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敵は魔王より『地の文』だって?~勇者アーサーの不本意な戦い~  作者: 一枝 唯
第9話 『地の文』のいない世界

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06 「勇者アーサーの戦い」

 気づけば辺りはすっかり暗くなっていた。


 俺は……私は部屋の電気をつけて、スマホを充電しながら読み続けるというバッテリーによくない真似をし、途中でどうしてもお腹が空いて冷蔵庫を開け、買ってあったお惣菜の残りをチンした。

 転移した日から全く時間が経っていないみたいだ。よかった、冷蔵庫の中身が閲覧注意状態になってなくて。


 「アーサー」の物語は、だいたい俺の経験したことと同じだった。


 細かいところは違ってる。たとえば『地の文』が「アーサーは立ち上がった」と言ったあとに俺が座り続けたら、「考えを変えて立つのをやめた」みたいに追記してきたようなところは、単に立ち上がってなかった。


 エレナはアーサーに断じて惚れない、って言い切りはちゃんとされてる。よし、それでいいぞ。


 あとは……「エレナ」の本名を俺がレナから聞いてなかった問題だが、「アーサー」は神殿でそれを聞いたことになってた。

 つまり、レナから直接聞いてはいないが、「神女としての名前と本名は別」、かつ「本名に一音追加する形が基本」と聞いていた、と。


 〈月の民〉事件のとき、「アーサー」はエレナの本名で彼女を救ったのに、当の俺は本名のことなんて知らなかった。

 でもこれなら……俺とレナの間の思い出に齟齬が出ないまま、俺がレナの本名を推測できたことが自然になる。

 確かに実際、俺も神殿に同行したことはある。神官と雑談したことも。そんな話にはならなかったけど、「アーサー」はそんな話を聞いたから「知っていた」んだ。


 よかった。本名なんて大事な情報を直接教わっておきながら俺がその記憶を持たない、というのは何気にずっと気にかかってたんだ。神殿の習慣と得た知識で推測できた、って改変なら……「俺」にない記憶でもしんどくないや。


 聖剣ワーストエンドの登場。

 俺は笑ってしまう。

 やっぱり変なネーミングなのに、これのおかげでお前を見つけられた。


 シノンの描写は、ちょっとくどくなってる。エロに振ろうとした痕跡か? やめとけよ、お前の雰囲気に合ってないぞ。


 おっ、ワーストエンドの素材の話だ!「とても頑丈」ってメモだけ残されてたけど、どうなった?……え、ミスラル? ミスリルだと何かまずかったのかな?


 そのあとで、〈月の民〉事件へ……あれはいま思い返しても心臓に悪い。

 もしあのとき本当にエレナを失っていたら、俺は勇者なんてやめちゃったかも。それとも、闇落ちみたいな展開になったのかな。復讐のために……なんて。気が乗らないなあ。


 『地の文』によるラブコメ化一歩手前事件もあったっけ。「レナはお兄ちゃん大好きな妹みたいな感じ」とかとんでもないこと言い出したり。

 ここもまあ、わりとまともに書き直されてる。アーサーとレナの少しほんわかイベントだ。

 俺の記憶にあるやり取りと変わってはいない。幸い、「レナの細い喉が」とかいうキモめの描写はなくなってる。


 もしかしたら俺の見てた『地の文』は、「勇者アーサーの戦い」に、最初に書かれた文章なのかもしれないな。

 そのあと、推敲したり校正して……投稿されてる。だから俺の思い出と少し違ったりするのかも。


 ジャレットの登場。「アーサーは知らないが、ジャレットは転生者である」のくだりは残ってる。

 読者へのネタバレ、早くない? あんまり早くネタバレされるから、もうひとつ裏があるんじゃないかと俺は散々疑ったけど、結局あいつは人の好い元おっさんだった。

 あ、そう言えばあいつの兄貴のイベントどうなった? お前、「ジャレットの兄。どこかで使う」とかメモしてたのに。


 ユウオの火炎術は、かなり派手に描かれてる。で、俺たちが森林火災を消しとめた描写はやっぱりなし。まあ、大変だったけど、ストーリーには必要ないと言えばないよな。大変だったけど。


 あ、「秋波」がきた! シノンから秋波が消えた、とかって描写の意味が判らなくて、戻ったら調べようと思ってたんだった。ついでに確認……ふむふむ、「涼しい目元」から転じて、媚びるように色目を使うこと、か。だいたい合ってたな。


