06 「夜」より現れし漆黒、みたいなノリ
「ご存知ないのですか? 以前の〈聖なる勇者〉が亡くなってしばらく経つので、魔王への強力な対抗者が存在しなかった。そこにアーサー様が巨大な魔物からお城を守ったということで、城下町では『新しい〈聖なる勇者〉の誕生だ』と、ずいぶん騒ぎだったと聞きますけれど」
「あー、そういうことか」
言われてみれば、城下町での「勇者様」への目線は段違いだったな。人間国宝を見たくらいのレベル。俺はただ、騒動が身近だったせいだと思ってた。
「ちょっと聞いていいか?」
「何なりと!」
「〈聖なる勇者〉って、何?」
その言葉にシノンさんは目を見開いた。ごめん、みんな知ってる前提で話してくるから、ふんわりとしか判ってなくて。
「ああ、『伝説の剣で魔王を倒す者』だろ、それはいいとして」
「それはいいんですね」
困惑したようにシノンさんは繰り返した。ごめんて。エレナには聞きづらかったんだけど、通りすがりの村娘さんなら恥のかき捨てということで……。
「アーサー様ってもしかして異国のお方?」
「まあ、そんなとこ」
異国と言えば異国だ。世界自体が違うが。
「そうなんですね! それならご存知ないのも無理はないですね。〈聖なる勇者〉はこのダイヤモンド王国に伝わるお話ですから」
そう言えばそんな名前だったな、この王国。悪い訳じゃないけど、もうちょっとそれっぽいのなかったか?『地の文』……。
「『夜』より現れし〈漆黒の魔王〉、世界を滅ぼす』。簡単に言えばそんな内容の言い伝えがあります」
「ふんふん」
中二とか言われがちだけど、俺はわりと好きだぞ、「夜」より現れし漆黒、みたいなノリは。
「その魔王に対して存在するのが聖なる光を胸の内に抱く〈聖なる勇者〉です。勇者はワースティスの鍛えた伝説の聖剣で魔王を倒す、そういうお話ですわ」
「……どんな人物か、という具体的な指定はないのか?」
異世界から転移してきた、と取れるような四行詩があったしないか? そんなふうに思って俺が尋ねると、シノンさんはにっこりした。
「人々のために魔王を倒そうとする素晴らしい志の持ち主ということです!」
ああー……ふんわりしてた。
「アーサー様は異国の方なのに私たちの国を救ってくださろうなんて、本当に〈聖なる勇者〉様なのですね!」
きらきらと目を輝かされると、対応に困る。
現状について言うなら、『地の文』に流されただけだ。俺に志みたいなものはなく、元の世界に帰りたいだけ。
そう、俺は基本的に帰りたいので、魔王を倒せば帰れるなら魔王を倒そうと思ってるが、それだけなんだ。
【アーサーは戸惑った。彼は「魔王を倒したら元の世界に帰れる」と思って行動しているのだ。シノンのような憧れを前にすると、胸が痛んだ。】
あ、珍しく一致。
【しかし彼自身が気づいていないだけで、「勇者の志」はきちんと彼の心に灯っている。この世界を救いたいという気持ちも、確かに彼の内に存在した。】
あ、またそういう……勇者だからってそんないい感じにしないでくれ、恥ずかしいから……。
―*―
「さあ、こちらです」
シノンさんが立ち止まった。
蔵なんて言うからドラマで出てくる名家にあるような一戸建て並みの建物を想像していたんだが、俺のイメージで言えばそれは「物置」だった。
いや、もっと小さい……大きめのコインロッカー、くらい? サイズ的には、剣しか入っていなさそうだ。
【それはまるで、祠だった。】
ああ! そっちかも! お堂とか。
【聖なる剣をまるで守り神のように、村の片隅に置いたのだろう。しかし、年月が経つ内にその有難みが薄れ、ろくな手入れもされていないように見えた。】
そっか……ちょっと切ないな。
【シノンは鉄の取手に手をかけ、強く手前に引いた。ギシッと抗議の音を立てながら小さな蔵の扉が開く。夕方の日差しが中に差し込み、何かがキラリと反射した。】
あれは……。
【そう、聖剣〈ワーストエンド〉である!】
判ったよ! ドヤるな!
【反射したのは剣の柄に嵌め込まれている白い石だ。宝石という様子ではないが、日々磨かれているかのように、経年を感じさせない。】
「手に取ってみてください」
シノンさんが促してきた。
「いいのか? まだ依頼を果たしちゃいないが」
「まずは確認してください。本当の勇者なら鞘から抜けるはずです」
おお、そのパターン! ちょっとときめく!
……ん、待てよ。「本当の勇者なら」?
この言い方、試したいのは……シノンさんの方ってことか?
【アーサーはシノンの言葉に裏を感じた。これは「あなたへの報酬として相応しいか確認してください」ではない。「あなたが勇者であるか確認させてください」だ。】
ここで言う「本当の勇者」って何だ?〈聖なる勇者〉ってこと?
それとも称号を持っているということ? それは確かにもらったが、剣が判定できるのか? マイナンバー制度に紐付けられてでもいるんか?
真面目に考えるなら、やっぱりさっき言ってた、志のこと? 魔王を倒すという意志が本当にあるかを見る、みたいなことか?
それとも、剣が見るのは――「運命」?
実際に称号はもらってるが、志は怪しい。ただし運命については『地の文』の折り紙付きだ。
果たして俺は「本物」か。
俺は埃まみれの鞘に左手を伸ばし、不衛生に目をつぶってぐっと掴んだ。
【力強く鞘を握ったアーサーの手に、ざらりとした砂の感触と、冷えたままの革の手触りが伝わった。】
そのまま持ち上げる。サイズはいまの剣とそう変わらないが――不思議と重く感じた。
【実際の重量は、譲り受けた幅広の剣より軽い。しかしアーサーの手には、審判の天秤の重みが加わっていた。】
くそっ、「審判の天秤」、わりと好き!
【アーサーの右手が柄にかかる。彼は息を深く吐いた。シノンも固唾を飲んで見守っている。】
ええい!
なるようになれ!




