第2話 人間五十年
人は、俺が死を覚悟して敦盛を舞ったと言う。後の世まで語り継がれる、英雄の覚悟だと。
だが、本当のことを言わせてくれ。
俺は死ぬ気で舞ったんじゃない。死ぬのが嫌で嫌でたまらなかっただけだ。
***
決戦の前の夜。
俺は、一睡もできなかった。
横になっても、天井ばかりが目に入る。明日には、この体が刃に裂かれて冷たくなっているかもしれない。そう思うと、息が詰まった。
寝返りを打つたびに、寝所の外の物音に体がびくりと跳ねた。風で戸が鳴っただけで、心臓が縮んだ。刺客ではないか。もう夜襲が来たのではないか。そのたびに冷や汗がじわりと背を伝った。
もう助からない。ここで終わりだ。
二十六年。短い人生だった。何一つ、やりたいことなどできなかった。帰蝶と田舎で畑を耕す、あの夢も叶わずに。
布団の中で、俺は半分泣いていた。
***
未明。
じっとしていられなくて、俺は起き上がった。
胸の奥から、わけの分からないやけくそな気持ちがこみ上げてきた。どうせ死ぬなら、もう、なんだっていい。
これまで、なんのために鍛えてきたのか。暗殺が怖くて、少しでも生き延びられるようにと、狂ったように体をいじめ抜いてきた。それが、こんな大軍の前では、なんの慰めにもならない。二千の拳で、二万五千を殴り倒せるはずもない。
俺の鍛えた体は、ただ、いつも通り、無駄に震えるばかりだった。
気づけば、俺は舞っていた。幼い頃に覚えた、敦盛の一節を。
『人間五十年、下天のうちをくらぶれば、夢幻のごとくなり』
舞いながら、俺は心の中で毒づいていた。
人生五十年だと? 笑わせるな。俺はまだ二十六だぞ。その半分しか生きていない。なのに、もう、おしまいかよ。ふざけるな。理不尽だ。嫌だ。死にたくない。
そういう、半泣きの自棄の舞だった。
ところが。
いつの間にか、襖の向こうに家臣たちが集まっていた。そして、俺の舞を見て――泣いていた。
「殿は、死を覚悟しておられる」
「人の世の儚さを舞に込めて……ああ、なんというお覚悟か」
「我らも、お供いたす。死兵じゃ。死ぬ気の兵に、勝てる者などおらぬ」
家臣たちの目に、火が灯った。さっきまで討死だ籠城だと沈んでいた男たちが、今は頬を紅潮させて、拳を握りしめている。
違う、と言いたかった。俺は覚悟なんかしていない。むしろ、覚悟から一番遠いところで、なんとか死なずに済む道はないかと、みっともなく足掻いていただけだ。
死にたくないと駄々をこねる声を、ただ節に乗せていただけ。それを、誰が「覚悟の舞」などと呼べるのか。
舞い終えると、俺は立ったまま、湯漬けをかき込んだ。これも後の世では、「すぐさま出陣する豪胆さ」と語られるらしい。
本当は、ただの最後の飯のつもりだった。冷たくなる前に、せめて腹いっぱい食っておきたかった。
具足をつけた。冷たい鉄の重みが、肩にのしかかった。まるで、これから入る棺桶を、先に着せられているようだった。
指先が震えて、緒がうまく結べなかった。それでも、家臣たちの前では、ゆっくりと、落ち着いて結んでみせた。震えを悟られるわけにはいかない。俺が怯えていると知れたら、この火のついた男たちも、たちまち逃げ出すだろう。
そうしたら、本当に、おしまいだ。
俺は死ぬ気で舞ったんじゃない。死ぬのが嫌で嫌でたまらなかっただけなんだ。だが、もう、行くしかなかった。
「まだ二十六だぞ、半分も生きてないのに」――半泣きの敦盛が「死兵の覚悟」と誤読される落差にやられたら、【笑える】か【びっくり】を! 名場面の答え合わせ、続きはブックマークで。




