07 アーサーの、世界
「魔王は何を?」
「……もしかしたら俺はちょっと判る」
【レナが顔をしかめ、ジャレットが呟いた。ジャレットが「雄介」であるように、アーサーが「アリサ」であることは、彼には容易に思い至ることだった。】
怖い。
何で? 怖い。
これまでの恐怖は「魔王」って圧倒的存在の……パワーだか妖力だか何だかに対する畏れで、いまはただ、怖い。知られてるはずのないことを知られてる恐怖。初めて会った知らない人に名前や住所を言われたみたいな。
何とか抑えてた震えが出る。ギャグ漫画みたいにガタガタする。嫌だ、格好悪い。
「アーサー!」
俺はビクッとする。
【さっとレナが背後から手を伸ばし、アーサーの肩に触れた。口のなかで素早く聖句を唱え、聖杖を決まった形に動かす。】
「月神よ、ここに。その穏やかな光をこの者の胸にもたらし、揺らぎを空へと放したまえ」
【鎮心の術だ。過度な精神負荷を抑える〈癒やし手〉の技で、広く使用されているものだった。ただ、レナがこれをアーサーに使ったのは初めてだった。これまで彼がそんな動揺することは――見せることは、なかったからだ。】
ふわっと何かが抜けた。ガチガチになった身体が解けたんだ。震えは、治った。完全じゃないけど……周りが見て判るレベルの「ガタガタ」ではなくなった。
――レナはいつでも、俺を助けてくれる。
俺は、呼吸を整えた。
正直、めちゃくちゃびびった。いまも怖い。何で魔王が俺の……私の、杏里沙の名を?
でも考えろ。そうだ、きっとここには何らかの仕掛け、仕組み、「設定」がある。
魔王にそういう能力があるんだとしても……これは、あれだ、いわゆる「第四の壁」を超えて、プレイヤーキャラクターじゃなくプレイヤーに話しかけてくるゲームみたいなもん!
こいつは俺のSwitchのユーザーネームを取得してるみたいな、それくらいのことだ! 違うかもしれないけどそう思え! 一瞬びびったけどそれだけ!
落ち着け、落ち着け!
俺は勇者アーサー! 杏里沙が内にあるとか関係なくて! 俺はアーサーなの!
それに、杏里沙って名前を知られたからって、何か変わることはない! ないよな!?
「懐かしい名前だなあ!」
俺は声を張った。震えてるか? 少し。でもたぶん、周りが聞いても気にならない程度!
「どうやって知ったんだ? 俺の、幼名なんて」
設定を上乗せしてやる! アーサーの村には悪いものを避けるため子供に仮の名をつけて、大人になったら変える風習があることにする! 戦国時代かな?
「梵天丸……」
ジャレットが呟いた。なに? ぼんてん? それは知らないけど、俺が思ったのは牛若丸みたいなことだから、俺の適当がジャレットにはバレたっぽい。
「成程、幼名か」
シュヴァルツもうなずいてる。まさかの、通った?
「お前たちの世界にはそうした風習があるのだな」
通ってない! さすがに無理だった。
「あの男の名も変わっていた。『アサオカ』だったか……」
それ名字じゃない? 浅岡とかじゃない?
「彼の名を継いだのか」
待って、シュヴァルツさんポンコツになってきたよ。浅岡とアーサーはさすがに偶然。
「浅岡」さんも「杏里沙」がプレイヤーキャラにアーサーって名付けるのと同じように、アーサー的な名前を使ってた可能性はあるけどさ。
「アーサーの、世界……?」
小さなレナの声。この場で彼女だけが判ってない。申し訳ない気持ちになる。最初の頃に全く理解してもらえなかったからって、旅の間に少しずつ説明すれば通じたかもしれないのに。
あ、後ろのユウオも判ってないよな。レナだけ仲間外れじゃないなら、いまはいいことにするか……。
「前の勇者のことは知らない。剣は受け継いだが……何か情報ある?」
俺はそっとレナに尋ねた。
【アーサーは、動揺しているレナに尋ねることで、彼女を落ち着けようとした。】
そんな意図はなかった。レナは疑問には思ってるけど動揺はしてないし。……と思うけど、もしかして『地の文』が正しかったりする?
「アサオカという名は聞いたことがないわ。文献によると確か名前は……マーリン、と」
お前もアーサー王伝説発祥か、浅岡!! てかマーリンて魔法使いじゃなかったっけ? 何で勇者の名前をそれにした? 魔法職やりたかったってこと?
俺が口を開けてると、ジャレットがうつむいた。笑い堪えたな、こいつ。
「マーリンさんは亡くなってるんだよな? ワーストエンドがあった、故郷の村で?」
ん? そうだよな、あの村、前の勇者の故郷だって言ってなかったか?
【心の故郷――という言葉がある。マーリンと呼ばれたかつての勇者にとって、あの村は故郷のようなものだった。】
おい!! それで済ますのか!?
でもまあ、「第二の故郷」って言葉もあるしな……そこはいいか……。
それより、気にかかったことがある。
……浅岡マーリンは魔王を追い払いはしたが、倒さなかった。そうだよな。
だから、帰れなかったんじゃ?
いや、帰りたくないタイプだった可能性もあるけど……。
「どこでどんなふうに亡くなったかまでは……百年以上前の話だもの」
「そうか」
先代は帰ったのか。帰れなかったのか。それとも帰るつもりがなかったのか。現時点では不明、か。
「アリサ」
「――馴れ馴れしく呼ぶんじゃねえ。俺はアーサーだ」
くそ、声優ばりのイケボで名前を囁かれると杏里沙がちょっとどきっとしちゃうだろ! やめろ!
「ではアーサーと呼ぼう」
有難う。物分かりがいい魔王だな。
浅岡だのマーリンだのの衝撃で、「アリサ」ショックが打ち消されてきた気がする。いいのか悪いのか……いや、いいのか……。
「お前たちは実に面白い。マーリンと名乗っていた男も、ほかのどんな人間とも、魔族とも似ていなかった。お前たちは唯一無二なるモノだ」
複数名に対して唯一無二はおかしくない?
同時に存在していないって意味で理解できるけど。
「私を倒して『帰る』ことが望みなのだったな」
「な」
そうです! それはそう!
でもそんなこと言われると――。
俺はレナを見た。レナも俺を見た。
帰るってことはレナとお別れってことで……俺はそれを仕方ないと思ってた。思うことにしてた。
私は元の世界に友だちもいて、親もいて、仕事もあって、楽じゃないけどそれなりには楽しくて。
でも、こっちでも友だち増えちゃった。レナはもちろん、ジャレットも。ユウオもたぶん。親はいないけど、「勇者」はある意味仕事で。しんどいこともあるけどそれなりに楽しくはあって。
え、もしかして選べるってこと?
魔王を倒さない選択肢は勇者として存在しなかったはずだけど、五百年問題次第では倒さない選択肢が出て……それを俺が決めなきゃいけないってこと?
いやいやいや。話が違うって。そういうシリアスな感じじゃなかっ……『地の文』の好みではありそうだなあ、最後に勇者が決断しなきゃいけない、みたいの!




