第4話 南蛮の胴
俺が、新しい時代を切り拓く革新の人だと。世間は、そう言う。
だが、本当のところは――俺はただ、固い胴着が欲しかっただけだ。
その頃、京や堺のあたりに、南蛮渡来の宣教師というものが出入りしていた。遠い、海の向こうの異国から、はるばる海を渡ってきた者たちだ。
俺は、彼らを城に招き、手厚くもてなした。南蛮の文化を保護してやり、布教も許してやった。
家臣たちは、それを見て感嘆した。
「殿は、遠き異国の文物すら、いち早く取り入れなさる」
「古い慣わしにとらわれず、新しき世を見据えておられる。なんと開かれたお方か」
だが、俺の本音は、信仰でも新しもの好きでもなかった。俺が宣教師を歓待した理由は、ただ一つ。
南蛮胴が、欲しかったのだ。
南蛮渡来の、あの鋼の胴着。聞けば、あれは鉄砲の弾すら弾き返すという。俺は、それを聞いた瞬間、心臓が跳ねた。
――鉄砲の弾を、防ぐ。
つまり、これさえ着ていれば。遠くから暗殺者に撃たれても。死なずに済むかもしれぬ。
俺は、宣教師に頼み込んで、その南蛮胴を手に入れた。夜、誰もいない部屋で、こっそりそれを着込んでみた。ずしりと、重い。だが、その重みが、たまらなく心地よかった。
これを着ていれば、撃たれても死なない。刺されても抜けない。俺は、しばらくその胴着を撫でて、うっとりとしていた。
宣教師には、ついでにこう頼んでおいた。
「同じものを、もっと取り寄せよ。望みのものは、何でもつかわす」
宣教師は、喜んだ。俺が、南蛮の文物に深い理解を示す稀有な大名だと、思ったらしい。
違う。俺はただ、固くて丈夫な胴着が、もっと欲しかっただけだ。
南蛮胴を着て、マントを羽織り、椅子に腰かけた俺の姿を見て、家臣はますます感じ入った。
「あの異形の御装束。まさに、新しき時代をその身にまとっておられる」
「世界の先を行くお方じゃ」
俺は、内心で苦笑いした。世界の先など、行っていない。俺はただ、撃たれて死ぬのが怖いだけだ。
***
ただ一人。藤吉郎だけは、俺の南蛮胴を見て、にやりと笑った。
「殿。ずいぶんと、ご立派な胴着で」
「……うむ」
「さぞや、固うございましょうなあ。弾も、刃も通さぬ固さで」
こいつは、分かっている。俺が、新しもの好きでも何でもなく。ただ死にたくなくて、固い胴着を欲しがっているだけだと。
「猿。黙っておれ」
「は。誰にも申しませぬとも」
藤吉郎は、にこにこと笑って、頭を下げた。
***
俺はただ、死にたくなかった。撃たれても、刺されても、生き延びたかった。その一心で、固い胴着を欲しがり、それを売ってくれる南蛮人をもてなしただけだ。
なのに、俺はいつのまにか。「新しい時代を切り拓く、革新の人」にされていた。天下布武の魔王にして、南蛮渡来を受け入れる、時代の先駆者。そんな大層な看板が、また一つ、俺の背中に貼りつけられていた。
「ただ、固い胴着が欲しいだけ」が「新時代を切り拓く革新の人」に――保身が天才に誤訳される落差にニヤけたら、【笑える】か【びっくり】を! 見逃さないようブックマークを。




