STAGE2:狂気の衝撃波と、悪夢のローテーション
「タカタカタカ……!」
階段を昇り降りするような風情もなく、ただ垂直に移動してきたピンク色の巨大な猫――このクソコード世界の殺意の塊(NPC)が、白い梁を真っ直ぐこちらへ突進してくる。
解像度は低いくせに、その突進速度は人間の全力疾走に近い。
「慣性を無視していきなりトップスピードに達するとは、どんな運動量保存則だ……!」
必死に殺意の塊から逃れようとするが、身体が1マス単位でしか動かない。
「クソッ、アナログな微調整が利かん……! ならば仕様に従うまでだ!」
迫り来る巨猫を目前に、嵐水は目の前の『ピンク色のドア』へ右手のドットを叩きつけた。
正確には、ドアのノブがあるはずの座標に接触させた。
バァン!
2コマのアニメーションでパカッと開閉したドアから、波打つような青い縦波が放たれる。ドアの衝撃波だ。
「なっ……!?」
嵐水の専門領域である流体力学の視点からすれば、それはおぞましい不条理だった。
ドアを勢いよく開けたことで発生する空気の粗密波――にしては、異常なまでに指向性が高い。まるでレーザーのようにエネルギーが減衰せず、廊下を直進していく。
「質量を持たないはずの視覚エフェクトが、なぜこれほどの運動エネルギーを……!」
直撃したピンクの巨猫が、無様に彼方へ吹き飛んでいく。
だが、安心している暇はなかった。
吹き飛んだ敵は消滅したわけではない。
この世界のメインループが生きている限り、数秒後には気絶から回復し、再び嵐水の座標を再計算して襲いかかってくるのだ。
「のんびり解析している余裕はないな。この階層にある『盗品』をすべて回収するのが、このゲームの終了フラグのはずだ」
見渡せば、上の階層にカクカクしたドットで描かれた『テレビ』や『マイコン』が浮いている。
重力に逆らって空中に静止する電子機器。突っ込みたい気持ちを抑え、嵐水は再び白い床の隙間から、下のトランポリンへと身を投げた。
「弾性係数は、さっきの移動でリセットされているはず……!」
ポィン
予想通り、トランポリンは再び緑色に戻っていた。
1回、2回と跳ねながら、上の階層へと飛び移る。空中での軌道修正は、ドットを強く意識することで可能だった。
『テレビ』の座標に接触すると、ピロリロリンと小気味いい電子音が鳴り、オブジェクトが虚空へ消えた。
同時に、嵐水の脳裏に直接『100点』というスコアが書き込まれる。
「物質を電子データとして直接脳に格納しているのか?質量がゼロになったぞ……。いや、深く考えるな。これは数日前の『バグ対応』の心労が見せている、ただのタチの悪い夢だ……。ゲームをクリアすれば、必ず目が覚める!」
嵐水は思考を完全に『攻略モード』へ切り替えた。
迫り来る子猫と赤いドラネコどもの包囲網を、ドアの開閉による流体力学無視の衝撃波で蹴散らし、トランポリンの『4回連続使用による耐久値減算』の周期を完璧に管理する。
「ラストは、あの最上階の『マイコン』だな!」
ピロリロリン!
すべてのターゲットを回収した瞬間。
世界が静止した。
ファンファーレのような電子音が鳴り響き、嵐水の意思とは無関係に、彼のドット絵の身体が『万歳三唱』のポーズで激しく上下にステップを踏み始める。
「……ッ!? おい、身体の制御権を返せ!なぜ勝手に踊って……」
強制的な勝利ポーズ。これぞ、プレイヤーの自由を奪う、仕様の暴力。
だが、これでようやく目が覚める――そう確信した瞬間、視界が激しく点滅した。
しかし、萬屋の事務所は現れなかった。
画面が一瞬だけ暗転し、不穏な『ピー』という電子音と共に、景色が高速で書き換わっていく。
――床の白い梁が、消えた。
――ピンク色のドアが、消えた。
代わりに現れたのは、一面の『漆黒の闇』。
そして、嵐水の足元に構築されたのは、レンガのように積み上げられた、カクカクとした『茶色い土のブロック』だった。
「な……ステージが変わった、だと……!?」
自分のドット絵の姿を見る。警官の制服らしき青いグラフィックが消え、いつの間にか『赤いシャツ』と『青いオーバーオール』、そして頭には『ヘルメット』を被った、より一層解像度の低い、ずんぐりむっくりした男の姿に変わっていた。
そして、右手のドットには金属製の『レーザーガン』のようなオブジェクトが持たされている。
上空を見上げると、どこかで見覚えのある『不気味な緑色のセーラー服を着たロボット(NPC)』が、梯子を恐ろしい速度で降りてくるのが見えた。
「おい待て、このグラフィックは……『道路ランナー』か!? 冗談だろう、あのアクションパズルは、一度ルートを間違えただけで詰む、あの時代最凶の……!」
タカタカタカ、と不穏な足音が静寂の闇に響き渡る。
頭上から迫る、殺意のグリーンセーラーロボ。
一歩間違えれば即・生き埋め。不条理パズルハックの第2ラウンド――
奇跡のカーニバル、開幕だ。




