05 させないからな。絶対。
【尖った耳や爪、皮膜の翼――不気味な石像は、あのときアーサーが見たものによく似ていた。しかし、あの石像は壊れたはずだ。シノンが落下させて、「エレナ」の命を粉々に。】
言うなよ。あのときのことは思い出したくない。
「お前たちがそうして脅す通り、僕は武力に対してなす術がない。しかし、こうして仲間の命を人質に取れば、どうかな?」
【魔王の手下は、血の繋がった弟の命を盾にすることに、わずかな躊躇もなかった。】
一瞬でも「好みのキャラ造形」とか思ってしまった自分が許せない。俺の仲間に、何てことしてくれんだ!
「あの石像が最後のひとつじゃなかったのか? あんな……無茶苦茶な呪いの……」
声が怒りで震えそうになった。
本当に、とんでもなく無茶苦茶だ。
名前と声だけで、こんな即効性の……命に関わる呪いなんて、強力すぎる。
「試作品だ。古代の呪いを真似た」
【何でもないようにジュイムは言った。彼には何でもないことなのだろう。】
「呪物作ってみた」だって? それで古代の本物ばりの呪いを再現した? 何だよ、その天才ぶり……もっとほかのことに活かせよ!
「この石像の呪いについて、シノンはお前たちに何と言った? 声と名で命を吸い取る、と?」
ジュイムは石像を弄ぶ。やめろ、落として割れる高さじゃないけど……あのときのトラウマが蘇っちまう。
でも屋根の上で挑発してきたシノンと違って、ジュイムならとっ捕まえられる。
机がいくつもあるせいですぐには飛びかかれないが……何とか少しずつ近づいて。
「言っておくが、呪いとはそこまで簡便なものではない。象徴が必要だ。『当人に属していたが、その繋がりが絶たれたもの』がなければ、いくら声を像に移し、その名を知っても効果はない」
さっきから、何の説明だよ。そんな場合かよ。無視して突撃するか? いや、呪いを穏当に解く方法が判ってないんだ、情報を吐き出させるべきか?
レナがそっと俺の腕に触れた。「落ち着け、まだ行くな」ということか。確かに、せっかく情報を垂れ流してくれてるんだ、少し待ってくれ……ジャレット。
「かの老人がそこな神女を標的としたときは」
文語みたいな口調にも、さすがに突っ込む気分にならん。
「古典的に対象の『髪』を使ったと聞いたが」
え。
キショ! キッショ!!
それってレナの髪ってことだよね!? 宿のベッドとかから取って!? キショすぎる!!
レナの指に力が入った。彼女もキショいって思ってそう。俺はもう片方の手でレナの指に触れ、今度はこちらが彼女を安心させようとした。
「髪や血、皮膚のような生体を使うやり方は古い上に不潔だ」
……そういう意識はあるんか。
「幸い、僕とジャレットは同じ家に住んでいたことがあってね」
そりゃご兄弟ですもんね!?
「実家には、ジャレットが使っていた魔杖が残っていた。最強のヴォルドヴァンドを手に入れているいま、ジャレットにとってあれは過去のものだ」
【たとえ「以前の装備」に愛着があっても、性能が段違いの杖を使っているいまとなっては、かつての相棒も思い出になる。ジュイムはそれを知って、弟の「気持ち」を利用した。】
『地の文』の補足で俺はますますイラッとした。
「言っておくが、媒介の杖を探しても無駄だ。呪いはもう発動している。神女が解呪を行うにも時間がかかるな。どうする勇者、ふたりを残して閣下に単身挑むか? それともその図体を担いですごすご帰るという手もあるが?」
これは……どっちだ?
本当に媒介の杖を探すのは無意味なのか、本当は探されると困るから無意味だって言ってるのか。石像そのものを壊すのはジャレットの命に関わるが、杖の破壊はワンチャンあるんじゃないか?
