07 勇者様の弱点は
【そのままアーサーは剣を引き抜いた! その瞬間、柄の白い石が彼の鼓動と一緒に脈打ち、刀身はまるで稲光のような閃光を発した!――かのように見えたが、気のせいだったろうか。アーサーは幻の光から目を覚まそうとばかりに、目をしばたたいた。】
……やけに簡単に抜けたな。こういうのって抵抗があったり、不思議な声が聞こえたり、抜いたら力を感じたりするもんじゃないの? 光みたいなのは感じたけど……まさか、実は誰にでも抜ける系?
「……シノン。疑う訳じゃないんだが」
俺は、シノンさんに視線を向けた。「本当に誰にも抜けなかったのか?」みたいなことを訊こうと思った。
【勇者は違和感を覚えた。】
だよな。何か変だよな?
【シノンが――笑っている。】
「……え?」
「驚いた。まさか本当にその剣を抜ける者が現れるなんてね!」
【村娘の姿をしていたものは、その口が耳まで裂けそうなほど笑っていた。】
「――魔物! 魔王の手先か!」
俺は即座に剣を――聖剣ワーストエンドをかまえた。言いたくないが、そんな場合じゃない!
「あら、案内してあげたのにご挨拶ね」
【純真な少女の面影は、もはやかけらも存在しない。人には有り得ないほど尖った耳、頭部には角のようなふたつの突起、そして腰の辺りでゆらゆらと揺れている、黒い尾。】
「心配しなくていいわ。勇者気取りはいくらでもいたけれど、ワーストエンドを抜けた勇者はいなかった。シュヴァルツ様も退屈しておいでなのよ」
ワーストエンドよりはましだし、かっこいい部類ではあるが、ちょっと定番すぎないか!? あ、そう言えば漆黒の魔王って言ってたな……。
中二っぽいのは嫌いじゃないが、「漆黒の魔王シュヴァルツ」はちょっとやりすぎと言うか、黒が重複して……俺はそこが気になって、緊張が削がれそうになった。
【以前の勇者が死んで数十年。始めの頃こそ「我こそは次の〈聖なる勇者〉である」と挑戦する者が後を絶たなかった。しかし誰ひとりワーストエンドを鞘から抜けた者はおらず――仰々しく飾られていた剣もやがて無用の長物とされ、以前の勇者の故郷たるこの村の蔵で眠っていた。】
まじか。じゃあ本当に本物。って、ここ、前の勇者の故郷なの? ちょっとエモい。好き。
「よかったわね。あなたが剣を抜けなければ、つまらない勇者気取りとしてこの場で殺しちゃうつもりだったから。あの似非神女も一緒にね」
【村娘シノンだったものは高らかに笑った。何を言っているかは判る。勇者を始末にきたのではない。魔王シュヴァルツの「暇つぶし」の相手として認める、という意】
「おっと、危ないじゃない。やる気充分ってところ?」
【アーサーは聖剣を振りかぶり、素早く魔物に切りかかった! しかし魔物は、余裕たっぷりにそれをかわす。】
――許せん。
エレナを殺そうとしていた、だと?
それに、似非だって?
「エレナは、金勘定にしっかりしてる、本物の神女だ!」
【ここまで素早くアーサーが剣を振るうとは思っていなかったのだろう、魔物は焦ったように距離を取った。アーサーは明るい茶色の目に怒りを灯し、その間合いを測る。】
「ふうん……そう。勇者様の弱点は女かな?」
【女の姿をした魔物は余裕を取り戻すと、ちろりと唇を舐めた。十代半ばほどに見えていた純朴な少女の面影は消え、成熟した女の姿であからさまほど艶を見せている。】
あ、ちょっとヤバいか?
「ふざけんなよ! そりゃ、女の子は好きに決まってんだろ!」
俺は怒鳴るように返した。
いや、これは、そうじゃなくて。
「ふうん、女全般が好きなのねえ」
【魔物はにやりとする。】
「それじゃ、いつか夜に襲いに行ってあげる。魔王様もそういうのお好きだから、一緒にお見せしましょ」
「……お断りだ」
キモ。普通にキモい。俺は内心でうげっとなった。魔王、変態エロオヤジか?