 ヴォルドヴァンドの杖を手に入れる辺りは、『地の文』はほとんどだんまりだったけど、いまは書かれてる。何故かジャレットの視点になってて……ああ、違うか。ジャレット視点だから、あのタイミングでは俺に『地の文』がほとんど届かなかったってことかも。


 こいつ、主人公を変えようと思ってたのか? 単に目先を変えてみただけ? まさかこのあと本当に、勇者が魔王になってかつての仲間がそれを倒す、って展開になるんじゃないだろうな。


 物語は進んでいった。

 『地の文』がいきなり「アーサーたちの戦いはまだまだ続く!」みたいなことを衝動的に言ったあとも、ちゃんと進んでいた。


 ……書いてたんだな。考え直したんだ。

 覚えのあるやり取りも多い。もしかしたら台詞だけ書いてたとか? あとから地の文を足した? そんな書き方って普通なのかな。いや、変じゃない? 判んないけど。


 シノンの下ネタ全開発言は、やっぱりお前も考えたことだったんだな……うん、ドン引きだったよ……。

 俺はちょっと目頭が熱くなった。


 あっ、出た、ルクス・アンチノミー! 光の二律背反! 聖剣の月光石から光がレーザーみたいに出て、魔物を溶かしたヤツだ。

 これもお前のネーミングだったんだな。これはわりと考えたんじゃないか?……それなら「ワーストエンド」ももうちょいいい感じにできなかった?


 当然と言うのか、アーサーが女子の姿に見えた「杏里沙事件」はない。アーサーは呪いで不調になった、という展開はある。

 あの強烈な出来事がなかったことになってるのは、何だか変な感じ。もちろん、「杏里沙」のことを書かれててもびびるけどさ!


 やがて文中では、大根が走りはじめた。

 ラクエイの登場。

 それから、シュヴァルツの。


 大げさな魔王の描写があって、「アーサー」は月光石の光で勇気を得ていた。

 でも、光の二律背反(ルクス・アンチノミー)にもシュヴァルツはわずかに目を細めただけで、「なかなかの芸だ」と。そこで「アーサー」はびびらず、奮起してた。

 俺は「黒髪であれよ!」って突っ込みで生き延びたけどな。


 それから、指輪もしっかり渡された。『地の文』の考えではもっと便利アイテムで、一気に魔王城まで移動できるという代物だった。


 ということは。


 俺は緊張を覚えた。


 もうすぐだ。

 問題のシーンまで。


 ピピッとスマホが鳴って、俺は漫画みたいに飛び上がった。ああ、日が変わったのか。そのアラームは、そろそろ寝ろっていう、自分用のお知らせの音だった。


 ……ん? 明日仕事ってこと?

 いやいやいや! 待って! それどころじゃない! いや仕事は大事だけど!

 私はまた頭がおかしくなりそうだった。


 ――ええい!「それどころじゃない」を採用! 明日がこのままきた場合、橋田杏里沙は体調不良で有休を取ります! ごめんね境井課長!


 私はお茶を注ぎ足して、残り少ない更新分を確認した。


 魔王城。

 開いている城門。

 門柱の上から笑って勇者一行に呼びかけるシノン。


 そこから――わりとどぎつい下ネタが続いた。

 え?

 何? 知らない。


 いや、待って。下ネタどころじゃない。何か……エログロって言うの? これまでやってきた匂わせどころじゃない、ストレートなエロ描写や、何か……エロ同人みたいな……。


 待って、ちょっと読むに耐えない。やり過ぎだよ、『地の文』。シノンってエロ担当かもしれないけど、「ちょっとエッチ」止まりだったじゃん……私は好きじゃないけど、ギリ、「お色気」止まりって言うか……年齢制限は全然入らないレベルだったじゃん……。


 本当に私がドン引きしてしまったところで、更新は終わっていた。

 数ヶ月前のタイムスタンプ。

 ええ……?

 何これ……?


 俺がこっちに戻る直前、レナとシノンの決戦がはじまりそうだった。


 このままだと「ここは私に任せてアーサーたちは先へ行って!」みたいな展開になると思って、俺はまずいと感じた。そういうときの仲間の生存率って、半々くらいのイメージだから。レナとそんなふうに離れたくなかったから。


 そのタイミングで『地の文』がもう全部消すみたいなことを言い出して、俺やジャレットがレナを止めたり守ったりする間もなく――俺は向こうの世界からはじき出された。


 そうだ、『地の文』は、レナとシノンのバトルを書こうとしてた。こういうのも書きたいって言ってた。なのにそれを消して……下手くそなエログロみたいなシーンに換えた……? 何で……?


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