05 いまは最悪
レ――
「レナ!」
俺は叫んだ。その叫びは妙にでかく聞こえて、俺の耳に響き渡った。
それもそのはずだ。
ここは魔王城の前みたいなだだっ広い屋外じゃなくて――
「え……」
夕暮れの日差しが差し込む、俺の……2DKの、私の城だった。
「え……」
戻った。……戻った!? 何で!?
俺、じゃない、私は自分の手を見て、身体をべたぺた触る。間違いない! 元の身体だし、元の……元の世界。
だ……駄目駄目駄目!
そりゃ戻りたかったけど、これは駄目でしょ!
最悪、魔王城に行く前ならいいよ!? 勇者がいなくなったらレナやジャレットも突入しないよ!
でも、いまは最悪じゃん!!
レナに何かあったら、俺は……!
俺はびくっとした。部屋に響き渡ったのは久しぶりに聞く音だった。
テンテロテンテンテン、と鳴っているのは……薄い小さな四角い板で……表面に見慣れない……違う、よく知ってる文字が……
着信! 私は気づいて手に取った。「出ようと思った」と言うんじゃない、ほとんど反射的な反応だった。よく知る名前からかかってきたせいもある。
「やっほー、元気? 杏里沙、いまちょっといい?」
「あ、ああ……まほ」
まほ……真穂だ。
彼女は、昔からの友だち。創作ガチ勢で、「異世界に行くにも転移とか転生とか召喚とかいろいろある」みたいな話を教えてくれたことがある。私はその辺の違いをあんまり気にしてなかったから、真穂の知識がかなり役に立った。
役に……何?
ちょっと待って、あれ、私は杏里沙で……アーサーで……。
「どしたの? すごい声。寝てた? ごめんね、いきなり電話して。やっぱチャット送るね」
「いや……大丈夫」
声。私の声だ。かすれてるけど、「アーサー」とは確実に違う。
頭が混乱しそう。でも大丈夫。理解できてる。
いや、一ミリも大丈夫じゃないけど!
「何か急ぎなんでしょ。このままで平気だよ」
平気か? 本当に平気なのか、いまの私? 私は返事をしながら自問していた。平気じゃない気がします。
「そう? じゃあ聞くんだけど、来週の日曜って空いてる?」
「らいしゅう……」
私は考えた。
「来週って、七日後……?」
「うん。そう。七日後の日曜日。イベント手伝ってもらえないかな?」
普通の返事が返ってくる。寝ぼけてるくらいに思われてそう。
「実は、売り子を頼んでた友だちが急に都合悪くなっちゃってさ。うちは全然小規模だし、あたしひとりでもいいんだけど、話し相手がいてくれたら助かるから」
「七日後……ちょっと、まだ、難しいかも……」
魔王を倒して、諸々落ち着くのに一週間じゃ足りないかも……。
私は混乱したまま、そんなことを考えてた。
「そっか、そうだよね。ごめんね、急に。聞いてくれてありがと!」
「ううん、こっちこそごめん……誰か、ほかに当てある?」
「うん、架凛ちゃんにも聞いてみる。何とかくんのライブ終わったばっかりらしいから、来週は空いてるかもだし」
真穂はそんなふうに言って笑った。架凛は真穂と共通の友だちで、推しアイドルを追いかけて東奔西走してる子だ。ジャンルは違うけど、イベントにも理解があるとか何とか。
「よかったらまた読んでよ、あたしの漫画!」
「ああ、うん……それはもちろん。楽しみにしてる」
「わー、嬉し!」
通話は切れた。
何? 何だっけ? 売り子……イベント……漫画……ああ、同人誌即売会。
そうそう、真穂はいまでこそ楽しく同人活動をしてるけど、何年か前は「オリジナルなんて誰にも読まれない」とか病みかけて、ネットに上げてた作品も全部消そうなんて言い出し――
私ははっとした。
「――あいつ!『地の文』! どこかに小説を載せてるんじゃないか!?」
私は勢いよくスマホを両手で握った。
「アーサー……勇者……主人公……」
駄目だ、検索結果がありすぎる。「勇者アーサー」は音楽関係で活動してた人がいるみたいだけど、『地の文』とは関係なさそう。
「魔王、シュヴァルツ……うう、これも多そう。シューベルトも引っかかるが!?」
レナって名前は特定が難しい。ジャレットはジャズピアニストが出てくる。どうやれば……
そのとき、閃くものがあった。
「そうだ、聖剣……ワーストエンド!」
勇者の剣のネーミングじゃない! これなら、特定できる可能性が!!
私は素早く「魔王に最悪の終焉をもたらす剣」について検索する。
「あっ……た……?」
「聖剣ワーストエンド」の語句であちこちを探し回った俺は、投稿サイトの一部にそれを見つけた。
「『勇者アーサーの戦い』……? ヤバい、いまどきじゃなさすぎる……」
シンプル過ぎるタイトル。短いってだけじゃない。何も伝わってこない。絵本とか、平成初期のジュブナイルならワンチャン存在するか。いや、もっと前かも?
あらすじは……「選ばれし〈聖なる勇者〉アーサーが、仲間と共に魔王を倒す物語!」。
ヤバい。逆に気になってきたけど、普通はスルーされそう。
私は突っ込みたい気持ちと、驚くほどの古典感に逆張り心がそそられるというのと、あとは、本当にこれが「アーサー」の物語なのか?――という不安、それとも期待で画面に触れる指が震えそうになっていた。
「第一話」をタップする。
「これは、〈聖なる勇者〉アーサーが魔王を倒す物語である!」。それはもう判ったよ!!
俺は反射的に突っ込んだ。
いた。いたよ。
こいつだ、『地の文』! この感じ、間違いない!
俺はそこから、突然異世界に転移して「勇者アーサー」となった少年の物語を……読み始めた。
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