「ふふ、残念」
【ぶわり、と風が吹いた。いや魔物の背に生えた翼が羽ばたいたのだ。】
「『シノン』って名前、覚えてね! 私とヤリたければいつでも呼んでちょうだい、聖なる勇者様!」
【上空でふざけたことを言うと、女妖魔シノンは、そのまま笑って――飛び去った。】
―*―
「――アーサー」
「エレナ!?」
背後から聞き慣れた声がやってきて、俺はギョッとした。
「戦いになったら支援するつもりでいたけど、逃げられたわね」
【大きな木の影から姿を見せた神女は、嘆息して魔物の消えた空を見た。】
「あの……いつから?」
「『女の子は好きだ』」
「うっ」
俺は胸を押さえた。
「ち、違うんだあれは。俺にとってエレナが特別だなんて思われたら、エレナが狙われるかもしれないだろ、だから普遍的に女好きだと思わせようという作戦で」
「成功したみたいじゃない? 気をつけてね、夜這い」
「うう」
言い訳だと思われてる? エレナちゃんが狙われたらまずいって考えてとっさに頑張ったのは本当なのに……。俺は聖剣を杖にしてもたれかかった。
「ちょっと、剣! 本物じゃないの!?」
【エレナが厳しく声を出す。ついに手に入った伝説の剣に勇者が体重をかけていれば、文句のひとつも言いたくなるだろう。】
「お、おう。さっきの……シノンの言葉によれば、これまで誰も鞘から抜けなかったとか」
【アーサーは聖剣に無体な真似をしていたことに気づき、急いで姿勢を正した。】
『地の文』のヤツ、「ついに手に入った伝説の剣」って言ったか? じゃあ、確定? まじでこれが俺の剣になるってことか。……ワーストエンドが?
俺は思わず嘆息した。
【勇者は感慨深く息を吐き、そっと聖剣を撫でた。】
「エレナはどうしてここに? 交渉はどうなったんだ?」
『地の文』の感傷を無視して俺はエレナに問いかけた。金額交渉にしては早かったんじゃないか?
「気づきなさいよ。魔物に困ってなんかいないのよ、この村は」
エレナは肩をすくめた。
「村長の様子がおかしかったから問いただしたの。そうしたら、魔物に脅されて協力させられていたことを吐いたわ」
「ああ、そうか。そりゃよかった」
俺はほっとした。
つまり、荒らされた畑も魔物に襲われた負傷者もなく、俺もバトルをひとつやらずに済む訳だ。
俺はそう思ったが、エレナはじろりとこっちを見てきた。
「『騙された』とか思わない訳?」
「そりゃ思うさ、きれいに騙された。騙された以外の何ものでもない」
シノンさんが「村娘らしからぬ」みたいなこと言われてたのは一応伏線だった訳だ。俺は呑気に村をかばってたが。
「それにしても、ひねくれ魔王でよかったよ。普通なら、『剣を抜けた奴がいたら殺す』だろ。そうだったら普通に死んでたかもしれん」
「……私、似非神女かもしれないわ」
「は? 何だよそれ」
エレナが呟くので、俺は顔をしかめた。
「だって、あなたの方が寛容で、よっぽど聖人みたい」
そんなことを言って彼女は肩をすくめる。
「んな馬鹿な」
「誰も傷つかなくてよかった」って言ったみたいだからか? でも実際そうじゃないか。傷つく人がいるよりいない方がいい。
ああ、もしかしたら、魔物シノンに「エセ神女」扱いされたことにイラっとしたのかな? うーん、判るかも。同性に貶められるのって妙に腹立つことあるよね!
私――俺はつい、そんなことを思ったが、そっと戒めた。
いまは同性じゃないんだよなあ。
【アーサーの「善性」は、本物だった。――金にはならないが。】
[第2話「『地の文』がシリアスをぶっ込んでくる」へつづく]
勇者の秘密がこんな早々に明らかに!? まあ、キーワードに書いてあるので、そんな秘密ではなかったですね。
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第2話「『地の文』がシリアスをぶっ込んでくる」もお楽しみに!




