STAGE1:無情なる弾性係数と、即死のトラップ
この作品は、前作『幼馴染のバグが重大すぎる件 ―世界崩壊のデバッグは、よろず屋の仕事じゃない―』のスピンオフ的な物ですが、前作を読まなくても入っていける内容となっています。
主人公『風見嵐水』の8ビット世界での逃避行、お楽しみください。
「まずいぞ!このままでは次の着地で、この世界の即死フラグが成立してしまう――!」
ポィン、と情けない電子音と共に、身体が猛烈な勢いで跳ね上がっていた。これで3度目の跳躍だ。
視界は極彩色を拒絶した3色の原色。そして自分の両手を見つめてみれば、指の境界線すら省略された、カクカクとした立方体の塊――荒いドット。
空中へ突き上げられる強烈な慣性の中で、俺の理系脳は、この異常事態に至る直前の記憶を高速で思い出していた。
――俺、風見嵐水は、実家の萬屋のデスクで、親父が遺した自動給水システムのスパゲティコードをデバッグしていたはずだった。
つい数日前にも、身の回りで起きた文字通りのバグのような異常現象を理系的なアプローチで解決したばかりだった。
平和な日常に戻った安心感と、連日のコード解析による脳の疲労が限界を迎え、一瞬、意識を飛ばした記憶はある。
だが、目が覚めたそこは、見慣れた事務所ではなかった。
驚愕して声を上げようとしたが、口が上下に2マス分しか開かない。おまけに、呼吸をするたびに脳内で『ピコピコピコ……』と電子音が響く。
床は、等間隔に配置された無機質な白色の直線。それが何層にも重なり、建物のような構造を作っている。
この挙動、そしてこの世界観。俺は知っている⋯。
昭和の時代にゲームセンターや家庭用ゲーム機で一世を風靡した、あの『ネズミ型警察官』のアクションゲーム――『マッポー』だ。
「俺は転生など信じない。だが、これではまるで――」
※セリフや思考は全て電子音で再生されていますが、読者の皆様にはリアルタイム翻訳機能でお届けしております
自由落下運動からの、この反発係数……おかしい、力学的エネルギーの保存則を完全に無視して、落下前よりも最高到達点が高くなっている!
そして今、俺の足元に設置された巨大なトランポリンは、限界を示す赤色《即死フラグ》へと変色していた。
「マズい……! この世界の描画エンジンは、連続する弾性運動に対して、4回目で床の衝突判定を消失させるコードが組まれている! 次を踏めば、マットを突き抜けて……!?」
すなわち、即死。落下地点の底には、何もない暗黒空間が広がっている。
「仕様を書いた奴の顔が見たい……! 着地する寸前に、横方向の速度ベクトルを強制加算するッ!!」
赤く点滅するトランポリンへ、4回目の落下が始まる⋯!
嵐水は、全身のドットをきしませながら、カクカクとした動きで空中を右へと蹴った。
「うおおおぉ!間に合えェッ!!」
――ポテッ
絶叫とは対照的な情けない電子音をたて、ギリギリで白い床のフチへと指が引っかかる。カクカクの動きでドン臭く這い上がった嵐水の目の前には、パカパカと2コマのアニメーションで開閉するであろう『ピンク色のドア』が鎮座していた。
物理的な死の恐怖からやっと逃れたその時である。上の階層から『タカタカタカ』と、雑な足音が近づいてきたのだ。
見上げれば、ピンク色の大きな猫のドット絵(NPC)が、あからさまに殺意に満ちた直線軌道でこちらへ向かって走ってきていた。
「おい待て、話せばわかる……ッ! いや無駄か!アイツの視線は完全に俺をロックオンしている……!」
迫り来るピンクの殺意。猶予はあと数秒――このバグまみれのクソ仕様、どうハックする!?
奇跡のカーニバル、開幕だ。




