第3話 見抜かれた
それは、夜半のことだった。
俺はその日、嫌な報せをいくつも受け取っていた。美濃の斎藤が、こちらを窺っているという。家中にも、寝返りを疑われる者がいるという。
そういう報せを聞くたびに、俺の胸は締めつけられる。いつ、誰に、寝首をかかれるか。その恐怖が夜になると、いっそう濃くなった。
一人になった寝所で、俺は膝を抱えて震えていた。魔王の威厳など、そこには欠片もなかった。ただ、暗がりが怖くて、物音が怖くて、明日が怖くて、子供のように縮こまっている、一人の臆病者がいるだけだった。
帰蝶はその夜、奥にいて、側にはいなかった。俺は一人で、歯を食いしばっていた。
――そのとき。
すっ、と襖が開いた。
俺は、心臓が止まるかと思った。
刺客か。
そう思って振り返った先に、いたのは。あの猿だった。薬湯の椀を盆に載せて、藤吉郎がそこに立っていた。
しまった、と思った。
見られた。膝を抱えて震える、情けない俺の姿を。魔王でも何でもない、ただの怯えた男の本性を。
終わった、と俺は思った。こいつはこれを言いふらすだろう。第六天魔王は、夜になると一人で震えている臆病者だと。そうなれば、俺はおしまいだ。恐れられているからこそ、誰も手を出してこない。その恐れが解ければ、四方から刃が伸びてくる。
俺は、青ざめて藤吉郎を見つめた。声も、出なかった。
だが、藤吉郎は。
笑った。
にっこりと人懐こく笑って、藤吉郎はその場に膝をついた。
「殿の、ご立派なお覚悟」
そして、言った。
「この藤吉郎、しかと見届けましてございます」
俺は、息を呑んだ。
こいつは――何を、言っている。俺が震えていたのを見ただろう。怯えていたのを知っただろう。なのに、わざと。魔王の側で、話を合わせている。
「天下の難事を一身に背負われる御方は、夜とて心の休まる暇もございますまい。それでもなお、お一人で堪えておいでとは」
藤吉郎は、薬湯の椀をそっと俺の前に差し出した。
「お胃の腑が痛みましょう。これを、どうぞ」
俺は、その薬湯を見つめた。胃の薬湯だった。俺が緊張すると胃を痛めることまで――こいつは、知っている。
そのとき、俺は悟った。
この猿は、全部知っている。俺が魔王なんかじゃないことを。ただの怖がりで、優しいだけの臆病者だということを。ハッタリで、必死に化け物を演じているだけだということを。根こそぎ、見抜いている。
その上で。嘲笑いもしない。言いふらしもしない。ただ、黙って薬湯を差し出して、俺の側にいてくれる。
俺は、温かい椀を両手で包んだ。
帰蝶のほかに、初めて現れた。俺の、味方が。
バレた、終わった――なのに猿は暴かず、にっこり乗ってくれる。安堵で泣きそうな瞬間に胸が熱くなったら、【にこにこ】か【泣ける】を! 二人目の味方の物語、ブックマークで。




