04 フラグがめちゃくちゃ立ってて
「例の指輪は魔王への通行権ということだけれど、さすがにそのまま直通とは行かないでしょう。シノンや……ユウオとの決戦だってあると思っておくべきね」
レナが確認するように言ってきた。そうだ、ユウオ。
俺は思い出すように、頬に手を当てた。俺のすぐ横を通って敵を目指す――当たるとは限らない――ユウオの火炎の威力は、本当にヤバかった。まじで熱かった、あのとき。
「火炎対策は一応考えてあるが……できればユウオと戦いたくはないな」
ぼそりとジャレットが言った。これはたぶん「あの火炎はきついから」じゃなくて「十日間一緒に過ごしたヤツと改めて戦うのはしのびないから」だろうな。
ユウオが正体を見せたとき、ジャレットは即断してユウオからヴォルドヴァンドの杖を守ったが、あのときでもユウオ自身に術を向けることはなかった。
人の好いところを責めるつもりはない。俺だって、『地の文』のネタバレがなくてもう少しユウオと交流してたら、同じような気持ちになったと思う。
おっと、いかん。
しみじみした気持ちはシリアスにつながる。気をつけないと。
「それにしても、静かだな。俺がここまできてることはさすがに知ってるだろうに」
シノンもユウオもラクエイも、ピンポイントで俺たちの前に現れた。こっちの動向はバレバレのはずだ。
「本当に、このまま通れってのか?」
魔王城への道を明確に取りはじめたときから、魔物の襲撃はない。逆だろ普通。
「城」の規模からすると、最低でも何十人、いや、何十体? それくらいは魔物がいそうだ。魔物たちの暮らしぶりは判らんけど、もし使用人みたいな連中もいるなら何百体とか?
バトルに出てくるタイプばかりじゃないだろうし、シノンたちはどいつもこいつも消耗戦を仕掛けてくるような性格じゃないが、本拠地を守るとなれば判らない――みたいなことを一応考えてはいたんだ。でも総攻撃みたいな気配は全くない。有難いけど不気味でもある。
「門が開いてるのも余裕ぶってて腹立つな」
ジャレットが指さした通り、鉄格子みたいなでかい城門は開かれてた。あれが閉ざされてたら一生懸命開けるターンが生じる訳で、それを思うと助かるんだが、やっぱ不気味なのはそれはそう。
「妙にきれいね、前庭」
レナが顔をしかめた。門の向こう、城の入り口――ここも扉が開いてる――までの広い空間は、まるで何とか宮殿のめちゃくちゃ手入れされてる庭園くらい華やかだった。
ただ、見たことのない植物ばかりで、城同様に日が当たっておらず……きれいではあるんだけどかなり「異物」感がある。
それでも、魔王に「美」を愛する心がある、みたいなのもちょっと怖いよな。
「指輪の力でも何でもいいが」
俺は辺りを見回した。
「案内人のひとりもいないのか? 勝手に入って宝箱漁っちゃうぞ」
コミカルを意識して俺は茶化した。と、ジャレットが呆れた顔を――。
「アタシが案内してあげましょうか、勇者サマ?」
しまった! 俺がシノン登場のフラグを立てた!
「……相変わらず露出が高いな」
ごく短いスリップドレスみたいなのを身につけ、城門の柱に座ったシノンはわざとらしく足を組み替える。俺が純真な青少年だったらちょっとドキドキしてしまうところだ。
「あら、第一声がそれ? 全く気にしてないのかと思ってたわ、ちゃんと見てたのねえ、オトコノコ」
語尾にハートがつきそうなノリで、シノンが笑ってくる。確かに、『地の文』のヘキに突っ込んではいたが、直接言ってはいなかったな。
「ほんとは興味あるのね、安心しちゃった、フノーの勇者様なんて格好つかなくない?」
フノーって何だ? 不能? 能力がないってこと? この文脈で言われる能力ってのは……つまり……。
「キモ」
俺はいつも思っていたことをストレートに言ってやった。シノンはきょとんとして、少しむっとした顔をする。珍しい顔だ。いつもつき合って何かしら返事をしてる俺が対話を拒否したからだろう。
「いいわ、そういう態度なら」
シノンは唇を舐めた。
【シノンは舌なめずりをした。】
……え?
【彼女の魅力に靡かない生意気な勇者にお仕置きをしてやるなら、いまが最後のチャンスだ。】
えっ、『地の文』!? おま、戻って!?
