第4話 女が、怖い
世の若い男というのは、女子の話になると目を輝かせるらしい。あの女子は美しいの、あの家の姫はどうの、と、飽きもせず語り合っている。
俺には、さっぱり分からない。
女子は、怖い。
そう口にすると、供の者は決まって笑う。殿はご冗談を、と。冗談ではない。俺は、心の底から、震えるほど怖いのだ。
いや、正しく言おう。俺は、人間そのものが怖いのだ。男も女も、年寄りも子どもも。何を考えているか分からない相手に、間合いの内へ入られるのが、たまらなく怖い。柔らかな声で、優しげに近づいてくる相手ほど、よけいに怖い。優しさの裏に、何が隠れているか、俺には見えないからだ。
その中でも、縁談というやつは、最悪だ。逃げ場のない部屋に通され、知らない女子と二人きりにされ、顔を寄せて何やら睦まじく語らえと言う。冗談ではない。袖の中に何を隠しているかも分からない相手に、心臓のすぐ前を、無防備に晒せというのか。
だから俺は、縁談の席では、うつけを全開にする。腰の瓢箪を抜いて、ごくごくと水を飲み干す。袋から干し柿を出して、もぐもぐ齧る。問いかけられても、一言も返さず、虚空を睨む。頃合いを見て、無言で立ち上がり、すたすたと部屋を出ていく。
内心は、気が気ではない。背中を向けた瞬間に、後ろから何かされやしないか。廊下の角で、誰かが待ち構えていやしないか。だから足は速くなる。逃げるように、部屋を出る。
これで、たいていの縁談は、向こうから消えてなくなる。「あんなうつけに、大事な娘は嫁がせられぬ」というわけだ。我ながら、見事な女避けだ。
ところが、だ。
その「うつけぶり」を、人はこう読む。
「あの若殿、絶世の美姫を前にして、眉一つ動かさなんだそうな」
「女になびかぬとは、なんと胆の据わった……並の器ではないわ」
胆など、据わっていない。席を立ったのは、胆力ではなく、ただ逃げ出しただけだ。心の臓は、部屋を出るまで早鐘のように鳴っていた。廊下を渡り切って、ようやく人心地ついたときには、背中が冷たい汗で湿っていた。なびかなかったのは、貞節ゆえではなく、近づかれるのが死ぬほど怖かったからだ。
だが、それでも俺は、ほっとしていた。これでまた、誰も近づいてこない。誰にも間合いを許さずに、今日も一人で、眠れる。
一人は、寂しい。けれど、寂しいのは、生きているからだ。刺されて死ぬよりは、寂しく生きているほうが、ずっといい。そう自分に言い聞かせて、俺は目を閉じる。
――そう、たかをくくっていた頃。
家中に、妙な噂が立ちはじめた。
逃げられぬ相手が、来るらしい、と。
奇行を見せても、無言を貫いても、決して引き下がらぬ。逆に、こちらの底を見透かしてくるような、恐ろしい相手。美濃の蝮と恐れられた、斎藤道三。
その、娘だという。
聞いた瞬間、俺の胃の腑は、きゅうっと縮んだ。よりにもよって、蝮の娘。逃げても追ってくる女。俺のうつけが、通じない相手。
――どうしよう。
背筋を冷や汗が伝うのを感じながら、俺は、生まれて初めて、逃げ場のない縁談の気配に、ただ震えていた。
縁談の席で内心パニックの奇行が「臆せぬ胆力」と読まれる勘違いにやられたら、【笑える】を! 「逃げられぬ相手」が誰か気になったら、ブックマークで次話へ。




