05 いつから勇者を
【シノンの呼びかけに、古びた家々や畑から村人たちが集まってくる。と言っても声が聞こえる範囲だ、十人に満たない程度だったが。】
「勇者様だ」「本物だ!」とまるで有名人がきたみたいなテンションで迎えられるのはまだ慣れない。確かに勇者なんて芸能人みたいなものかもしれないが、俺は芸能界デビューした覚えはないんだ。
でも、たいていの町ではそんなに騒がれない。知られれば周囲が少しざわつきもするが、もちろんこの世界にテレビなんかはないから、歩いていて気づかれたり、急に囲まれたりはしない。助かる。
あれ、待てよ? さっきの酒場でも別に気づかれてなかったのに、シノンさんは何でピンポイントで俺を見つけられたんだ?
「イベント」「クエスト」的な出来事も多いが、一応何かしらの理由はあった。「噂を聞いて」とか「先ほど救っていただいたのはうちの子でして」みたいな展開だ。
その手のだと思って今回も特に疑問も持たなかったが……。
【勇者アーサーの噂はいつの間にか国中に伝わっていた。絵姿なども出回り、彼の顔かたちはかなり知られるようになっていた。】
待て! 聞いてないが!?
絵姿……似顔絵みたいなことだよな? 照れくさい気持ちと、この世界にはもちろん肖像権もない、という気持ちと、その似顔絵が売れたら何割かは俺に入ってきたりしないの?――という気持ちが湧いた。
【と言っても、シノンが彼を見つけたのは絵姿を持っていたためではない。】
よかった。恥ずかしいよ。
【そう、聖剣〈ワーストエンド〉の力だった。】
「そう」じゃねーよ! てか、その名前、まじで言ってます!?
【聖剣〈ワーストエンド〉は、魔王を倒す者を呼び寄せると言われている。巫女のような力を持つ娘であれば、ワーストエンドの力によって、魔王を倒す運命を担っているアーサーが近づいていることに気付き、接触をしてきても何らおかしくないのである。】
雑だし判りにくいけど、一応そういう設定があることは理解した。シノンさんが巫女ってことか?「のような」だから、本物の神女って訳じゃないんだろうけど。
……てか、『地の文』、妙に連発するな、その名前。
【〈ワーストエンド〉――魔王に絶望的な終焉をもたらすもの。】
う、うーん……俺が最悪の結末を迎えるんじゃなければ、まあ許容してもいいか……てか、本当に気に入ってるみたいだな。ドヤ顔が見える気がする。
『地の文』はわりと行き当たりばったりな描写をする。いまも、可愛い子を出したかったから出した、勇者が探してる剣の手がかりにしよう、アーサーの居場所が判ったのおかしいな、剣の力だったことにしよう――という感情が見えるような気がする。
もちろん、そんなことばかりじゃない。さすがにそれが日々続いたら俺も完全にキレてる。丁寧に描かれるときもあるし、ぐっとくるような一文を寄越してくることもある。
だからまだ、俺はアーサーをやってられるとも言える。
【シノンはひとりの老人を連れてきた。村の長だということだ。】
「あの、エレナ様……報酬については村長がもう少し何とかできるとのことですので、お話ししていただけますでしょうか」
「あら」
【その言葉にエレナは片眉を上げた。】
お、やる気メーターが少し上がったな。
「大事なことですので……」
がめついところは見せず、神妙な顔をする。実際、エレナは守銭奴って訳じゃなく、純粋に俺たちの財布を守ってくれてるだけだ。経済面でも癒やし手だよ。
「アーサー様は聖剣をご覧になりますか?」
「ん? そうだな」
エレナにも見てはもらいたいが、俺が先にチェックしておいてもいい。確認だけなら交渉が整う前に済むだろうし、万一呪われたアイテムならエレナを近づけたくはない。
「――アーサー様は、いつから勇者をやってらっしゃるんですか?」
【ワーストエンドは村の奥にある蔵にしまわれている。そう説明するとシノンは先に立ち、アーサーを案内した。その道すがら、そんなことを尋ねてくる。】
「いつから勇者を、だって?」
勇者って自分で決めてなるもんなのか?……世界設定によるか。俺のイメージでは「運命」みたいな感じだけど。
「あの、つまり、いつ頃から魔王を倒すという志をお持ちになったのかと」
「うーん、そうだな……半年くらいだな」
半年くらい前の、あの日を思い出す。
ある休日、俺は掃除やら洗濯やらを終えて、部屋でぼんやりと夕陽を眺めてたんだ。来週は友だちと買い物にでも行こうかな、なんて思ってた。
なのに、気づけばいつの間にかこの世界に転移していた。『地の文』が現れ、ここでは魔王が世界を脅かしていて、俺はそれを倒す勇者アーサーだと伝えてきた。……自分でまとめてても唐突が過ぎる。
「半年! たった半年でこれだけ名を轟かせておいでなんですか!?」
「あー、まあ、たまたまかな」
結構長いけどなあ、半年。でも国中に名前が行き渡るには早いか。何だろな、超当たりのCMに偶然抜擢された無名の新人みたいなところ?
【アーサーが有名になったのは、王都での活躍が大きいだろう。魔王がいつものように送り込んだ凶悪な魔物が城下町に現れたとき、彼が一刀の元に切り伏せたのだ。】
言い過ぎ言い過ぎ。あれは「転移したてのアーサーはまだ世界に馴染んでおらず、魔物は彼を認識できなかったのだ。」ってお前も言ってたじゃんよ。
それでも、簡単じゃなかった。「アーサー」は勇者として鍛えられた身体を持っているが、転移前の俺は剣道だってやったことがなかった。必死で振り回した刃がたまたま巧いこと魔物の急所を貫いただけで――『地の文』はそのとき、「そうした強運の持ち主が勇者となるのである」みたいなことを言ってたっけな。
【その評判はすぐ城まで届き、彼は王城に招かれた。】
おいおい、エレナとの出会いはカット?
さすがに無傷とは行かなくて。いまからすればかすり傷みたいなもんだけど、あのときの感覚では大怪我だった。死にそうな気持ちで傷を押さえていた俺のところへ飛んできて癒やしてくれた女神が彼女だったという訳だ。
【そして国王から直接〈勇者〉の称号を賜ったのだ。】
この世界だと勇者って称号なんだよな、騎士みたいなもんだろう。いや、一回のバトルでもらったんだから、もうちょい軽いのかも?
正直、全ての出来事が強烈過ぎて、「お城で王様に会った」みたいな大事件も印象が薄い。俺からすると「観光地で公開されてる城」や「初めて見るコスプレのうまいおっさん」みたいな感じだったしな……。
言っておくけどこれは尊敬だ。本当に王様っぽく見えるコスプレのおっさんなんてただものじゃないぞ。……これも変か。
つまり、頭では本物と思ってても「転移前の現実」の感覚でものを見てしまう癖が抜けないってことなんだ。だいぶ薄れてはきたので、次に王様に会うことがあったら今度はちゃんと「王陛下」って感じると思う。たぶん。
「〈勇者〉なんてただの称号だよ」
俺は思ったことを言った。
「俺以外にもいるんじゃないのか?」
「いませんよ!」
シノンは目を見開いた。
「〈聖なる勇者〉様はたったひとりです! 王様がぽんぽん与える称号とは違います!」
あ、やっぱりあの称号、軽いんだ。