で、でもいまじゃない、いまじゃないよ、いま忙し
「アーサー、下がれ!」
ジャレットの言葉に
【ジャレットの指示にアーサーが素早く飛び退ったのと、シノンが振った手から放たれた雷撃が彼のいた場所を撃ったのは同時だった。】
『地の文』の描写が一瞬より短い時間で脳に入ってくる。久しぶりの感覚だ!
嬉しいような、でもいまは困るような、ややこしい気持ち。俺がひとりで考えごととかしてるときに戻ってきてもらえなかったか!?
「焦った顔。可愛いわね。でもアタシを抱く気がないニンゲンなんて存在価値がないの。死ぬ?」
【シノンはまた手をひらひらと動かしはじめた。ジャレットが対抗しようと杖をかまえる。アーサーは】
「言うことが極端!」
俺は突っ込んだ。シリアスは駄目!
「いいかシノン! 人間の魅力は性的なものだけじゃない! 多様性を大事にしろ!」
【アーサーは支離滅裂なことを言った。】
うう、それはそう。
「大丈夫かアーサー」
「混乱の術なんかはかかってないみたい」
ジャレットとレナが背後で囁くのが聞こえた。うう。で、でも何とかコミカルに……いや、『地の文』が戻ってきたんだから、コメディで生き延びようとしなくてもいいのか?
【シノンの〈雷疾風〉がアーサーを狙う。】
でもシリアスで雷撃喰らったら、まじで焦げるのでは!?
前回は痺れのデバフくらいだったけど、あれは屋内だったし……ワーストエンドで防げるか!?
――防ぐ! 防いでみせる!
俺は勢いだけを信じて聖剣を抜いた。叩き切る!
【魔物の生み出した白い雷弾がアーサーを撃った。いや、勇者は聖剣〈ワーストエンド〉をかまえたかと思うと、それを無謀にも正面から両断しようとした。】
無謀だよね!? 自分でもそう思う!
【雷弾はふたつに割れるようなことはない。しかしその瞬間】
両手にビリッときた! あれだ、ひじをぶつけたときみたいなヤツ。でも、俺は剣を落とさなかったし、雷弾とやらは
【まるで打ち返したかのように、雷の球はシノンに向かって反射した!】
え、なに? 跳ね返した?
【シノンは驚愕を顔に浮かべ、すんでのところでそれを避ける。その長い髪はわずかに焦げ付いたようだった。】
「やるじゃない、アーサークン。シュヴァルツ様が目を掛けるだけあるわね」
目を掛けられてるの?
面白がられてるのとちょっとニュアンス違うけど?
「いいわ、それだけできるなら合格にしてあげる。ただし――」
シノンの目が、レナに向いた。
「そこにいる似非神女は、ここまでになさい」
――ヤバい!
「黙って聞いていれば、何度も似非、似非と」
レナが低く呟いた。
……レナさん?
「はっ、何が聖なる力ですって? 神殿に籠ってべらべら呪文の練習してただけの女が、アタシや魔王様に対抗できると思ってるだけで虫唾が走る」
「言ってくれるじゃない」
あからさまな挑発に、え、乗せられるレナじゃないよね? え?
「やってみましょうか?〈白銀月〉の名は伊達じゃないの。あなたみたいな淫魔を蹴散らすくらい、片手でできるわ」
レ、レナさん!? 淫魔なんて言い方しちゃう!? 似非って言われてたのそんなに腹立ってたの!? 片手でやれるとか、フラグが過ぎる! 危ない!
「アタシ、アンタみたいなおキレイちゃんは嫌いなの。この世で自分たちだけが清く正しいですぅって顔して」
「は? 神殿の、常軌を逸した、人権侵害寸前の修業を超えてきたこの私を舐めるんじゃないわよ」
レナさん!? そんな話、初耳ですけど!? ってかこの世界って、人権の概念あるの!? 思ったより進んでた!
と、とにかく駄目駄目、フラグがめちゃくちゃ立ってて危ないから――。
「レナ! 下がって――」
【こういうのも書きたかったけどさ】
ん?
【終わらせるって決めたのに】
……『地の文』さん?
【もうやめよ。どうせ誰も見てない。】
何だって?
【取っておいたから未練が出る。全部消そう】
シノンが何か言ってる。レナも言い返してる。何だ? よく聞こえない。ジャレットがレナを押さえて下がらせて……俺は、聖剣を
【今度こそおしまい】
そのとき、その不吉な言葉と同時に、世界は――電源を切るより早く、暗くなった。
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