第2話 筋肉は裏切らない
「お前も――死ぬの、怖いか?」
そう訊いたとき、竹千代はしばらく俺の顔を見つめていた。
罠かどうかを、量っているのだ。うつけと名高い織田の若殿が、人質をいたぶろうとしているのではないか。そう疑うだけの分別が、この小さな体には、もう備わっていた。
だが、よほど耐えかねていたのだろう。
竹千代はほんの小さく、こくりと頷いた。
「……怖い、です」
か細い声だった。
「夜になると、今日も生きていられた、と思います。朝になると、今日は殺されるかもしれない、と思います。ずっと……ずっと、怖いです」
俺は息を呑んだ。
それは、俺が一度も声に出せなかった言葉、そのものだった。
「そうか」
俺は言った。喉の奥が妙に熱かった。
「俺もだ」
竹千代が、弾かれたように顔を上げた。信じられない、という顔だった。この大うつけが、織田の嫡男が、自分と同じことを言うとは思わなかったのだろう。
俺は、その場にあぐらをかいた。そして、ずっと一人で抱えてきた馬鹿げた結論を、初めて人に話した。
「俺はな、怖くて怖くて、たまらん。だから、考えた。逃げられんなら、せめて、殺されんように強くなるしかない、と」
俺は腕をまくって見せた。
齧ったサトイモと、夜ごとの鍛錬で作り上げた、岩のような腕だ。
「人は裏切る。味方も、身内も、いつ刃を向けてくるか分からん。信じられるものなど、何もない。――だが、これだけは違う」
俺は自分の腕をぴしゃりと叩いた。
「筋肉は、裏切らん」
竹千代が、ぽかんと口を開けた。
「鍛えた分だけ、必ず、応えてくれる。裏切らん。逃げん。命を、ほんの少しだけ、守ってくれる。――俺が信じられるのは、この世で、これだけだ」
我ながら、ずいぶん情けない人生哲学だ。
だが、竹千代の目が、その時、変わった。
怯えで濁っていた瞳に、ほんのひとすじ、光が差した。
「強くなれば……死なずに、済みますか」
「ああ」
俺は頷いた。嘘でもいい、この子にそれを言ってやりたかった。
「強くなれ。そして、生き延びろ。怖いまま、震えたまま、それでも生き延びるんだ。――一緒に、鍛えよう」
その日から、俺たちは、二人で体を鍛えた。
城の裏手で、棒を振り、石を担ぎ、組み合った。竹千代は、最初こそ青い顔をしていたが、日に日に、目に力が宿っていった。汗を流したあとは、少しだけ、夜が怖くなくなるのだと、嬉しそうに言った。
その気持ちは、俺がいちばん、よく分かった。
怖がり同士の、ちいさな同盟だった。
やがて、竹千代が三河へ帰る日が来た。別れぎわ、その子は、しっかりとした足取りで俺の前に立ち、深々と頭を下げた。出会った頃の、隅で震えていた子とは、別人のようだった。
「織田殿。俺、強くなります」
竹千代は言った。
「生き延びて――必ず、また会いに来ます」
俺はその背中を見送りながら、思った。
人が怖いはずの俺に、生まれて初めて、また会いたいと思える相手ができてしまった。
「人は裏切る。だが筋肉は裏切らない」を大真面目に語る二人にクスッときたら、【笑える】か【にこにこ】を! 怯えていた少年に灯る希望を、この先も見守りたい方はブックマークを。




