05 数値
「あれは効率が悪かった」
へ?
何か想定範囲外の返答がきたんだが。
「どういう意味だ?」
【アーサーは険しい顔で問うた。】
いやいや違うよ、『地の文』、いま俺は、何かよろしくないことを聞いたときの「憤りを込めた問い返し」じゃなくて、純粋に聞いたの。
【人々の生活を脅かすことに対して「効率」などと、魔王の発言に憤ったのだ。】
え、俺、「魔王の真意が理解できなくて一部読者をイラッとさせる勇者」になってる?
いやいや、いままでの流れからもそういうことじゃないのは判るじゃん!「いままでの破壊活動、効率悪かったわー。次はもっと効率的にいっぱい破壊しようっと!」って意味じゃないだろ、絶対。だから純粋に聞いてんの!
「お前たちはそうして『襲撃』と言うが、あれは『回収』だ」
待って。また意味の判らん話を……何? 借金でも取り立ててんの?
「人の世に我らが『魔王』として出向く意味について、耳にしたことは?」
「全くないね」
本当に。かけらもない。語り損なってた設定か、『地の文』?
「人の子の怒り、嘆き……そうしたものは魔界に有用だ」
ん? 急に王道っぽい話がきたな?
魔族の生命維持や魔界の存続に「人のマイナスの感情」が必要だ、みたいな……わりと好き……。
でもそういう話?
「ただ、そうしたものは測れぬな」
「何の話を……」
レナやジャレットもずっと困ってる。よかった、俺だけ置いてけぼりじゃない。
「人の世で容易に測れるものは何か?」
「……俺に訊いてんのか?」
テストかよ?
「数字の出るものは測れるさ。でもそれは全てじゃない」
よく判らなくて俺は曖昧かつ勇者っぽい発言をしておいた。
「資産だ」
「ええ……?」
はあ!? 思わず困惑の声が出たのは仕方ないだろ!
「ジャレットと言ったか」
突然魔王に名を呼ばれてジャレットが漫画みたいにビクッとした。判る。そうなるよな。
「お前の兄はたいそう役に立っている。感謝しよう」
「な、何だって? 兄貴は……呪いの力を買われてとかじゃなくて、まさか本当に、資産の計算や運用で買われてる!?」
いやいやいやいや!
待って? いろいろ根底が覆るよ!?『地の文』くん、正気?
俺は好きだよ? そういう、「魔王ですが人間の資産を計算する人物を登用しています」みたいなタイトル、ちょっと気になるよ?
でも『地の文』くんはそういうのないタイプだったじゃん!
「彼は実に優秀だ。潰れかけた商家を何軒も立て直しただけのことはある」
「そうなんす……優秀なんすよ兄貴……あの性格でやってけるのはガチで優秀だからで……」
弟が額を押さえて嘆息した。
「効率の話はどうなったのかしら」
レナが軌道修正する。助かる。女神。
「そうだな。『襲撃』では、実際に行って出た数値によって判断される。足りなければ追加の回収が必要だ」
「はあ……」
「しかしジュイムの尽力によって、一度で必要な数値を回収することに成功した。お前たちの言う『被害』は驚異的なまでに抑えられるだろう」
「いや……」
今度は俺が額を押さえた。
何となく判ってきた。何であれ、「数値」が必要なのでノルマ的に破壊してました、でも今後は回数が少なくて済むよ、やったね!――ってことだろ? でも被害が出たことにも、これから出ることには変わりないんじゃないの!?
「駄目だろうが! 何回だろうが被害が出たら!」
俺はそのまんま突っ込んだ。
【アーサーは激怒した。】
激怒って言うか困惑! ずっと困惑!
「何故だ?」
「何故だ、じゃねえよ! 人の心がなくても判るだろうが!」
もういい。突っ込もう。『地の文』に突っ込んでるのと同じ勢いで。
「お前たちの言う『前の勇者』が打ち立てた『平和』は何年だ? そろそろ百年ほどか」
「百五十九年ね。正確には百五十九年と七つの月と三日」
レナさんも数字に強いの? 魔王に勧誘されないでね。
「先日の数値を知らぬのか。勇者よ、お前に倒されるまでに――が……『巨大な魔物』が破壊した蔵には、ある商人が溜め込んだ宝が隠されていた」
「……そうなの?」
俺はレナに尋ねた。レナはうなずく。ちょっと苦々しい感じの顔をしてる。何?
「あまり言いたくはないけれど……人道にもとる手段で築いた財という噂があったわ。それを結果的に暴いたというのもあって、アーサーの評判は高かったの」
「まじで?」
初耳にもほどがあるが、まあ、レナが言いたくない類の話なのも理解できた。
「あれだけの数字なら向こう五百年は賄える」
俺は吹き出した。
五百年はそりゃ永遠じゃないが、永遠の平和なんてないもので……魔王がいなくても政変とか革命とか普通に人間同士の戦とか、いくらでも起こり得る年数だ。
もし「これから五百年、魔王の襲撃はありません」と言うなら、半永久的と言っても過言じゃないかも。
とか一瞬思いそうになったが、いやおかしい!
「ええと、資産……『数値』は目安にすぎないんだよな? 重要なのは、どれだけ人が嘆いたかってことで」
酷い話だな。
「でもこの話だと、むしろ喝采した人の方が多いんじゃないか?」
悪徳商人に泣かされたり苦い思いをしていた人たちは逆に喜んじゃったんじゃ? 俺が言えば、シュヴァルツは肩をすくめた。
「『他人の不幸を喜ぶ』のも負の感情と言える。ニンゲンは得意としているな」
「うっ」
確かに、たとえ誰もが認める正義の鉄槌であったとしても、他者の不幸を喜ぶのはポジティブと言いがたいかも!
「しかしその通りでもある。数値上では五百年と出ているが、実際には少し不足しているだろう。だが安心していい。ジュイムが既に次の標的を見つけている。悪徳商家はいくらでもあるそうだ」
「いや、悪徳商家ならいいって話でもないんだが……」
俺はぼそぼそ呟いた。
「まさか兄貴は、そうやって商売敵を潰してるのか?」
ジャレットも渋い顔で呟く。が、シュヴァルツは首を振った。
「ジュイムとは競合しない相手を選ばせている。魔王の襲撃で得をしているなどと指摘されれば、彼のみならず、彼の雇い人もただでは済まないだろうからな」
そんなことまで考えてくれるの!? そりゃジュイムも「僕の閣下」とか言い出しますね!?




