほんの小さな微笑み。

いつものように大声で笑ったわけでもない。

それでも村を出てからずっと暗い顔しかしていなかった弟が、確かに笑った。

俺はその顔を見た瞬間、胸の奥に重く沈んでいたものが少しだけ軽くなった気がした。

「……ああ」

俺もスープを口へ運ぶ。

塩気は薄い。

豆も少し硬い。

前世の感覚で考えれば、決して美味い料理ではない。

それでも、身体の奥まで染み込んでいくようだった。

「ゆっくり食べろよ」

「うん」

少しだけ。

本当に少しだけ。

いつものラディが戻ってきたような気がした。

俺はそれだけで救われた。

だが、食事が毎回十分に支給されるわけではなかった。

避難民の数が多すぎるのだ。

一日に一度。

多くても二度。

薄いスープか粥のようなものが配られる程度だった。

それだけで腹を満たすことはできない。

翌日、俺はジュルカの中へ入り、食べ物を買うことにした。

門では兵士が人の出入りを厳しく確認していたが、避難民でも買い物をする程度なら中へ入ることはできた。

街へ入ってすぐに気づいた。

人が多い。

普段のジュルカがどれほど混雑している町なのか俺には分からない。

だが、それを差し引いても異常なほど人が多かった。

通りには避難民。

荷車。

兵士。

商人。

買い物をしようと店へ殺到する者。

いたるところから声が飛び交っている。

俺はラディの手をしっかり握った。

「離れるなよ」

「うん」

最初に向かったのはパン屋だった。

だが、店の前に並ぶ値札を見て思わず目を疑った。

「……銅貨三枚?」

黒パン一斤。

銅貨三枚。

村にいた頃なら考えられない値段だった。

思わず店主へ聞く。

「これ、一斤で三枚ですか?」

「ああ」

「高すぎないですか?」

店主は不機嫌そうに俺を見た。

「高いと思うなら買わなくていい」

「いや、でも……」

「麦が入ってこないんだ」

店主は吐き捨てるように言った。

「街道が危なくて荷が止まってる。それに避難民がこれだけいる。昨日まで二枚だったのが、今日は三枚だ。明日はもっと上がるかもしれんぞ」

俺は黙った。

村から持ち出した金には限りがある。

父と母が何年もかけて貯めた金だ。

今の俺たちにとっては、それがすべてだった。

無駄には使えない。

だが、ラディへ食べさせないわけにもいかない。

「……一斤ください」

銅貨を三枚渡す。

受け取った黒パンは、いつも村で食べていたものと何も変わらなかった。

それなのに、今では恐ろしく高価なものに見えた。

俺はそれを大切に袋へ入れた。

他にも干した豆や塩漬けの肉を見た。

どれも高い。

以前の相場を詳しく知っているわけではない俺でも、明らかに値上がりしていることは分かった。

結局、黒パンと少量の干し豆、それからラディのために小さな干し果物を一つだけ買った。

「これ、食べていいの?」

「いいよ」

「兄ちゃんは?」

「俺はいい」

「半分こする」

「お前が食え」

「半分」

ラディは譲らなかった。

結局、干し果物を半分に割って、一つずつ食べた。

僅かに甘かった。

本当に僅かな甘さだった。

それでも、何日ぶりかに口へ入れた甘いものだった。

その日の夕方。

俺はラディのために寝床を探した。

六日間、ほとんど地面で寝ている。

せめて一晩くらい、柔らかな布団で眠らせてやりたかった。

最初の宿。

満室。

二軒目。

満室。

三軒目も満室だった。

「馬小屋でもいいです」

俺がそう頼んだ宿もあった。

だが、主人は困ったような顔で首を振った。

「悪いな」

「馬小屋も?」

「もう人が寝てる」

「……人が?」

「ああ」

覗かせてもらった。

本当にいた。

藁の上。

馬の脇。

家族連れが何組も身体を寄せ合うようにして座っている。

幼い子供までいた。

俺は何も言えなくなった。

宿どころか、馬小屋さえ空いていない。

