06 神様の赦しも三度
「いやー、さすが勇者様とそのお仲間だ! た、頼もしいデスねえー」
亜鬼はわざとらしくへこへこしてきた。こんな卑屈な態度をアニメ以外で目にすることがあるとは思わなかったよ。
「あなた、さっきアーサーを馬鹿にしていたわよね。影のなかで」
「ん?」
さっきの、レナを無理矢理連れて隠れてた間か。
この罪状を思うと、たとえ魔王の弱点を吐いたところでラクエイの罪は消えないんだがな。
「『口先ばっかりの勇者なんて、いくら本物だろうと怖くない』」
「……ほう?」
「え、えへ……」
「『影に潜むおいらの能力を見破れるような頭があるはずもない』」
「ほう……?」
「え、えへへ……」
「『指輪も、受け取るまいとしてたのに、おいらがちょっと演技したら受け取った。騙されやすい』」
「ほーう……」
「え、えへへへへ……」
【ラクエイの笑顔は完全に引きつっていた。ユウオが首をかしげる。】
「ケーハク、焼く?」
「それもいい考えだなあ、ユウオ」
「俺も手伝うぞ、火力を増してやる」
【ジャレットも魔杖をかまえた。】
「ゆ、ゆゆ、許してつかぁさい! おいら、故郷におっかぁと五人の童がぁ!」
「いない」
俺が突っ込むより早く、ユウオが暴露する。
「ユウオ! この、火炎馬鹿! おいらが可愛がってやった恩も忘れて!」
「恩ない」
ユウオにこんなテンポのいいツッコミができるなんて……俺は何だかほっこりとしてしまった。そんな状況ではないが。
「教える! 今度こそ本当に全部教えるから!」
一方でラクエイは、本気で焦ってるみたいだ。ユウオの火炎はヤバいもんな、判るぞ。
「幽鬼に焼かれると復活まで時間がかかっちまうよお」
あー、幽鬼? ユウオの種族? まさかユウオのユウは幽? 幽男、とかじゃないよな?
ってか、え、魔物って復活すんの? 初耳ですけど?
それってまさか、退治の意味ないってこと?
【上位の魔族は、彼らにとっての異界――つまりこの世界で死ぬことはない。消滅し、魔界で復活する。と言ってもすぐに生き返るようなことはなく、どんなに早くても数年、遅ければ数百、数千年後だ。】
成程? じゃあ、全くの無意味ってことはないのか。
え、その設定も温めてたの? で、いまになって出してきた? 魔王城で?
いいけどさ。
……いや、待って。いいのかそれ?
ラクエイやシノンはともかく、それを知りながらシュヴァルツを倒したとして……俺は魔王退治したことになるの?
突然発生したこの問題には、ポイントが二点あって。
「魔王を退治したと報告できるのか」と「退治が帰還の条件である場合、それは達成されたことになるのか」だ。
どっちもめちゃくちゃ重要ですけど!?
【もちろん、聖剣はその復活を防ぐ。だから魔王は見張るのだ、「本物の勇者」を。】
あ、そう? そこは平気なんだ。
脅かすなよ……。
でも、待って。やっぱり待って。あのさ、『地の文』くん。そこ座って。
それは、剣を手に入れたときに開示されたり、道中のバトルで少しずつ判明したり、そういう性質の大事情報では?
何なの君は! さっきから! いま思いついたみたいに!
いま思いついたの!?
まさか『地の文』のヤツ、ラクエイに愛着を抱きはじめたんじゃ? 死なせない方法を探してる? シノンの株を上げるのも、そういう動機だよな?
……おい、『地の文』よ。お前さ、勇者のド王道な魔王退治を書きたくて「勇者アーサーの戦い」を書きはじめたんじゃないのか?
転移してきた勇者、戦闘、美しき癒やし手との出会い。魔王を退治する使命を知り、聖剣を手にして、女妖魔に狙われ、新たな仲間を得て。魔王の顔見せ、指輪で因縁を作り、魔王城では仲間の兄との対決も。
こういう点だけ取ると、ほんと、ドまっすぐじゃないか。
それなら敵に情を抱くなよ! いや、抱いてもいいけど、せめて敵幹部はしっかり悪辣に描いてくれよ!「実はいいヤツ」とか「死んでも復活の道筋アリ!」とか急に出してこないで!
