01 叩き返そう
「魔王に会ったぁ!?」
「声がでかい!」
俺は慌ててジャレットを制した。いくら宿屋の部屋のなかで話してるとは言え、防音壁なんかじゃないんだし。
とは言え、驚くのも当然だ。レナも厳しい顔をしてこっちを見てる。
「参ったよ、やべえ存在感だった。身の毛がよだつ、ってああいう感じを言うんだな。……正直、あの場で漏らさなかったのは奇跡かも」
ぼそりと俺がつけ加えると、ジャレットが顔をしかめた。
「お前……女の子がそんなこと言うなよ」
「は!?」
「あ、違ったわ、どうもあのときの幻影がちらついて」
「殴られたいか」
拳を握ってみせると、ジャレットはわざとらしく首をすくめる。……冗談を言ってるのか本気でTSを疑ってるのか、どうもはっきりしない。追及したくはない。
「指輪には元来、契約の意味があるのよ。指にはめてないでしょうね」
レナが真顔で言ってくる。俺はひらひらと手を振った。
「やってないよ。契約どうこうより、気分的にやりたくない。だいたい受け取りたくもなかったが」
あのあと、ラクエイが俺に指輪を差し出しても、俺は拒否した。当然だろ? そんな、魔王の配下のしるしみたいなもんを勇者が受け取れるか。
でもあいつ、「魔王様はおいらに、あんたに渡せと命令した」「従えなかったら罰がある」「おいらを助けると思って」と……いや魔王の精鋭を助ける理由も俺には全くないんだが!?
ただ、「返すなら自分で返せ」と言われて……そこだけは納得してしまったんだ。考えてみたら、勝手に渡してきたもんを何でそんな真っ当に返さなきゃならんのだ、と思うが……あのときはつい、ラクエイの勢いに押されて。
「何なら売れるんじゃないか? 小さいけど宝石がたくさんついてるし、装飾も細かい」
気楽なふりをして俺は魔王の指輪をつまんでみせた。わりとゴツい。男性用の指輪って感じ。
黒っぽい金属でできてて、鈍く光ってる。何だろう、チタンに似てる? 上下の円周につる草みたいな細かい模様があって、真ん中の溝には小さな黒い宝石がぎっしり並んでる。温度は少し冷たい。サイズはたぶん、いまの俺の人差し指くらいかな。
個人的には好きなデザイン。もし露店とかで売ってたら、ちょっと気になってちらっと見ちゃうかも。
なんて俺は呑気に思ったが、レナは首を振った。
「駄目よ、そんな禍々しいものを世に出したら」
「……仰る通り」
魔王の指輪なんてワーストエンド以上の「呪いのアイテム」かもしれない。転移前の世界にも「呪いのエメラルド」みたいなのあったもんな。エメラルドじゃなくてアメジストだっけ? 所有者が次々不幸な目に遭うみたいな。
やっぱり放流しちゃ駄目だな。叩き返そう。
そう心に決めて、俺は指輪をポケットに放り込んだ。
落としたりしないよう、あとで小さな袋でも用意して荷物に入れておくか。何で勝手に渡された指輪にこんな気を遣わなくちゃならないんだ。
「魔王……てか、配下のラクエイって小鬼が言ってたことも問題なんだ。最近の異変は、俺を中心に起きてるって」
その情報もふたりに話すことにした。『地の文』不在のために世界がずれてきてる、というのが俺の仮説だが、これは説明しづらい。でも、起きてることはふたりにちゃんと知ってもらいたい。
「それは『魔王の仕業』じゃないのか?」
勇者の周辺に何か仕掛けをしたのでは、とジャレットは考えたようだ。俺は首を振る。
「あいつは、そんな小細工はしないと思う」
あの魔王が「勇者を中心に異常事態を少しずつ起こし、周囲から疑われるように仕向けて、勇者の心を折る」みたいな悠長な作戦を採用するとは思えない。
だって、どう見ても向こうが圧倒的強者だし、そもそもそんなじんわりした展開、暇つぶしにはならないだろう。
「魔王その人じゃなくて、配下たちは?」
「それも、これまでの傾向とも違う。なんて言うか……連中はもっと雑」
「本物の勇者」判定するために「本物の聖剣」まで俺を案内したシノン。〈月の民〉騒動のときは、「人間の作った呪物」にただ乗りした。
ユウオはジャレットの加入への対抗で、杖の奪取も力ずくの計画。ああ、俺への呪いは比較的悠長な計画だったのかな?
道中のエンカウントは純粋なバトルで、シノンが姿を見せたときも、特殊な作戦みたいなのはなかった。
ラクエイは「婆さんが勇者を一目見たいと」とか言ってきて……俺がお婆ちゃんっ子でなければ一蹴して終わってたはず。
「そこを踏まえると、やっぱりそんな回りくどいことはしなさそうなんだよな」
「場当たり的な行動が多いわよね、判るわ」
唇を歪めてレナが同意してくれた。ジャレットは「そうなのか……」と落胆したみたいに小さく呟いてる。頭脳派揃いの魔王軍の方がよかったのか? 知略巡らせてこられても困るだろ? 脳筋寄りの方が助かるわ。
「ただ、その小鬼の言ったことが事実だとするなら、何故そんなことが起きているのかしら」
あー、当然疑問に思いますよねー、そこ。
「魔王のせいじゃない、とするなら、ちょっとした心当たりはある」
ジャレットが軽く手を上げた。おい、変なこと言うなよ?
俺が軽く睨んだのに気づいて、ジャレットはにやりとしてみせた。……「判ってるよ、安心しろ」なのか「いまから爆弾発言をしますね」なのか判らん。
「レナはユウオが何らかの呪いを残したと見てるよな? 実際のところ魔除けの香油は効いてるようだが……それとは別に、もし以前からアーサーにあったものが原因だとしたら?」
「最近発現した、と?」
「可能性だけどな」
「俺が昔から呪われてたって言うのか?」
ジャレットが何を言おうとしてるのか見当がつかなくて、俺は探りを入れた。
「勇者の運命なんて、ある意味呪いみたいなもんじゃねえか?」
「うっ」
にやっと笑ってジャレットは俺を見た。そうかも。ちょっと納得しかけた。
「聖なる使命についてそんなふうに言うのは聞き捨てならないわね」
「あっ、すんません姐さん!」
慌ててジャレットは姿勢を正す。
「――それに、アーサーがその使命をまっすぐに果たそうとしている以上、茶化すのは私が許さない」
「……まじ、すんません」
おどけた謝罪からガチの謝罪になった。
……レナ。最高の聖女様。うう、泣きそう。
「本当に悪かった、アーサー。お前の運命を呪いだなんて言って」
気遣い魔人は俺にもしっかり謝ってくる。俺は手を振った。
「全く気にしてない。気にすんなジャレット。レナ、有難う」
俺は本心の開示とフォローと感謝を素早く続けた。黙ってることもあるんだ、気持ちくらいは正直に伝えよう。