ジュルカには、それほど多くの人間が逃げ込んできているのだ。

「兄ちゃん」

宿を出たところでラディが俺を見上げた。

「外でいいよ」

「でもな」

「今までずっと外だったから平気」

「……そうか」

胸が痛んだ。

本当なら、十歳の子供がそんなことを言う必要なんてない。

柔らかな寝床で眠りたいと。

温かい飯を腹いっぱい食べたいと。

そう言っていいはずなのに。

それでもラディは、何も求めようとしなかった。

結局、その夜も俺たちは石壁の外にある仮設野営地へ戻った。

幸い、ここにはドワーフがまだ近づいてきていなかった。

ジュルカへ向かう街道にドワーフが現れたという話もなければ、周囲の村が襲撃されたという報告も聞かなかった。

石壁の上では昼も夜も兵士が見張っている。

門の近くには騎兵が待機し、街道から伝令が来ればすぐに兵士たちが動いた。

ここにはまだ秩序があった。

軍隊がある。

食事も配られる。

寝る場所もある。

決して十分ではないが少なくとも今夜、俺とラディが殺される心配をせずに眠ることのできる場所だった。

俺は野営地の天幕の中で、藁を敷いた地面へ横になった。

隣にはラディがいる。

薄い毛布を一枚、二人で分けて使う。

「兄ちゃん」

「ん?」

「ここなら大丈夫かな」

少しだけ間を置いた。

簡単に「大丈夫だ」とは言えなかった。

だが今は。

少なくとも今夜だけは。

「……大丈夫だよ」

俺はそう答えた。

そしてラディの頭を軽く撫でた。

「だから今日は寝ろ」

「うん」

ラディは目を閉じた。

しばらくすると、規則正しい寝息が聞こえ始める。

俺はその寝顔を見つめた。

六日ぶりだった。

ラディが怯えずに眠っているのを見るのは。

俺はしばらくその顔を見てから、静かに目を閉じた。


このままではまずい。

ジュルカへ来てから数日。

俺は何度も腰の革袋を開き、中に残っている硬貨を数えるようになっていた。

父と母が何年もかけて貯めた金。

村を出る時には、ずっしりと重く感じた袋だった。

だが今では、その重さが目に見えて減っている。

黒パン一斤で銅貨三枚。

豆も高い。

干し肉など、以前なら考えられないような値段がついている。

それでも食べなければ死ぬ。

俺一人なら多少空腹を我慢することもできた。

だがラディはまだ十歳だ。

成長する身体に、毎日薄いスープだけというわけにはいかない。

このまま何もしなければ、いずれ金が尽きる。

金が尽きれば食べ物を買えない。

食べ物がなければ。

その先を考える必要はなかった。

「……仕事探すか」

朝。

まだ眠っているラディを見ながら、俺は小さく呟いた。

幸いジュルカは大きな町だ。

これだけ人がいるなら、何かしら働き口もあるだろう。

最初はそう思っていた。

だが、甘かった。

「働かせてください」

最初に行ったのは、市場の近くにある倉庫だった。

荷物を運んでいる男たちを見つけ、仕事がないか尋ねた。

倉庫の主人らしい男は俺の身体を上から下まで見ると、すぐに首を振った。

「いらん」

「荷物運びでも何でもします」

「人は足りてる」

「一日だけでも」

「だから足りてるんだよ」

男は苛立ったように顎で通りの向こうを示した。

そこには俺と同じように仕事を求めている男たちが十人以上いた。

村を追われた避難民だ。

「大人があれだけ余ってるのに、なんで子供を雇うんだ」

何も言い返せなかった。

次は馬屋へ行った。

牛の世話ならしていた。

馬でも多少は役に立てるかもしれない。

「糞掃除でも、水汲みでもできます」

だが、そこでも断られた。

「もう二人雇った」

「給金は少なくていいです」

「そういう奴が多すぎるんだ」

次はパン屋。

「薪運びならできます」

「いらない」

鍛冶屋。

「炭運びでも」

「邪魔になる」

商人。

「荷車を押します」

「間に合ってる」

どこへ行っても同じだった。

