第7話 政秀寺
俺は、政秀のために、寺を建てることにした。あの爺の菩提を弔うための、寺を。
それを聞いた家中は、また、ざわついた。
「殿が、政秀殿のために、寺を、お建てになるそうな」
「一人の老臣のために、寺を、一つ。……なんという、情の深さよ」
「うつけと侮っておったが……あれほど家臣を思うお方であったとは。我ら、見損なっておったやもしれぬ」
「父君の死には冷然、家臣の死には寺を一つ。……やはり、底が知れぬ。殿の御心は、我らの及ぶところではない」
また、だ。
また、皆、勝手に話を大きくする。
情の深い当主だの、底知れぬ御心だの。
違う。
俺は、ただ。
詫びたかった、だけだ。
俺の臆病が、俺の保身が、殺してしまったあの人に。本当のことを言う勇気を、最後まで持てなかった、自分の弱さに。
謝る相手は、もう、この世にいない。だから、せめて、寺を建てるくらいしか、俺にはできなかった。それだけの、ことなのだ。
***
寺の名は、政秀寺、とした。あの爺の名を、そのまま残した。
落成の日、俺は、一人で、本堂の前に立った。線香の煙が、まっすぐに立ち上っていた。あの葬儀の日、俺をあれほど怯えさせた、香の煙。
だが、今日は、不思議と、怖くなかった。
「……爺」
俺は、誰もいない堂に向かって呟いた。
「お前の言う、人並みの当主には、たぶん、なれん。俺は、これからも、怖がって、震えて、みっともなく生きていくと思う。うつけの面も、しばらくは、脱げそうにない」
煙が、ゆらりと揺れた。
「だが、一つだけ。お前のおかげで、覚えたことがある。人が死ぬのは、こんなにも、痛い。だから俺は、これから先、できる限り、人を生かして生きる。お前のぶんまで。……それで、許してくれとは、言わん。ただ、そう、決めたんだ」
帰蝶が、いつの間にか、隣に立っていた。
「殿」
「……帰蝶か」
「よい、寺じゃ」
俺は、頷いた。
「なあ、帰蝶。罪悪感というのは、消えるものなのか」
帰蝶は、少し考えてから、首を振った。
「消えはせぬ、と思う。じゃが」
「じゃが?」
「背負って、歩くことは、できる。お前は、これから、たくさんのものを背負うのであろうな。重かろう。じゃが、わたくしが、隣を歩く」
俺は、煙の向こうの空を見上げた。
消えない重さを、背負って、歩く。
それが、政秀が、俺に遺してくれた、たった一つの生き方だった。
***
こうして、俺は、初めての、本物の喪失を知った。人を傷つけることの痛みを、骨身に刻んだ。
それは、戦国の世を生きる男には、致命的なほどに不向きな心だった。
この優しさが、この罪悪感が、この先、何度も俺を泣かせることになるとは――
このときの俺は、まだ、知らなかった。
***
そして。
俺の試練は、これで、終わりではなかった。
政秀の死から、しばらく。
ようやく、少しだけ、前を向きはじめた俺を、次に待っていたのは。
外の敵でも、人混みでも、なかった。
血を、分けた、弟だった。
俺は、よりにもよって、最も殺したくない相手と、刃を交えることになる。
「ただ、詫びたかった」――罪悪感を背負って生きる決意に胸を打たれたら、【泣ける】か【いいね】を! 次に待つのは血を分けた弟。見逃さないようブックマークを。




