STAGE8:アセンブリの拒絶と、10進数のビルド
「……がはっ、データの密度が……薄くなっていく……!」
足元から崩壊していくバグの海。嵐水のドット絵の身体は、形を維持できずに四肢の端からボロボロとノイズへと変わりかけていた。
このまま記憶空間から完全に消し去られれば、現実の脳死を意味する。
「おのれ、メチャクチャなプログラムの自動作成機能め……! 世界の読み込みがバグってフリーズしたなら、俺の知る物理法則で……システムを直接、書き換えてやる!」
嵐水は沈みゆく右腕を虚空へ突き出した。バグの波間から、彼は文字通りの『周辺機器』を強引に引きずり上げる。
現れたのは、白と赤のプラスチックのボディ――『ファミリィコボル』のキーボード。
そして、その横にガシャリと鈍い作動音を響かせて接続された、くすんだ赤色の四角いドライブ――『ふろっぴぃシステム』だった。
「たった112キロバイトの絶望的な記憶容量……! だが、パンチカードやカセットテープの頼りない記録スピードとは違う。この黄色い磁気ディスクの読み書き速度なら、崩壊しかけた世界に直接、新しい物質のデータを『構築』できる!」
嵐水は、境界線の消えかけた指先を、カチカチと狂ったスピードでキーボードへと叩きつけた。
画面などない。目の前の空間そのものに、緑色の蛍光色で 『READY』 の文字が浮かび上がる。
「流体力学、古典力学、熱力学。俺の脳内にあるすべての計算モデルを、この基本言語の限られたコマンドに翻訳するッ!」
嵐水の指先は、すでに自身の血とノイズで真っ赤に染まっていた。
ファミリィコボルのキーボードは、おもちゃのような外見に反して、今の彼にとっては世界を繋ぎ止める唯一の命綱だ。
バグの海から這い出てくるエラーの触手が、嵐水の足首に絡みつく。
「思考を止めるな! 10進数の限られた数字と文字だけで、この世界の不条理をねじ伏せる計算式を導き出せ!」
ガガガッ、ガガガガッ……!
ふろっぴぃシステムが悲鳴のような駆動音を立て、黄色い磁気ディスクへと猛烈な勢いでデータを書き込み始める。
わずか112キロバイト。現代の基準から見れば、写真一枚すら保存できない消しゴムのカスほどの領域。
しかし、極限まで無駄を削ぎ落とした嵐水のプログラムは、その狭い空間の中で恐るべき密度へと圧縮されていった。
「エラーを検知……だと!? 冗談言うな、システムに拒絶されてたまるか! 機械の都合に合わせるんじゃない、俺の数式に世界を合わせろ!」
空間に浮かぶ『READY』の文字が、激しく明滅する。
「今まで研究してきた流体力学、そして今まで突破してきた無理ゲーのアルゴリズム、これらを全て無駄のないコーディングとして組み立てる…!」
ノイズの波が嵐水の胸元まで迫り、意識が消えかけようとしたその瞬間、彼は渾身の力で最後のキーを叩きつけた。
「上がれぇぇぇ! 実行ッ!!」
カタカタカタカタ――――ッタァン!
カチリ、と世界が一瞬だけ完全に静止した。
直後、ふろっぴぃシステムから一条のまばゆい光が放たれ、バグの海を真っ二つに割った。
嵐水が打ち込んだ流体力学の計算式が、崩壊しつつあった空間の『密度』を強引に再定義していく。
ゴバァッ!!!
嵐水の足元に、バグの海を拒絶するようにして激しい上昇気流が吹き荒れた。
それだけではない。プログラムによって実体化された、ドット絵の2つの風船が彼の背後にビルドされ、上昇気流に押し上げられて浮上を始める。
「浮いた……! これで、戻れるか!?」
バルーン・フライトのステージで感じた浮遊感を思い出す。あれも今となってははるか昔の話に感じるから不思議なものだ。
エラーの触手を振り払い、嵐水の身体はドットの破片を散らしながら、バグの奈落から天空へと向かって急上昇を開始した。
見下ろせば、彼を呑み込もうとしていたクソコードの海が、はるか下方で激しく渦を巻いている。
「ハハハ……やった、やったぞ! たった112キロバイトでも、正しく組めば世界だって動かせる!」
上昇の負荷に耐えかねて、ファミリィコボルのキーボードがパチパチと火花を散らし、ふろっぴぃシステムが煙を吹き上げる。
だが、嵐水の身体はすでにバグの層を突き抜け、正常なプログラムが待つ『上の階層』へと到達しつつあった。
視界が真っ白な光に包まれる。
限界を迎えたレトロハードが粉々に砕け散る音と同時に、嵐水は確信した。
機械の理屈に拒絶されようとも、人間の知恵は決して敗北しない。
嵐水は激しい光の中に意識を委ねながら、次なる戦いの舞台へと、力強く突き抜けていった。
限界突破の112キロバイト。ハードの仕様を焼き切る流体力学ビルド。
バグの深淵から天空へと突き抜ける、執念のプログラミングハック――
奇跡のカーニバル、開幕だ。




