03 そのためなら、俺は
そのあとも、木々が踊り出したり、雨が噴水のショーみたいにうねったり、住民の語尾が「ぴょん」になってしまう村が出たり、いろいろなことが起きた。
まさか俺が「コメディで行こう」と決めたせいじゃないと思うんだが、だいぶコミカル寄りだ。
旅の商人にそれとなく聞いてみたところ、異変は広がってるみたいだった。「魔王城から広がってる」という噂になってるようで、本当に俺のせいならシュヴァルツに少し悪い……いや悪く思う必要はないな。
そもそも、暇つぶしで街に魔物を送り込んでくるようなヤツだぞ。普通に害悪じゃねえか。
魔物の襲撃は、俺が倒したとき以前にも何度もあって、大きな被害も出てるって聞くし……異変との関係がどうであろうと、あいつはさっさと倒すべきだな。
「最近すっかり調子がよくなったわね。呪いの影響が抜けたのかしら」
「ああ、もう大丈夫だ。心配かけたな」
レナの香油をつけるようになってから、例の不調はすっかりなくなった。問題だったメンタル面も、方針を定めてからはほとんど問題ない。
実際、ユウオの妖力か何かは判らないけど呪いみたいなものはあって、その魔は聖女様のおかげで祓われ、『地の文』不在問題の影響について考えちゃう癖は、コミカル方面に走ると決めてから薄れた気がする。
やっぱり方針を決めることは大事だ。ジャンルが揺れるのはよくないよな。
「絶好調って感じだよな。でも妙にテンション高いときもあるが……無理してないよな?」
気遣い魔人が尋ねてくる。うっ、確かにときどき、雑なツッコミをしてるかもしれん。
絵の蛙が動くのを見たときは、「洗剤のCMかよ!」って言ってしまってレナに首をかしげられ、ジャレットからは「もともとはアニメ、いや漫画かな」とか囁かれた。アニメだったんだ、Tシャツの蛙が跳ねてるヤツ……。
「まあ、意識的に気持ちを高めていってはいる」
俺はいい感じに言ってみた。ジャレットは「メンタルコントロールができてるのは立派だ」とか何とか返してきた。お前は上司か。
「ここまでくると魔王城も目と鼻の先だ。俺としてはさっさと乗り込んじまいたいと思ってるけど、ふたりはどうだ?」
まるで、ちょっとした依頼を早めに終わらせたいと思っているかのように訊いた。わざと軽く言っているところはある。
それは、深刻にしないことでジャンルをシリアス寄りにさせないためと、俺が怖れていないことをふたりに示すため、それから――もうひとつある。
もし、全部が巧く行って魔王を倒せた上、俺がそのまま元の世界に帰るのであれば。
レナと……お別れだ。……あ、ジャレットとも。
嫌だよ、せっかく仲良くなった友だちともう二度と会えなくなるのは。でも、そうしないと俺は元の世界の友だちと二度と会えないんだよ。何だよこの二択。悲しいよ。
だから、異変のことは……もしかしたら、いい理由だ。
俺がこの世界にいちゃいけないのであれば、帰るしかないから。
……みたいなことを考えるとシリアスになるから! 考えない! よし! メンタルコントロール!
「アーサーさえ大丈夫なら、私は異論ないわ。とっくに覚悟の上だし」
「俺もだ。ここで尻込みするようなら、最初から仲間になってない」
頼もしい仲間たち。そうだよな、命がけなのは最初から承知で、バトルだっていつも危険と隣り合わせだった……いや、駄目駄目、真面目に回想しちゃ駄目だ。
下手に「いい仲間たちの思い出」を出すと、変なフラグになるかもしれん。
ここは、気楽に。コミカルに。
「決まりだ、さくっと終わらせちまおう。俺たちなら簡単にやれるさ!」
にやっと笑って言ってみせると、一瞬、ジャレットが不安そうな顔をした。え、何で?
「……フラグ立てんなよ、お前」
小さく囁いてくる。あっ……言われてみれば、これは「油断した勇者が次の強敵に逆にさくっとやられる流れ」だったかもしれない。
ギャグ漫画なら、激しく出血しながら「あー死ぬかと思った!」で済むが、そこまでは振り切れてないもんな。普通にシリアスモードに切り替わる危険性がある。
「本気なら、最後の準備を整えましょう。魔王との一騎打ちに持ち込めれば〈聖なる勇者〉は必ず勝利する。ジャレットと私は、それを全力で支えるわ」
「おう。ヴォルドヴァンドが砕けるまでつき合ってやる」
ふたりはにこやかに言うが、俺は表情が引きつりそうになった。「仲間がひとりずつ倒れていく展開」を想像してしまったからだ。
――レナはもちろん、ジャレットのことも守りたい。
そのためなら、俺は……シリアスは駄目、シリアスは駄目!
気を取り直して……そう、そのためなら俺は、シュヴァルツにも直接ツッコミを入れてみせる!
―*―
遠くから見た魔王城は、岩だらけで何となくいかつい城、くらいに見えていたが、近づいていくと「禍々しさ」みたいなものが感じられるようになった。
別に、装飾が不気味だとか言うんじゃない。ガーゴイルが門番をしている様子もなくて、見た目だけなら「ヨーロッパの頑丈な城」ってイメージだ。
ただ、何となく直視したくないとか、暗く見えるとか、足元が冷たい感じがするとか……曖昧な言い方になるんだが「不吉」な印象がすごくある。魔王の指輪に感じたのと似た雰囲気だ。
「……光が当たっていないのね」
レナが呟いた。うん?
「空は晴れているのに、魔王城には日射しが当たっていない」
「んな馬鹿な、と言いたいが……言われてみれば、確かに、城壁の向こうだけ夜みたいだ」
暗く見えたのは俺の感情の問題じゃなくて、光を反射していないからなのか。
気づいて、俺はちょっとぞっとした。これは異変とかじゃなくて、魔王の力とか、魔界の影響とかなんだろう。〈漆黒の魔王〉ってのは、適当な呼び名でもないのかも。
駄目だ、気持ちで負けるな、アーサー。
金髪のシュヴァルツに、漆黒感が一切ないじゃねーかと突っ込んでやる気力を忘れるな。
俺は自分に言い聞かせた。
「物理法則が違うとしたら気になるところだな……俺の風術は別に光や影に影響されないが、ワーストエンドの……聖剣の光はちゃんと効くのか?」
ジャレットが嫌なことを言う。重要だが。
「もちろん効くわよ」
レナが当たり前のように言った。
「あなたね、〈聖なる勇者〉と聖剣を何だと思ってるの?」
「何って……」
ちらりとジャレットが俺を見る。俺も知らんが――いや、『地の文』が言っていたことがあるじゃないか。
「俺は、魔王シュヴァルツに最悪の終焉をもたらす男だよ」
不敵に言ってにやりとして見せた。またジャレットが不安な顔を……あれ? これもフラグ?
いや、『地の文』が〈ワーストエンド〉に対して言ってたことであって、俺が自称してる訳じゃないんだが……!
ジャレットに中二だと思われた気がして、俺は少し顔が熱くなった。お前だってバギクロスしてたくせに!
「アーサーも油断しないでね」
レナがぴしゃりと言ってきた。うう、調子に乗っているように取られてしまった……これはちょっと悲しい。