【ジュイムの言ったことは事実だった。発動してしまった呪いは、媒介を破壊したところで消えない。】
丁寧に繰り返しどうも有難う!!
くそっ、『地の文』がこう言うなら事実だ。
「どっちもお断りだ」
ジュイムを睨みながら俺は言い切った。そっとレナの手を離し、落ち着いていることを知らせるように彼女に向かってうなずいて、それから続ける。
「俺たちは一緒に行くって決めてんだよ」
別行動は生存率が下がる! 主人公と離れた側の活躍の場でもあるが、演出的には勝ってもぼろぼろ、下手すりゃ敗北。
もし、俺が『地の文』に対抗できない場所で死亡確定してみろ。俺は……泣くぞ。
させないからな。絶対。
「レナ、ジャレットを」
「――ええ」
レナにジャレットを任せて、俺は一歩踏み出した。ジュイムはぴくりともしない。
いや、ゆっくりと石像を差し出す。
くっそ、厭らしい!
「人の心がないあんたでも、仲間の兄貴だ。ぶった斬るのはしのびない」
人型を斬りたくないってのは大きいけど、本当にこういう気持ちもあります。
「ひとまずその石像をこっちにもらうよ、ジュイム。取っ組み合いになったら、あんたに勝機は――わあっ、馬鹿、やめろ!」
【ジュイムが思い切り石像を振り上げた。痩せこけていても男だ。全力で卓に叩きつければ、像が欠けるくらいのことはあるだろう。腕が折れたり、頭部が取れるようなことでもあれば、ジャレットはどうなるか。】
「石像の意味を理解していないかと思ったが、そこから説明し直す必要はないようで、結構」
くそっ、座ってる高さから落とされるくらいなら平気だろうと踏んだんだけど、こうきたか。
【幾つもの座席がある教室のような部屋は、アーサーがジュイムのところへ飛び込みにくくする作用ももたらしていた。アーサーは机を蹴り飛ばすにせよ飛び乗るにせよ、ジュイムに石像を壊す隙を与える。】
「目的は何?」
レナが静かに尋ねた。
【〈白銀月の癒やし手〉は倒れたジャレットの隣にしゃが込み、手を当てて解呪を試みていたが、ジュイムの言ったように簡単には行かなかった。しかしその手を離すことはないまま、ジュイムに問う。】
「ジャレットという攻撃力を削ぐ、ということ? それともアーサーの動揺を狙っている? もっともらしいけれど、それなら何もあなたが姿を見せなくたって成立する」
【兄の姿にジャレットは動じたが、ジャレット自身を戦列から抜けさせることが目的なら、勇者の前に身を晒す必要はない。】
「ひとつには、この石像の力を試すこと」
意外にも、それとも喋りたい気持ちがあるのか、ジュイムはすぐに答えはじめた。
「生憎、古代のものほど効力はない。聞聴貝のようなものを経由しても効果が見込めなくてな。本人の感情の入った肉声が必要だった。それも肉親というのは、実験として最上だ」
「……だから、自分で? わざわざ、弟を……?」
かがんでいるレナの表情は見えないが、声に怒りのようなものがにじんだのは判る。
ジャレットの前に現れたのは、動揺を誘って呪いを試すためだって? それも、実の弟だから効果がある、だって? 胸くそ悪いってこういうことを言うんだな!
「弟だからこそ」
【兄は口の端を上げ、石像を軽くはじいた。】
「閣下にたてつく身内など……僕が成敗しなくてはならないだろう」
【ジュイムの目は病的に輝いている。呪いを試すこと、勇者の力を削ぐこと、そして魔王への忠誠心を示すこと、そのために弟を標的にして。】
さすがに引く。キモい。不気味って言うべき?
読む側としては狂信キャラもわりと好きだけど。目の前にするとこんなぞっとするんだな。
俺は鳥肌が立つ感覚を覚えて、そっと呼吸を整えた。
呑まれてる場合じゃない。




