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第4話 泰平を、継ぐ者

羽柴秀吉は、約束を守った。


明智を討ち、柴田を破り、やがて関白(かんぱく)にまで上りつめて、秀吉はついに天下を統一した。戦乱の世を、ひとまずまとめあげたのだ。


あの猿が。


あのハゲネズミが。


「あとは、儂が」と、灰に向かって誓ったとおりに、天下を奪ってみせた。


だが、秀吉の世も、永くは続かなかった。


そして、その後を天下を継いだのは――徳川家康。


俺の、もう一人の相棒だった。


ここからしばらく、語り手をあいつにゆずろうと思う。なぜなら、その先のことをいちばんよく知っているのは、俺ではなく、天下を継いだあいつ、だから。


***


――信長さん。


家康は、江戸城(えどじょう)の天守(てんしゅ)を見上げていた。


長い、長い戦の世が、終わった。


関ヶ原(せきがはら)を経て、大坂(おおさか)の陣を経て、ようやくこの国から、戦というものが消えた。


俺は、江戸に幕府(ばくふ)を開いた。


人質の子供だった頃、俺はいつも震えていた。明日、殺されるかもしれない。誰も信じられない。怖くて、夜も眠れなかった。


そんな俺に、一人の奇妙な少年が声をかけてくれた。


「お前も――死ぬの、怖いか?」


ぎょっとした。だって相手は、織田の跡取りだ。なのにその目は、俺と同じ色をしていた。


おびえた、子供の目だった。


「筋肉は、裏切らない」と、あの人は言った。


「怖いなら、せめて、強くなろう。生きのびるために」


二人で、馬鹿みたいに体を鍛えた。並んで震えて。並んで汗をかいて。あれが俺の、生涯でたった一人の、対等の友だった。


天下を二分する、と世間は言った。狸(たぬき)と魔王だ、と。


馬鹿を言え。


俺たちは、ただの筋トレ仲間のビビリ二人だ。


家康は、天守の欄干に手をかけた。


――信長さん。


見ていてくれましたか。


あなたが、あんなにも怖がりながら。命がけのハッタリで。震える手で守ろうとした、この国を。


俺は、今度こそ。


誰も怯えなくていい。夜中に槍を握らなくていい。腹を壊した日も、安心して眠れる。


そういう世に、しましたよ。


二百六十年。


戦のない世が、続くことになる。


人々は後の世まで、こう語るだろう。


鳴かぬなら殺してしまえ、と詠んだのが、信長。


鳴かせてみせよう、と詠んだのが、秀吉。


そして――鳴くまで待とう、と詠んだのが、家康だ、と。


家康は、すこし笑った。


違うよ。


あの人は、殺(・)し(・)て(・)なんかいない。


本当は、鳴かせたくもなかった。


ただ、怖くて。


誰も傷つけたくなくて。


ずっと、ずっと、ないていた、だけの。


世界でいちばん優しくて。


世界でいちばん臆病な、男だったんだ。


家康は、空を見上げた。そして、思った。


あの人は今ごろ、きっとどこかの田舎で、何にも怯えずに笑っているだろう、と。


「誰も怯えなくていい、平和な世にしましたよ」――同じ恐怖を分かち合った親友のしみじみした語りに涙したら、どうか【泣ける】を。★は、二百六十年の泰平への祝福がわりに。

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