07 もうひとつの名前
「ユウオ!」
俺とレナの声が揃った。
振り返るとそこには、無口ってレベルじゃない無口で、馬鹿みたいな威力の火炎術を振るい、俺を少し焼け焦げさせて、ジャレットがフォローしてやろうと懸命になってた――下手くそスパイのユウオがいた。
「って、ユースケ!? ジャレットが!?」
雄介とかそんな感じか! なんかピンとくる! ジャレットっぽい!
「そうだ、きっとそれだ。雄介だ!」
漢字は判んないけど!
「ジャレットにも、もうひとつの名前がある! それは『雄介』! だから、やっぱりこの呪いは、無効!」
レナは「何言ってるの?」みたいな顔をしてる。ユウオの表情は読めない。
でも、実際、どうだ? ジャレットは……ってか、『地の文』は!? こう誘導してきたんだから、いけるだろ!?
【そう、雄介――。それがジャレットの、転生前の名前だった。アーサーが聞いていなかったそれをユウオが耳にしていた。ユウオは、ジャレットが彼を疑わず、ずっとよくしてくれていたことを覚えていて――】
クライマックスで助けてくれるかもな、なんて……言ったよな。俺、言ったよな。
まさか、本当になるなんて!
「う……」
「ジャレット!」
「大丈夫か!?」
意識が戻った!
「え……あれ? 俺、何で……兄貴は……?」
ジャレットは素早く身を起こそうとして、レナに制止された。
よ、よかった……よかった!
「え、あれ? ユウオ? え、何?」
「お前、ジュイムの呪いを受けてぶっ倒れたんだ。ユウオのおかげで……助かったんだぞ」
「へ? まじで? 有難うな、ユウオ!」
そこで兄貴への文句じゃなくてまずユウオに爽やかな礼を言える、こういうヤツだからユウオも助けたいと思ってくれたんだろうな。
「でもどうやって」
「『雄介』だって?」
俺は囁いた。ジャレットはぎょっとした顔を見せる。それを見て俺は笑ってみせた。
にやりと、不敵な勇者みたいに。
……笑えるって、最高だ。
「その名前をユウオが伝えてくれんだ。何つうか、それっぽいじゃん」
「やめろよ……ちょっと恥ずかしいんだよ、いまその名前言われるの」
レナのときと同じように、自分が危うかった自覚があまりないジャレットは、苦笑いのようなものを浮かべている。
「いったい何なの? ユースケというのは。助かったのは本当によかったけれど……ジャレットの本名ならジュイムが知らないはずはないわよね?」
その横で、レナが真剣な顔をして呟いてる。あ、どうしよう。俺とジャレットは顔を見合わせた。
「じ、実は俺、風術が下手くそな時期、絵を描いてたことがあってな!」
ジャレットはとっさに思いついたらしい言い訳を口にした。
「そのときのペンネ、ええと、が、雅号なんだ! まさか呪いに効果があるなんてな、は、ははは!」
「絵を? 素敵ね!」
「あ、有難う!」
「――本当は?」
「え」
そっと尋ねた俺に、ジャレットは目をぱちぱちさせる。
「本当って、ほんみょ」
「……本当のペンネームは?」
絵を描いていた、なんて設定がぱっと出てきたのは、出鱈目じゃなくて事実だからじゃないか? ジャレットにしろ雄介にしろ、絵を描いていたことがあり、それ用の名前を持っていたんじゃ?
「……し、真実三郎……」
目をそらしてジャレットは自白した。
「何だよそれ!」
思わず俺は吹き出した。
「いつか見せてくれよ、イラスト」
「ぐ……『雄介』のガキの頃だぞ、もう何十年もやってないよ……」
もごもごと言うジャレットの肩を俺はバシバシ叩いた。よく判らないペンネームに笑ってしまったのと、心から安心したのと、両方のせいだ。
本当によかった……本当に怖かったよ、知った顔があんなふうに倒れるのは。
しかし、そうだな。元の世界での名前が効果あるなら、俺も念のため、「杏里沙」を共有しておいたほうがいいかな? ふと俺はそんなことを思った。
ジャレットに言うのは、TS扱いされそうでちょっと抵抗あるな……レナなら……いやでも、前に言ったときは全く理解してもらえなかったんだよな……。
ジュイムの話からすると、身内でもない限り石像は発動しないってことになるから、同じ呪いがかけられることはないだろうけど。……フラグじゃないよな? 俺に姉はほんとにいないし。
「――ユウオ」
レナがそっと声をかけた。おっと、立役者なのにスルーしてて悪かった。無視してた訳じゃないぞ、ジャレットが戻ったのが嬉しくて……あと考えごとしてて……。
【ユウオは所在なげに、開いたままの扉のところで立ち尽くしていた。】
「みんな、ここから離れましょう。ジュイムはすぐに戻ってくるかもしれない」
レナが声をかけたのは、ユウオも含めてだった。
ん、んんー……どうする?
現状、別にユウオ自身は、一緒に行きたいとか言ってない。ジャレットを助けたのはジュイムに逆らったことになるだろうが、俺たちがジュイムにわざわざ「ユウオが助けてくれたんだよ」とか説明しなければたぶんバレない。
でも俺たちと一緒に行動をはじめたら、完全にジュイムを敵に回し、魔王を裏切ることになる。
「ユウオは、どうしたい?」
俺は直接尋ねることにした。
「ユウオには俺たちと……ジャレットと一緒に行きたい気持ちがあるのか。でもそれは、シュヴァルツに敵対するってことだ。ユウオも、魔王のことは、何だ……尊敬とか、してるんだろう?」
「別に」
「ええ……?」
シノンやジュイムと違いすぎる即答に、俺は脱力したような声を洩らしてしまった。




