表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/14

第5話 天魔のごとし

困ったことに、俺の臆病は、ことごとく裏目に出ていた。いや、裏目というのは正しくない。世間が、俺の臆病を、まるごと逆さまに読んでくれていた、というべきか。


怖くて震えていると、肝が据わっていると言われる。怖くて逃げると、深慮遠謀(しんりょえんぼう)と言われる。何をどう怯えても、それが勝手にひっくり返って、立派な話になって返ってくる。


これはこれで、恐ろしい。俺が何もしなくても、俺の像だけが、俺の知らぬところで、どんどん大きくなっていくのだ。


数えてみよう。


暗殺が怖くて、狂ったように体を鍛えた。


――「常人離れの武勇。武神のごとし」


筋肉が落ちるのが怖くて、歩きながらサトイモを齧った。


――「飢えた狼。常に飢え、常に渇いておられる」


人が怖くて、ろくに口をきかなかった。


――「寡黙にして底知れず。何を考えておられるか、誰にも読めぬ」


女が怖くて、縁談から逃げ回った。


――「色になびかぬ、並外れた胆力」


何一つ、合っていない。


俺は強くもないし、飢えてもいないし、底も浅いし、胆も小さい。ただ、怖いだけだ。怖くて怖くて、震えながら、生き延びる工夫を重ねてきただけだ。なのに、その工夫の一つ一つが、噂の中で勝手に膨らんで、尾ひれがつき、いつの間にか――


「織田の若殿は、天魔のごとし」


そんな言われ方まで、されるようになっていた。


天魔。


人ならぬもの。


はじめて耳にしたとき、俺は、ぞっとして、しばらく声も出なかった。冷や汗が背を伝った。そんな大層なものに祭り上げられて、いよいよ怖い相手として狙われたらどうする、と。的が、大きくなってしまうではないか、と。


けれど、ある晩、土間で槍を振りながら、荒い息の合間に、俺は、ふと気づいてしまった。


天魔だと思われている間は――誰も、近づいてこないのだ。


恐ろしい相手には、人は刃を向ける前に、まず足がすくむ。間合いを詰めてこない。背後に立とうとしない。魔物に、わざわざ近寄る者はいない。


つまり、怖がられるというのは。


俺にとって、いちばんの、護りなのではないか。


槍を止めて、俺は暗い土間にしゃがみ込んだ。肩で息をしながら、その考えを、ゆっくりと転がしてみる。


うつけと笑われるのも、悪くない。だが、天魔と恐れられるのは――もっと、いい。うつけは、侮って近づいてくる者がいる。だが、天魔には、誰も近づいてこない。


怖がられるのは、嫌いじゃない。むしろ、ありがたい。だってその方が、誰も近づいてこない。誰も、近づいてこなければ。


背後に、誰も立たなければ。


少しだけ、安心して、眠れる。


怖がられていれば、生きていける。ならば、いっそ、とことん怖がられてやろう。うつけの皮の上から、天魔の面を、もう一枚かぶってやろう。そうすれば、この震える臆病な腹の底は、二重の面の奥に、きっと誰にも見つからない。


そう思ったら、なぜだか、笑いが込み上げてきた。天下一の臆病者が、天下一の魔物を演じる。こんな滑稽な話が、あるだろうか。


――今思えば。


この夜の、暗い土間で膝を抱えた、ちっぽけな思いつきが。


のちに、世界一ばかげた計画の、いちばん最初の煉瓦(れんが)になるなど。


このときの俺は、まだ、知る由もなかった。


「怖がられれば、少しだけ安心して眠れる」――自衛の魔王伝説の芽にゾクッとしたら、【びっくり】か【いいね】を! 伝説の育ち方を追いたい方はブックマークを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