仕事がない。

正確には、仕事を求めている人間が多すぎる。

ジュルカには周辺の村や町から何千という避難民が集まっている。

大人の男。

女。

職人。

農民。

荷運び人。

誰もが金を必要としていた。

その中で、十二歳の俺をわざわざ雇う理由などない。

日が傾く頃。

俺は野営地へ戻った。

「兄ちゃん」

ラディがこちらへ走ってくる。

「仕事あった?」

一瞬だけ答えに詰まった。

期待している顔だった。

「……今日はなかった」

「そっか」

ラディはそれ以上何も言わなかった。

責めもしない。

残念そうな顔さえ、できるだけ見せないようにしている。

それが余計につらかった。

その日の夕食は、支給された薄い豆のスープと、朝買った黒パンだった。

俺はパンを半分に割り、ラディの方を少し大きくした。

「兄ちゃん」

「なんだ?」

「そっち小さいよ」

「俺は昼に食ったから」

嘘だった。

昼は何も食べていない。

ラディは俺の顔を見る。

じっと見る。

「……嘘」

「何が」

「兄ちゃん、お昼食べてないでしょ」

「食ったって」

「何食べた?」

「……パン」

「どこで?」

「市場」

「いくらだった?」

「うるさいな」

誤魔化そうとしたが、ラディは自分のパンを半分に割った。

その半分を俺の木椀の横へ置く。

「半分」

「いいよ」

「半分」

「ラディ」

「兄ちゃんが倒れたら困る」

俺は何も言えなくなった。

結局、二人で同じくらいの量を食べた。

夜。

ラディが眠ったあと、俺は一人で革袋の中身を数えた。

銀貨。

銅貨。

一枚ずつ。

何度数えても増えるわけではない。

食事を切り詰めても、せいぜいあと何週間か。

冬になれば、もっと食料は高くなるかもしれない。

「どうする……」

仕事はない。

金は減る。

食料は高い。

考えろ。

俺に何ができる。

畑仕事。

牛の世話。

水汲み。

薪割り。

そんなものは、もっと力のある大人がいくらでもいる。

なら、他に何がある。

考えた末、俺が目をつけたのは森だった。

俺には狩りができる。

村にいた頃、何年も狩人たちから教わってきた。

獣の足跡を見分けられる。

風向きを読める。

弓を使える。

獲物の血抜きも解体もできる。

そして今のジュルカでは、食べ物なら何でも高く売れる。

だったら獲って売ればいい。

翌朝。

俺は久しぶりに弓を持ってジュルカの外へ出た。

もちろんラディは連れていかなかった。

「兄ちゃん、僕も行く」

「駄目だ」

「でも一人で待ってるの嫌だよ」

「野営地には兵士もいる。森よりずっと安全だ」

「……でも」

「昼過ぎには帰ってくる」

ラディは不満そうだった。

それでも最後には頷いた。

「絶対帰ってきてね」

「ああ」

俺はそう約束して、ジュルカ郊外の森へ向かった。

久しぶりの狩りだった。

森へ入ると、自然と身体が昔の感覚を思い出した。

風下を歩く。

枝を踏まない。

鳥の声を聞く。

地面を見る。

新しい糞。

折れた小枝。

土についた小さな足跡。

兎だ。

俺はゆっくりと跡を追った。

やがて茂みの向こうに、灰色の身体が見えた。

矢をつがえる。

弓を引く。

狙いを定める。

放つ。

矢は兎の身体を貫いた。

「……よし」

久しぶりだった。

嬉しいというより、ほっとした。

これで今日の食費になる。

その日は兎を二羽と山鳥を一羽仕留めた。

村にいた頃なら、大した獲物ではない。

だが今の俺には十分だった。

ジュルカへ戻り、市場の裏手にある肉屋へ持っていった。

「これ、買ってもらえませんか?」

店主は俺の持ってきた獲物を見た。

「お前が獲ったのか?」

「はい」

店主は兎を手に取り、傷を見る。

「弓か」

「はい」

「こっちも?」

「全部です」

店主は少し意外そうに俺を見た。

「……まあ、物は悪くないな」

