↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
21/76

第6話 魔王の涙

俺の号泣は、家中にたちまち広まった。そして、例によって。とんでもない形にねじ曲げられて、伝わった。


うつけと侮られていた当主が、守役の死に、人目もはばからず泣き崩れた。それだけのことが、なぜか、こう、語られた。


「殿が……あの大うつけの殿が、政秀殿の死に、あれほどお取り乱しに」


「ああ。聞いた。獣の咆哮のごとき泣き声であったとか。近習の者が、恐ろしさのあまり、近寄れなんだという」


「葬儀の場では、父君の位牌に抹香を投げ、眉一つ動かさなんだお人が……守役の死には、地を揺るがすほどに泣かれた」


「……分からぬ。あのお方は、いったい、何者なのだ」


家臣たちは、青ざめた顔で囁き合った。


「父の死には、冷然と。されど、家臣の死には、狂おしく。我らの常識では測れぬ。あれは……我らの知る、若殿ではない」


「うつけの皮の下に、何か、底知れぬものが、ある。我らには、推し量れぬ、何かが」


そして、誰かが声を潜めて、こう言った。


「……まるで、人ならぬ、何かのようだ」


違う。


何度でも言うが、違うんだ。


俺は、父の死に、冷然となんかしていない。怖くて、震えて、抹香を投げてしまっただけだ。政秀の死に、狂おしく泣いたのは、俺の臆病が、あの優しい爺を殺したからだ。


底知れぬものなんて、俺の中には、何もない。あるのは、ただ、人より大きすぎる臆病と。人を傷つけたことを、いつまでも悔やみ続ける、弱い心だけだ。


なのに、皆は、それを。


俺の人並み外れた弱さを、人並み外れた強さと読み違える。


俺の涙を、何か、人ならぬものの、底知れぬ証だと恐れる。


***


唯一。


ただ一人だけ、俺の涙を、正しく見てくれた人が、いた。


帰蝶だ。


その夜、二人きりの部屋で、俺は、まだ泣いていた。涙が、止まらなかった。


帰蝶は、俺の前に座って、ただ、泣かせてくれた。慰めも、励ましも、しなかった。泣くだけ、泣かせてくれた。


「……俺が、殺した」


ようやく、俺は絞り出した。


「俺が、本当のことを言わなかったから。あの爺は、死んだ。刀で斬ったわけでもないのに、俺は、人を殺した」


帰蝶は、静かに、首を振った。


そして、俺の、濡れた頬に手を添えた。


「殿」


その声は、どこまでも、優しかった。


「お前が泣くのは、お前が優しいからじゃ」


俺は、帰蝶を見た。


「家中の者は、お前の涙を、底知れぬ何かと恐れておる。じゃが、わたくしには、分かる。お前は、ただ、人の死が、悲しいだけ。己のせいだと、悔やんでおるだけ。――そんなに、人の命を惜しむお人を、わたくしは、ほかに知らぬ」


帰蝶の手は、温かかった。


「魔王なんぞ、では、ない。お前は、誰よりも、優しいだけじゃ。ただ、それを、誰も信じてくれぬだけ」


俺は、その手に、自分の手を重ねた。


人が怖いはずの俺が。間合いに入られるのが死ぬほど嫌な俺が。このときばかりは、その手を離したくなかった。


「帰蝶」


「うむ」


「俺は……俺は、これから、どうやって、生きていけばいい。人を、殺したくない。なのに、戦国に生まれてしまった。この先、いったい、何人の人を、俺は」


そこから先は、言葉にならなかった。


帰蝶は、ただ、俺の手を握り返した。


その夜、俺は、一つ、決めた。


政秀の死を、無駄にはしない。


あの爺が、命を懸けて覚まそうとした、俺の目。


俺は、その目で、せめて、できる限りの者を生かして生きよう。


人を殺したくないという、この、戦国には不向きすぎる願いを抱えたまま。


それしか、俺にできる罪滅ぼしは、なかった。


「お前が泣くのは、お前が優しいからじゃ」――号泣が畏怖に誤読される中、本心に寄り添う帰蝶にじんときたら、【泣ける】か【にこにこ】を! 続きはブックマークで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。