もしどうしてもそっちに行くなら、何でジャレットのお兄さんだけガチでヤバいヤツになってるの!? ジャレットが可哀想じゃん!
俺は頭を抱えそうになる。
この調子だと、魔王もうっかりいいヤツになるぞ……さすがにならんか……?
「アーサーちゃん……?」
俺の返事が遅かったからだろう、ラクエイはおそるおそる俺の名を呼んだ。
『地の文』の情報は一瞬で入ってくるけど、それでも返答のテンポは多少悪くなる。もっともいまは、俺が焦らしているように見えたから、単に向こうの不安を誘ういい効果になったみたいだな。
「ユウオに焼かれるのと聖剣に斬られるのと、どっちがいい?」
これは脅しのようで質問でもある。『地の文』は、聖剣に倒されると復活できないみたいなこと言い出したけど、その仕様はみんな知ってんのかな?
「どっちも嫌に決まってまさあ!」
悲鳴が返ってくる。それはそう。
「ただ……どうしてもってぇなら……せ、聖剣のほうがましかなあ……」
あれ、知らないのか? 消滅しちゃうこと。
ラクエイは上目遣いで媚びた笑いを見せながらチラチラこっちを見てくる。これは……。
【亜鬼は賭けに出た。勇者が自分の希望を叶えるはずはない。敢えて聖剣を選ぶことで、アーサーがユウオに火炎を命じるのではないかと。】
ふーん……俺、そんなふうに思われてんだ……まあ当たり前か……。
何なんだ、この、何の思い入れもない敵なのに、俺が小悪党みたいに思われるとちょっと悲しいみたいな心理は……。
「じゃあ要望に応じて」
俺がさっとワーストエンドをかまえると、ラクエイはギャグ漫画みたいに飛び上がった。毎度芝居がかったヤツ――。
「気をつけろ! 影がずれる!」
ジャレットの叫びと風術が飛んだ。え!?
【ラクエイが飛び上がった瞬間、壁には確かに影がゆらめいた。しかし即座にジャレットがそこに向けて真空刃を放った。】
うわ、やるじゃんジャレット! 俺は感嘆の声を洩らした。
【影に飛び込み損なったラクエイは舌打ちし、ジャレットをきつく睨む。】
「気障野郎の、出来損ないの弟のくせによお!」
「あぁ?」
びっくりするほど雑な煽りに、ジャレットが凄む。
「ジャレット」だけなら、これは痛いところなんだろうけど、「雄介」込みのこいつはそんな負け惜しみに動じない。かっこいいぞ、ジャレット! あくまでも仲間としてな!
……そう言えばさっき『地の文』がジャレットの感情に関して妙なことを言ってたけど、あれはもう、キャンセルとかになったのかな?
ジャレットはいつも通りに笑ってる。
よし、キャンセルされたんだろう。されたに違いない。
「あんがとな、ジャレット」
「まだ何か企んでそうだったからな……いいからとっととやっちまおうぜ。こいつ、兄貴よりタチ悪ぃぞ」
まあ、ジュイムは「あなたの閣下に迫る悪い女がいますよ」で追い払えたもんな。弟を殺そうとさえしなければ、面白キャラになれるポテンシャルがあったのに……。
「ラクエイ。お前はレナを攫い、ユウオを貶め、ジャレットを罵った。これで三回」
……三振。スリーアウト。通じないな。仏の顔も……あ、いいこと思いついた。
「神様の赦しも三度、って言ってな。太陽神が赦し、月神も赦すが、三度目はないんだ。覚えときな」
俺は『地の文』ばりのドヤ顔で言ってやった。こういうの思いつくと気持ちいいな。いまならお前のこと少し判るぞ、『地の文』!
「そんな言葉聞いたことないけれど」
レナがぽつりと呟いた。
「うっ、ごめん」
「赦しに甘えて傲慢にならぬよう――教義からそう外れてはいないから許容するわ」
「アリガトゴザイマス」