その日は買ってくれた。

大した金にはならなかった。

それでも、その金で黒パンと豆を買うことができた。

野営地へ戻ると、ラディが俺を見つけて走ってきた。

「兄ちゃん!」

「ただいま」

「獲れた?」

「ああ」

俺は買ってきた黒パンを見せた。

「今日はちゃんと食えるぞ」

ラディが笑った。

その顔を見てこれなら何とかなるかもしれないと思った。

それから俺は、何度も森へ入った。

兎。

山鳥。

運がよければ鹿。

獲物を仕留めてはジュルカへ持ち帰り、同じ店へ売った。

だが、生活が楽になったわけではない。

矢は使えば減る。

弦も傷む。

食料は相変わらず高い。

獲物が何も見つからない日もある。

雨が降れば森へ入ることさえ難しい。

何より、ジュルカ周辺の森には俺以外にも狩人がいる。

避難民の中にも狩りのできる者はいた。

皆、食うために必死だった。

一日歩き回って兎一羽。

そんな日も珍しくなかった。

食える。

だが、それだけだ。

その日の食べ物を買えば、稼ぎの大半が消える。

少し金が増えたと思えば、次の日には獲物が見つからず、また減っていく。

文字通りの、その日暮らしだった。

しかも、もっと大きな問題があった。

俺がやっていることは、本来なら許されていなかった。

ジュルカ周辺の森で狩りをする権利は、狩猟ギルドが握っている。

獣は誰でも勝手に獲っていいものではない。

狩猟ギルドへ所属するか、許可を得た者だけが狩猟を認められている。

つまり、俺がやっていることは密猟だった。

最初は知らなかった。

だが、何度目かに獲物を持ち込んだ時、肉屋の主人から教えられた。

「お前、狩猟ギルドには入ってないんだよな?」

「……はい」

「やっぱりか」

店主はため息をついた。

「だったら、本当はこいつを買うのもまずいんだぞ」

俺は黙った。

「知らなかったのか?」

「……はい」

「この辺りの狩猟権はギルドが持ってる。勝手に兎や鹿を獲れば密猟だ」

「じゃあ……」

もう売れないのか。

そう思った。

だが店主は周囲を一度確認すると、小さな声で続けた。

「今は食い物が足りねえからな」

そして兎を受け取った。

「俺も見なかったことにしてる」

「いいんですか?」

「よくはねえよ」

店主は苦笑した。

「ギルドに知られたら俺まで怒られる」

それでも買ってくれた。

食料不足が俺を助けていた。

肉なら買う者がいるから黙認されている。

それだけだった。

だが、いつまでも続けられることではない。

ある日。

俺は少し大きな鹿を仕留めた。

一人で運ぶにはかなり苦労したが、解体して持ち帰れるだけの肉と皮を背負い、いつもの店へ持ち込んだ。

店主が目を丸くした。

「これ、お前一人で獲ったのか?」

「はい」

「鹿を?」

「はい」

「……どこを射った」

「最初の矢が胸に当たって、それから首です」

店主は鹿肉を見る。

次に皮を見る。

そして俺の弓を見た。

「お前、十二だったよな?」

「はい」

「村じゃ猟師だったのか?」

「いえ。村長の息子です」

「村長の息子?」

「村の狩人たちに教えてもらってました」

店主はしばらく黙っていた。

それから言った。

「もったいねえな」

「何がです?」

「その腕だよ」

店主は鹿肉を量りながら続けた。

「こんなところで兎だの山鳥だの獲って、小銭に換えてるのがだ」

「でも仕事がないんです」

「ジュルカにはな」

その言い方が気になった。

「他ならあるんですか?」

店主の手が止まる。

「ああ」

「どこです?」

店主は少し考えたあと、言った。

「ヒョルン」

聞いたことのない名前だった。

「ヒョルン?」

「ここから北だ」

「町ですか?」

「前線都市だよ」

前線と聞いて、一瞬だけ身構えた。

そんな俺の表情を見て、店主は何を考えたのか察したらしい。

「ああ、勘違いするな。ドワーフはいねえよ」

