STAGE7:怪奇現象のデータ化と、毛針の物理法則
気付けば、嵐水はゲタと縞模様のちゃんちゃんこを身につけたドット絵の身体に変えられていた。頭には、自分の意志とは無関係にまばたきをする『巨大な目玉のNPC』が乗っている。
「質量保存も熱力学も無視したクソ物理の次は、怪奇現象のデータ化か。だが、この世界がシステムである以上、すべての怪異には確実な『判定のフラグ』が設定されているはずだ!」
紫色の不気味なブロックで構成された『怪奇の塔』の内部。
上の階層から『殺意に満ちた妖怪(NPC)』が、トコトコと走ってくる。
毛太郎といえばあの技だ。しかし、いざ出せと言われてもこのカクカクの世界では、ままならないものだ。
このまま妖怪に接触されれば、怪奇現象がそのまま物理的な死へと繋がる。
避けるスペースはない。嵐水は本能的に自身の前髪のドットに意識を集中させた。
「武器の仕様は……これかッ!」
頭に力を込めた瞬間、前髪のグラフィックがカチカチと静止し、前方に向けて無数の茶色い直線が射出された。
――必殺・針毛。
シュシュシュシュシュッ!と放たれた針毛の束。しかし、その弾道の異様さに嵐水は目を剥いた。
「……はぁ!? 弾道計算が直線のみだと!?」
空気抵抗による減速も、重力による放物線軌道もない。針毛は空気の壁を完全に無視し、無限の推進力を得たかのように画面の端まで完全な平行を保って直進していった。
「質量と空気抵抗の概念をどこへやった! これではただの『直線の当たり判定の瞬間移動』だ! だが……だからこそ使える!」
直進しかしないレーザーのような針毛。この絶対的な直進性を利用すれば、接近される前に敵の出現位置を予測して、先置きの判定で処理することが可能だ。
嵐水が妖怪どもを次々と消滅させていくと、頭の上の目玉がパカパカと文字のフキダシを出した。
「オイ、毛太郎! 上カラ、ボスノ『パックンベアード』ガ ヤッテくるぞ!』」
「何……?」
見上げれば、上空の闇から、不気味なトゲに囲まれた『巨大な単眼の怪物(NPC)』――パックンベアードが姿を現した。
だが、その挙動の異様さに嵐水は眉をひそめる。
「……動かない、だと?」
ボスキャラのくせに、位置座標を変える気配が全くない。画面上部にドッシリと居座ったまま、こちらを嘲笑うように不気味な弾をバラ撒いてくるだけだ。
動かない標的など、直線の当たり判定しか持たないこの針毛の格好の餌食。嵐水は即座に上を向き、前髪のドットを射出した。
シュシュシュシュシュッ!と放たれた絶対直進のレーザー群。それは正確にパックンベアードの巨大な単眼へと突き刺さる――はずだった。
パチッ。
「なっ……ダメージのフラグが、通らない……!?」
ボスの巨体に吸い込まれたはずの針毛は、何の効果もなさずに虚空へと消えた。見れば、パックンベアードの巨大な目が、規則正しい周期で『瞬き』をしている。
「まさか……『目を閉じている間は、全ての攻撃判定を無効化にする』という、クソコードか……! どれだけ物理的な破壊力があろうと、システムがダメージを『0』と処理している以上、無駄だということか!」
質量も空気抵抗も無視したレーザー針毛が、たかが数ドットの『まぶたのグラフィック』に完全にシャットアウトされている。
だが、嵐水の目は諦めていなかった。ボスの攻撃周期と、その目の開閉を凝視する。
「どんな無敵仕様にも、必ずゲームとしての『解法』が仕込まれているはず。……そこだ!」
パカッ、とパックンベアードが大きく目を見開いた。弾を撃ち出すその瞬間だけ、無敵のフラグが解除される。
「目を開いた一瞬だけが、当たり判定の通る『特異点』! 敵の弾幕をドット単位で引き付け、相打ち覚悟で全火力を叩き込む!」
嵐水は木製ゲタのドットを床に固定し、あえて微動だにせずその場に佇んだ。迫り来るボスの弾幕が、嵐水の頭上数ドットにまで迫る。
「瞬きの周期から逆算して……無敵が解除されるフレームは、今ここだッ!」
パックンベアードがカチッと目を見開いた刹那、嵐水は弾幕のわずかな隙間に身体を滑り込ませ、真上を向いて頭部に全ての運動エネルギーを集中させた。
「仕様をバグらせろ! 『置き針』の全弾一斉射出ッ!」
シュシュシュシュシュシュシュッ!!!
至近距離から放たれた無数の平行レーザーが、開いたばかりのパックンベアードの単眼に容赦なく突き刺さる。
空気抵抗ゼロの直線弾道が、今度は弾かれることなくボスの巨体を内側から消去していく。
ピピピピ……ドガァァァン!
禍々しい電子の爆発音とともにボスが霧散し、クリアファンファーレが鳴り響いた。
やはり嵐水の意思を無視してゲタを履いた足が勝手に万歳ダンスを踊り始める。
「くっ……これで、このステージも終わりか……!」
ピーーーーー。
お約束の耳鳴りのようなノイズとともに、怪奇の世界がバラバラに解体されていく。
嵐水は次のステージの構築を覚悟し、身構えた。しかし、虚空に表示されたシステムメッセージは、予想外のエラーコードを吐き出し始める。
『ERROR: CRITICAL_BUG_DETECTED』
『SYSTEM_DOWN... STAGE_RELOADING_FAILED』
「ロードの失敗……? データの整合性が崩壊したか!?」
ガガガガガ、と世界が激しく明滅する。次に嵐水の足元に現れたのは、これまでの整然としたブロックではなかった。
それは、砂漠の砂嵐のようにザラザラと崩れ落ちる、実体のない『壊れたコードの残骸』だった。
「……しまっ、世界の基盤そのものが物理限界を迎えている。次の世界へ転送される前に、俺の存在そのものが、この空間ごとデータの藻屑にされるぞ……!」
底なしのバグの奈落へ向かって、嵐水のドット絵の身体がゆっくりと沈み込み始めた。
砂嵐のように崩壊するシステム。データの奈落へと沈みゆくドットの身体。
世界のバグすらも数式でねじ伏せる、命懸けの禁忌コードハック――
奇跡のカーニバル、開幕だ。




