06 あれってあなたのことかしら
「それにお前だ、勇者」
「あぁ?」
また俺かよ。
「聖剣を抜いた程度で『本物』とは。シノンの判定は大雑把すぎる」
「……舐めんなよ、俺の〈ワーストエンド〉をよ」
イラッとした。言ってやれ、『地の文』。
【〈ワーストエンド〉――魔王に絶望的な終焉をもたらすもの。】
いいぞ。
しかし、どうする、俺。〈ワーストエンド〉を抜くのはいいが、本当に人間をぶった斬れるか?「人を殺した」経験を持って、元の世界に帰る?
無理だよ。嫌だよ。でも、それしかないならやるしかないよ。ジャレットを見捨てるなんて、できる訳がない。
……いや、待て。一旦落ち着こう。
悲壮な覚悟を決める前に、俺は自分に一時停止をかけた。
そもそもジュイムを倒したところで呪いが解ける訳じゃない。少なくともそんな情報はない。『地の文』からも提示されてない。
ちゃんと考えろ。俺が目指すべきは。
ひとつ。ジュイムに解呪させる、またはやり方を吐かせる。
もうひとつ。石像を奪い取って、何とかジャレットを連れて戻り、神殿で調べる。
後者は現実的じゃない。移動魔法とかファストトラベルがあればよかったけど、生憎、ない。あるのかもしれないけど、現状では使えない。
前者だ。
シノンがさっき俺たちへのちょっかいを諦めたのは、魔王に万全の状態の勇者を届ける方が魔王を喜ばせると考えたから。
ジュイムだって魔王のためになることをしたいという気持ちは同じはずだ。でもこいつは、魔王に盾突くのがよりによって実弟であることに腹を立てて、呪いの対象にした。
しかも――ジャレットが倒れたというこの状況は、シリアス方向に傾きすぎてる。シノンのときみたいに雑な口先でどうにかなるライトなコミカルモードじゃない。
こうなる前にもっと茶化しておくべきだったが……無理だったよな、あの流れじゃ……。
【ジュイムとの間にはまだ距離がある。アーサーは聖剣の柄に手をかけながらも、唇を噛んだ。】
「それじゃあんたはどうやって判定しようってんだ? 魔王のためとかいうご高説を垂れてるが、魔王は俺を本物だと思ってるんだろ? 仲間を減らして俺の邪魔して、それでシュヴァルツは喜ぶのか?」
まだ、諦めるな。コメディに行くのは難しくても、シノンと同じ理屈を試してみる価値はある。
「僕はシノンとは違う」
くそ、答えが早い。さっきのシノンとのやり取りを聞いてたのか。
「あの愚かな淫奔のように口先を弄して追い払えると思うな」
【顎を反らして、ジュイムは唇を歪めた。】
いん……何? いんぽんって言った? 知らん言葉。でも悪口っぽいな……淫乱みたいなことか?
「おい。そりゃシノンは露出魔でくねくねとキモいが、そこまで言うことないだろ。仲間じゃないのか、一応」
ちょっとだけムカついてしまった。シノンはすぐエロに走ろうとしてドン引きだし、石像を壊したことは一生許さないけど、それでもジュイムの言い方は不愉快だった。
「仲間」
【繰り返したジュイムの眉がひそめられた。】
「冗談ではない。あの女は僕の閣下を汚す」
こいつ……同担拒否か!
だとすると、自分だけが「閣下」を判ってる、とか思ってるかもしれない。そこを何とか突けないか?
「――ああ、そう言えば、あの淫魔」
レナさん? また「淫魔」なんて、そんな言い方を……!
「あの男がアーサーを足止めするなら、その間シュヴァルツ様とふたりだけの時間ができるとか何とか……あれってあなたのことかしら」
すごい! 出鱈目! シノン、一切言ってない!
でもレナも同じことを思ったんだな。シュヴァルツを「汚されたくない」なら、シノンが、その、何だ、魔王と……ええい、「そういうこと」をしようとしてたら、阻止したいはずだ!
……するの? 魔王ってそういうこと。いや、いまはどうでもいいけど!
【レナのほのめかしを聞いたジュイムの反応は顕著だった。椅子を蹴ってガタンと立ち上がり、石像を握り締める。】
ちょ……いや、握力で壊されることはないか……。
「あなたがここで私たちを相手にしている間、シノンは魔王と何をしてるのかしらね」
「……すぐに戻る!」
【石像を手にしたまま、ジュイムはマントを翻し、奥の扉へと姿を消した。】
……ええと。マントなんか着てたんだ。座ってて判らなかったな。
ええと。「すぐ戻る」って、何? こっちが待ってる前提なの? おかしくない?
ええと……レナさん?
ツッコミが追いつきません。
「時間ができたわ」
レナは勝ち誇りもしないで、ジャレットの手を取ってる。
「でも、正直、難しい……癒やし手に可能な解呪は、人や魔物から直接呪われたものだけなの。一時的なしびれや、体力を削るもの、動きが緩慢になるような、そうしたものを癒やすなら私の分野なのだけど」
【アーサーは、かつてソルトが話していたことを思い出した。】
えっ、何だっけ? 俺は思い出せてないんだが。
【「エレナ」が石像によって呪われたとき、宿場町の医師ソルトは、呪いには二種類あると言った。人が直接呪うものと、道具を使って呪うもの。】
そう言えば、そんな話をしてた。読み返したときにもあったな。それであのとき、不吉な石像のことを思い出した俺は、診療所を飛び出したんだ。
【レナやソルトの言う「人が直接呪うもの」はアーサーにも経験がある。】
えっ、あるっけ?
【戦闘で、魔物たちが使うことのある術だ。】
あ、デバフのことか! 確かにそれならレナが解ける。でも、道具を使ったこれは違う。
「あなたが私の呪いを解いてくれたときは、本名を使ったのよね。でも、ジャレットは本名のはず……」
悔しそうにレナが言う。
そうだ、あのときは「エレナの名を使って呪われたが、エレナの本名はレナなので呪いはかかりきらない」という「真実」で『地の文』の確定を書き換えた。
でも、いまさらジャレットの本名を書き換えるなんて難しい。と言うか、実の兄であるジュイムが弟の本名を知らないはずもない。俺が強引に「ジャレットはただのあだ名で、本名は別」とか言い出しても通らない。
待てよ、本名……もうひとつの、名前……。
【しかし、アーサーは、知っている。ジャレットには、もうひとつ、名前がある。】
――そうだ!
こいつは転生者で、その記憶を持ってる! 転生前の名前があるじゃないか!
レナのときみたいに名付ければ……!?
「た……」
タカシ? タカシでいい?
いやでも、本当の転生前の名前があるはずだよな? 何で聞いてなかったんだよ、俺!
だって、いまはジャレットでジャレットもそう名乗ってるんだからそれを尊重するべきだと思って!
くっそ!
せっかく攻略法があるのに、俺はその情報を知らない。
勝手に名付けるか? ってか、そうしたら、俺が名付けたら変わっちゃう? た、タカシでいいか? ジャレット……。
「――ユースケ」
え。
「昔のなまえ。すこし似てるからって、言ってた」
この、明らかに言葉足らずの言い方は……。