「いないんですか?」

「あいつらが暴れてるのは別の方角だ。少なくともヒョルンの辺りにドワーフが出たって話は聞いてねえ」

それを聞いて、少しだけ肩の力が抜けた。

「じゃあ、前線っていうのは?」

「魔物だよ」

店主は短く答えた。

「魔物?」

「ああ。ヒョルンは魔境に近い」

店主は鹿肉を切り分けながら続けた。

「北へ行けば行くほど人の住める土地が減って、森や山が深くなる。そこから魔物が出てくるんだ。ゴブリンみたいな雑魚から、コボルト、オーガ、それより厄介なのまでな」

「そんな場所に町があるんですか?」

「あるから前線都市なんだよ」

店主は笑った。

「魔物を食い止めるための町だ。城壁もあるし、兵士も多い。周辺には砦もいくつかある。ヒュルマン辺境伯領が辺境伯領なんて呼ばれてる理由の一つだな」

なるほど。

俺は少し納得した。

辺境伯。

前世の知識でも、国境や危険な辺境を守るために置かれる有力な貴族だったはずだ。

この世界でも似たようなものなのかもしれない。

「でも、そんな危ないところに行ったら余計に仕事がないんじゃ?」

「逆だ」

店主は即答した。

「危ないから仕事がある」

「……どういうことです?」

「魔物が出る。だから討伐する奴がいる。砦へ物資を運ぶ。だから護衛がいる。兵士が何百、何千といる。だから食料がいる。薬草もいる。矢もいる。馬の世話をする奴もいる。死んだ魔物を解体する奴までいる」

そこで店主は俺の弓を指差した。

「ヒョルンじゃ実力がある奴は重宝される」

俺は背負っている弓へ目をやった。

「魔物を狩るんですか?」

「金が欲しけりゃな」

店主は事もなげに言った。

「ヒョルンじゃ魔物を殺して金を稼いでる連中なんて珍しくねえ」

その言葉に、俺は少し黙った。

魔物。

村の近くの森にもいた。

だから、まったく知らない相手ではない。

だが村の狩人たちからは、見つけてもできるだけ近づくなと教えられてきた。

獣と違って、魔物は人間を襲う。

種類によっては武器を使うものまでいる。

わざわざ探して戦うような相手ではなかった。

「腕のいい猟師なら、こっちより稼げる」

俺は考えた。

ここでは仕事がない。

狩りをすれば食ってはいける。

だが、それも密猟だ。

いつ狩猟ギルドに見つかるか分からない。

そのうえ物価が高く、ほとんど金は残らない。

今日を生き延びることはできても、明日が少しも楽にならない。

それなら。

「ヒョルンなら……俺でも食っていけますか?」

俺が尋ねると、店主はしばらく俺を見た。

「さあな」

「……」

「そこまでは保証できねえよ」

当然だった。

店主は俺の親でもなければ、俺の人生に責任を持つ理由もない。

だが。

「ただ」

店主は俺が持ち込んだ鹿肉を持ち上げた。

「十二のガキが一人でこいつを仕留めて、解体して、ここまで背負ってこられるんだ」

どさりと肉を台へ置く。

「その腕があって食えないなら、他の連中はとっくに飢え死にしてるだろうよ」

「……」

「少なくとも、ここでこそこそ密猟を続けるよりはましだと思うぜ」

俺はしばらく黙っていた。

ヒョルン。

魔物との戦いの最前線。

安全な場所ではない。

むしろジュルカより遥かに危険だろう。

だが、危険だからこそ仕事がある。

危険だからこそ、弓を使える人間に価値がある。

俺には守らなければならないものがある。

ラディだ。

だから危険なことはしたくない。

けれど、ラディを食わせるには金がいる。

そして今の俺には、その金を稼ぐ方法がほとんどない。

俺は腰に下げた革袋へ手を当てた。

随分軽くなった。

このままジュルカにいても、いずれ中身は空になる。

「……ヒョルンか」

小さく呟いた。

逃げるためではない。

今度は、生きていくために向かう場所だった。

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