第2話 中立でいてくれ
俺は、坊主が苦手だ。
いや、苦手というか――正直に言えば、怖い。経を読む声も、香のにおいも、暗い堂のなかでこちらをじっと見てくる目も。
何より、あの山には武装した僧兵が大勢いた。仏に仕える者が、刀や薙刀を持っている。俺には、それがどうにもおそろしくてたまらなかった。
子どもの頃、坊主に地獄の話を聞かされたことがある。人を殺した者は、死んだあと、釜で煮られるのだと。それがずっと、頭の隅にこびりついて離れない。俺はできることなら、地獄になど堕ちたくなかった。仏とは、敵対したくなかった。
その比叡山が、俺の敵に回ろうとしていた。
姉川で、俺は浅井・朝倉を破った。だが、長政も朝倉も、滅びたわけではない。逃げ延びた浅井・朝倉の軍が――比叡山に籠もったのだ。延暦寺が、彼らを匿った。つまり、山ごと俺の敵になろうとしていた。
正直に言えば、俺は混乱した。なぜ、寺が戦に加わるのだ。仏に仕える者は、人を殺さぬのではなかったのか。俺の知っている仏の教えと、目の前の薙刀を持った僧兵とが、どうしても結びつかなかった。
だが、戦国の世だ。寺もまた領地を持ち、兵を抱え、己の力を守ろうとしていた。俺のような者が、口を挟める話ではなかった。
俺は、慌てた。寺と戦うなど、まっぴらごめんだ。仏罰が怖い。僧兵が怖い。世間の評判も怖い。
そこで俺は、何度も、何度も、山へ使者を送った。頼むから、どちらにも味方しないでくれ、と。
「儂は、寺を攻めたくはない。どうか、中立でいてくれ」
「浅井にも朝倉にも与せず、ただ、静かにしておってくれれば、それでよい」
低く、短く、そう伝えさせた。
一度では、足りなかった。二度、三度と、使者を送った。そのたびに、言葉を変え、人を変え。なんとか穏便に収まってくれと、祈るような気持ちで。
本音を言えば、土下座でもしたい気分だった。頼む。見逃してくれ。儂を、巻き込まないでくれ。戦いたくないんだ。誰とも。
だが、そんな弱気を使者に言わせるわけにもいかない。だから、できるだけ短く、威圧的に伝えさせた。
それが――裏目に出た。
俺の必死の懇願は、山の僧たちには、こう聞こえたらしい。
「魔王・信長が、聖なる山に臣従を迫ってきおった」
「仏法を恐れぬ、不遜なる所業よ」
違う。俺はただ、怖くて頼んでいただけだ。頼む。どちらの味方もせんでいい。ただ、儂と争わんでくれ。
――その願いは、容れられなかった。
「頼む。ただ、儂と争わんでくれ」――穏便に済ませたい必死の懇願が容れられない苦さに胸が締めつけられたら、【いいね】か【泣ける】を! 続きはブックマークで。




