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第5話 畑を耕す男

家康の、言ったとおりだ。俺は今、どこかの田舎にいる。名も知らぬ、小さな村。山に囲まれた、静かな田んぼのただ中だ。


俺は鍬(くわ)を握って、朝から畑を耕している。鍬を振り上げ、土に打ち込む。掘り返した黒い土から、甘い匂いが立つ。


額の汗を、拭う。


不思議なものだ。


あれほど狂ったように鍛えていた、この体も。戦がなくなり、怯える必要もなくなってみれば、筋肉なんてすっかり落ちてしまった。サトイモを齧ってまで守っていた、あの岩のような体は、今はどこにでもいる、痩せた百姓のそれだ。


髷も、ない。ぼさぼさのざんばら髪を、手拭いで適当にまとめている。


誰も、俺を振り返らない。


誰も、俺を怖がらない。


村の者は、俺をただのよそ者の百姓だと思っている。


「おう、信さん。精が出るな」


通りすがりの年寄りが、声をかけてくる。


「ああ」と、俺は答える。


それだけだ。それだけでいい。


背後を気にしなくていい。腰の袋にサトイモを忍ばせなくていい。夜中に目を覚まして、槍を握らなくていい。


朝、目を覚まして。


飯を食って。


土を耕して。


また、飯を食って。


日が暮れたら。


眠る。


――いつか田の畦(あぜ)で、俺が羨んでながめていた、あの暮らしが。


ここに、ある。


歴史には、こう刻まれたらしい。


織田信長。第六天魔王。


うつけと呼ばれた男。比叡山を焼き、敵を薙ぎ倒し、天下を目前にして、炎の中で滅んだ魔王。


それで、いい。


俺はもう、歴史の外にいる。


教科書に書かれた、あの恐ろしい男は、確かにあの炎の中で死んだのだ。だが、本当の俺は、ここにいる。


ただ、土を耕す。


ただ、生きて笑って眠る。


そういう、ただの男として。


鍬を置いて、俺は畑の隅にしゃがみこんだ。そして、黒い土に、そっと手を当てた。


――忘れていない。


蘭丸。


「お逃げください」と笑って、俺を守って死んでいった、お前のことを。


俺は、一日たりとも忘れていない。


俺がこうして、土の匂いを嗅いで。飯を食って。眠れる毎日は。


お前の命の上に、ある。


それから――名も知らぬ、たくさんの者の。俺がこの手で奪ってしまった、たくさんの命の。その、すべての上に、ある。


俺は、その罪を抱えたまま、それでも生きていく。


土に、手を合わせる。


風が、稲の葉をさらさらと鳴らして過ぎていく。


そのとき。


畦の向こうから、誰かが俺を呼んだ。


「歴史に俺は魔王と書かれた。だが本当の俺は、ここにいる」――静かな述懐と、救えなかった者への祈りに胸を打たれたら、【泣ける】か【にこにこ】を! ★を、たどり着いた平穏への拍手として。

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