03 無理だって
「ようやくきたか、待っていた」
囁くような声が耳元に届いた。俺はビクッとしそうになってこらえる。あのときと同じだ。
【耳元に聞こえる声――アーサーは初めて魔王と相対したときを思い出した。レナとジャレットもまた、耳元に届く声に困惑した顔をしている。】
「以前の男も面白かった。お前はどのように私を楽しませてくれる」
くそ、気味が悪い!
言ってることは「強キャラのよくある台詞」みたいな感じなのに、『地の文』が雑、とか笑えねえ。怖え。
「以前の」
気持ちで負けるな。言い返してやれ。
俺は一歩ずつ踏み出しながら声を出した。何とか震えてなさそう!
「以前の勇者、ってことか? 俺の前の勇者は、確か……」
あれ、何だっけ? ワーストエンド使ってたことしか知らん気がする……。
【シュヴァルツの言う「以前の男」は、アーサーの考えた通り、「アーサーの前にやってきた〈聖なる勇者〉」だ。聖剣を携え、魔王に挑んだ。】
そうそう。聖剣が故郷の村にまで帰ってるんだから、少なくとも魔王にやられて死んだ訳じゃないよな?
【彼は魔王を魔界へ追い返したが、消滅させるにまでは至らなかった。その復活には数十年はかかるとされ、実際、シュヴァルツが街の破壊を再開したのはここ五年ほどのことだ。】
ここ五年ずっと襲撃されてるの!? 五年は結構ありますよ!?
それでも「まあたまに破壊されるくらいならいいか、魔物倒せてるし」で済んでたの!?……災害みたいなものだと思えば、そんな対応にもなる、のかもな。
てか、魔王が消滅させられなかったってことは……。
「俺の『前任』は、聖剣の力をお前に叩き込みきれなかった。そういうことか」
「そうとも言える」
ええい、囁くな。ほんと耳元で囁かれてるみたいでキモいんだよ。
「腹から声出せ、やる気あんのか!」
キモさを何とかしたくて俺は無茶苦茶を叫んだ。
【背後でジャレットが青ざめ、レナが聖杖を握った。しかしシュヴァルツは、腹を立てるような様子もない。】
びびらせてごめんて。でも俺もね、奮い立たせてるの自分を。許して。
【一歩、一歩。アーサーはゆっくり近づいていく。ふたりの術士も、いつでも彼を支援できるよう、緊張感を持ってそれに続いた。ユウオは】
あれ、そうだ、ユウオは?
【何を思うのか、大扉から動いていなかった。】
……背後から焼かれないよな? あのガバエイムなら俺じゃなくてシュヴァルツに当たるかもだけど……まさかそんなオチを考えてないよな、『地の文』くん。勇者を撃とうとした火炎使いの狙いが逸れて魔王が焼かれましたー、とかいう。
いや、基本的には正統派だもんな、ないか。
【戦いには参加しない、というユウオなりの表明かもしれない。】
「かもしれない」じゃないのよ、はっきりさせてよ。あの火炎に頼れるか頼れないかはだいぶ違うんだから……。いまや、ないものと考えることにはしてるけどさ。
「聞きたいのか? 私の声を。妖力を通すことなく直接? なかなかの命知らずだ、それともただの愚者」
「どういう……」
どういう意味? 声にやべえ力のある魔物? 思いつくのはセイレーンとかバンシーとか……マンドラゴラ? 女性でも植物でもなさそうなシュヴァルツとは一致しないけど……。
「――幽鬼」
小さくレナが呟いた。え?
「魔王が魔界の上位種族だということは言われていたけれど……『声』だけで人を恐慌に陥らせることのできる魔族となれば、幽鬼だわ」
「え……ユウオと同じ――?」
それじゃ、やっぱユウオは魔王の味方……?
【ユウオの「魔族部分」は幽鬼。それはラクエイの洩らした情報だった。同時に、ラクエイはあれだけユウオを貶めていた。あれは演技などではない。】
そう、そうだった。同じ種族だからって仲間とは限らない。ジュイムの例もある。人間だからって同じ側じゃない。
ただ……誰かに与してるって話は、やっぱ魔王なんじゃないの!? ラクエイクラスのヤツでも知らない、裏の繋がりとか……!
「声……じゃ、ユウオは? 確かにあんまり話さないけど、俺、ユウオと話してて怖かったことないぞ」
ジャレットがストレートな疑問を出してくる。
え、もしかして、だからユウオは――最低限しか喋らないのか!?
「もしかして抑えててくれてるとか? やっぱユウオは俺たちの仲間だよな!」
無邪気なのか、それとももし意図的に揺さぶってるならすげえよジャレット。
でもそこ、センシティブかもなんだけど……。
「違う。ぼく幽鬼足りない」
ああ、その。
「完全じゃない。だからぼくゴミクズ」
「そんなことある訳ないだろ!」
「そんなことは全くない」
ん? 俺と同時に言ったの誰?
【ユウオ自身は、特に自分を卑下しているつもりはない。ただ、他者から言われたことを繰り返しているだけだ。彼にあるのは「聞かれたから答えよう」という意思である。】
いまのって。
【ただ、事情を知る者たちにとって、ユウオ自身がそのように言うのは耐え難い。ユウオにはきちんと価値があると、そのことをユウオ自身に判ってもらいたい。】
う、うん……俺の気持ちを言語化するとそうかも……。
【ユウオが自身を貶める言葉をアーサーとシュヴァルツが同時に否定した。】
やっぱシュヴァルツだった!?
ちょっと待って、いまから魔王をいいヤツにするの無理だって、『地の文』!!




