第4話 二条城の段取り
京に、入った。
俺は本能寺へ、嫡子の信忠は近くの二条城へ入った。
***
その夜。
俺はひそかに、信忠を呼んだ。
第十一の、安土の夜。俺はこの息子に、「降りたいのは儂も同じだ」と漏らした。そして約束した。「近いうちに、お前にも儂の本当の肚を話す」と。
その約束を、今夜、果たすときが来た。
俺は信忠に、すべてを打ち明けた。魔王でもなんでもない、ただの臆病者であること。桶狭間も比叡山も、恐怖でわけが分からなくなった果ての、覚えていない出来事だったこと。光秀と組んで、近いうちに自分は「死んだことに」して消えること。
この子は、幼い頃から、俺を遠くから見て育った。近づけば、震えているのがばれてしまう。だから俺は、実の息子にすら、魔王の面をかぶって接してきた。そのぶん、この子は父を、恐ろしい天下人だと思い込んで大きくなった。
その思い込みを、いま、俺は一つずつ、剥がしていった。
信忠は目を見開いて、長いあいだ、言葉を失っていた。
「父上は……本気で、天下を捨てるおつもりなのですか」
「ああ」
「あれほどのものを。すべて……」
「お前は、どうだ、信忠」
俺は息子の目を見て訊いた。
「中継ぎの天下を継いで、一生怯えながら生きていきたいか。それとも――」
信忠の唇が、かすかに震えた。
「……継ぎたく、ありませぬ」
絞り出すような、声だった。
「夜ごと、夢に見るのです。家臣に裏切られ、敵に囲まれ、父上のように強くもなれぬまま、潰されていく自分を。……怖くて、たまらぬのです」
俺の胸が、ぎゅっと締めつけられた。
この子も、俺と同じ夢を見ていたのか。強い父の背中を追いかけて、追いつけずに苦しんでいたのか。その父が、実はいちばんの怖がりだったなどとは、知りもせずに。
すまなかった、と思った。これまで、この子を、たった一人で怯えさせてきたことを。
「なら」
俺は、静かに言った。
「お前も、一緒に降りろ」
信忠が、はっと顔を上げた。
「明智が本能寺を囲む、その夜。お前は二条城で戦って。そして――討死したことにしろ」
「討死した、ことに……」
「儂は本能寺で、お前は二条城で。同じ夜に、親子そろって死んだことになる」
俺は初めて、息子に笑いかけた。
「そうして二人とも、こっそり生き延びるのだ」
信忠の目から、ぼろぼろと涙がこぼれた。
それは、恐れの涙ではなかった。
長いあいだ、父を遠い魔王だと思い込んでいたこの子が。
その父が、実は自分と同じ、ただの怖がりだったと知って。
ようやく、本当の父に出会えた涙だった。
俺も、目の奥が熱くなった。この子とこんなふうに、涙を見せ合える日が来るとは、思ってもみなかった。
「……はい、父上。お供、いたします」
父と子は、同じ夜に、同じように死んだことになる。
そして、同じように生き延びる。
父と子が、初めて本音で手を取る――半ば誤解し合っていた親子の和解にじんときたら、【にこにこ】か【泣ける】を! 二段構えの行方を、ブックマークで見届けてください。




