第1話 天にいちばん近い城
俺は、近江の湖のほとりに、天にいちばん近い城を建てた。
安土城。
七層にそびえ立つその天主は、見上げる者の首が痛くなるほど、高かった。
石垣は幾重にも積み上げられ、瓦は日を受けて銀色に光り、いちばん上の層は、金と朱で塗り上げられている。近江の民は、湖の向こうからその姿を見上げては、あれは人の建てた城なのか、と口をあんぐり開けたという。
世は、これをこう見た。
「魔王、ついに天をも睨む」
「あの城は、信長の威光そのものだ。あれほどの城を築ける者が、ほかにいるか。天下はもう、あの男の手の中だ」
天下人の絶頂を形にした城。誰もが、そう讃えた。
だが、俺の本音は、いつものように、まるで違っていた。
あれは、城じゃない。
俺の、いちばん高い隠れ場所だ。
考えてみてほしい。なぜ、あんなに高くするのか。下から登ってくる刺客を、一人でも、一歩でも早く見つけたいからだ。高いところに登れば、誰かが刀を抜いて近づいてくるのが、遠くから見える。それだけで、心臓の跳ね方が、少しだけ、ましになる。
なぜ、あんなに深く堀を掘るのか。誰も、たやすくは近づけないようにだ。なぜ、石段をあそこまで、人が二人並べぬほど急にしたのか。刀を抜いて駆け上がってくる者が、てっぺんに着くころには息を切らして、もう腕の一本も上がらないようにだ。
なぜ、抜け道を、天主のあちこちに仕込んだのか。いざというとき、俺だけが、こっそり逃げられるようにだ。
一つ一つ、こしらえた理由を並べていけば、そこにあるのは天下人の壮大な夢などではなくて、いつ殺されるかと怯えて震える、一人の男の、細かすぎる用心ばかりだった。
つまり、安土の天主は、天下人の威光なんかじゃない。
戦国一の臆病者が、ありったけの銭をつぎ込んでこしらえた、世界一立派な防空壕のようなものだった。ここまで来てしまった、という重圧を、そのまま石垣に積み上げた、逃げ場のない塔でもあった。
俺は、そのいちばん上に立つ。
眼下には城下が広がり、遠くには湖が、鈍く光っている。行き交う人も馬も、指の先ほどに小さい。天下のすべてが、この足もとから見渡せた。背後に、誰もいない。壁を背にすれば、後ろから刺される心配もない。近づいてくる足音も、抜き身の刃も、ここまでは届かない。
ここまで登って、ようやく俺は、ほんの少しだけ、肩の力を抜いて息をつけた。地に足をつけている限り、決して味わえなかった、束の間の安らぎだった。
なのに。
おかしなものだ。
高く登れば登るほど、安心を積み上げれば積み上げるほど、この天主のてっぺんまで、俺のそばに来られる者は、いなくなっていった。
俺は、ひとりに、なっていった。
「あれは、城じゃない。俺の、いちばん高い、隠れ場所だ」――絶頂の象徴が要塞に見える孤独にじんときたら、【いいね】か【泣ける】を! 高く登るほど深まる孤独の物語を、ブックマークで。




