06 「倒してみる」と
「それにしても魔王も、妙なことをはじめたものですなあ」
道すがら、お爺さんは昨今の情勢を語りはじめた。ちょっと胸が痛い。
「長らく、王都やその周囲の大きな街に魔物を送って騒動を起こすばかりで、魔王城に近いこの付近はむしろ何もなかったくらいでしたが」
「そ、そうだな……」
俺のせいなのか? いや、確定じゃないが……。
とにかく魔王を倒してみるしかない。魔王がいなくなって、かつ、俺が帰れれば、どっちにしろ異変はとまるはず!
最悪は「俺が次の魔王」パターンだけど、それは何とか回避したい。
「勇者様はどう思われますか? さっきも、大根が走って行きましたが」
「……見たことあるな」
SNSで。二股に分かれた、走り出しそうな大根。あれが実際走ってるのか、いまのこの世界では。
「とにかく魔王を倒してみるさ。それでもし止まらなければ、ほかの手を考える」
俺は思っていたことを素直に言った。お爺さんは少し笑った。
「『倒してみる』とは、なかなか剛毅でおいでだ」
確かに「試しにやってみるね」みたいなノリでやるもんじゃないよな、魔王退治。俺はごまかすように一緒に笑って、それから辺りを見回した。
「爺さん、家はどこだ? このままだと町を離れて」
「ほんと、ジジババに弱えんだな、おもしれー。シノンの言った通りだ!」
俺は即座に聖剣を抜いた。
お爺さんは向こうを向いたまま肩を震わせている。いやもちろん、お爺さんじゃない。
「俺の敬老精神を利用して連れ出したのか? いい度胸じゃねえか」
小柄なお爺さんは小鬼めいた風貌になった。戻った、と言うべきだな。
これまで散々倒してきたヤツらとは少し違って……人語を話すのと、頭身が人間に近いのと、あとツノがでかいところから「上位種」みたいなヤツっぽい。
「魔王様を『倒してみる』たあ、不遜で結構! 魔王様はそういう大胆な勇者の方がお好きなんだ」
「は、余裕だな。俺が面白いかどうかを確かめるために倒されにきたのか?」
レナなしのバトルは初めてだ。しかも、もしかしたら中ボス級じゃ?
でかい攻撃を喰らうとヤバい。俺は慎重に間合いを測る。
「おいおい舐められたもんだなあ。おいらはな」
まさかとは思うが、今更四天王とか言い出さないよな? てか、「おいら」?
「魔王様直属の立派な精鋭だぞ!」
……まあ、四天王ってことでいい?
しかし、これだと人数が判らなくて不便だな。「四天王」っていいシステムなんじゃないか?
「精鋭とか自称して一番手にくるヤツは四天王のなかでも最弱って決まってんだよ」
俺は煽ってやったが、別に決まってはいない。演出上、そうすることが都合いいだけで。逆にそれを踏まえて初手で最強持ってくるみたいな流れもなくはないし。
「まあまあ落ち着きな、アーサーちゃん。四天王だって? ああ、そうだとも、おいらは――その五本の指に入るぜ」
ニヤリと言ってきた。……こいつ、ギャグ枠?
「こちとらアンタと話にきただけ。シノンやユウオみたいによ」
「仲良くお喋りした覚えはないね」
シノンとは「仲良く」、ユウオとは「お喋り」の覚えがない。
それにしてもやたら芝居がかった言い方してるな、こいつ。「おいら」と言い、時代劇かよ? あんま見たことないけど。
「冷たいこと言うなよ。仲良くしようぜ。おいらはラクエイだ、覚えといてくれ」
小鬼の上位種、ラクエイはにやにやと言った。優位を確信してるヤツの顔つきだ。イラッとする。ギャグ枠のくせに。
「――で? どうやってこの異変を起こしてるんだ、勇者様?」
そこに、とんでもないクリティカルがきた。俺はぎくっとしたのを隠せなかった。
「な、何だって?」
何とかごまかそうと、思いがけないことを言われたふりをする。
「人のせいにするのか? それも勇者の俺のせいに?」
演技はまあまあ巧くなってきたと思ってるんだが……通じるか?
「ふぅん、自分のせいにするなって言って魔王様のせいにするのか。小癪だなあ」
「小癪」て。
ラクエイの語彙が独特で、どうも気が削がれる。でも逆に、緊張もほぐれるな。
「お前たちのせいじゃないってのか? まあ、魔王の仕業っぽくはないけどさ……」
大根を走らせる魔王様はどうにも威厳がない。シノンによると魔王シュヴァルツは退屈してるって話だが、暇つぶしにしちゃ可愛らしすぎる。
「かと言って、何で俺のせいになるんだ? 無茶苦茶だろ」
演技と言うよりは、誘導……のつもり。実際、俺のせいだと確定してる訳じゃない。だが、こいつが俺の知らない何かを握ってる可能性がある。だから「勇者のせい」だなんて。
「外から見てりゃ丸判りよ、アーサーちゃん。異変の発生地点はあんたらと一緒に移動してるからな」
「んな」
まじ? それが本当なら、やっぱ俺か……? ジャレットの可能性もなくはないが……だって、転移者と転生者なんてふたりも揃ってることを思うと、まあまあ異常だよな。『地の文』がそこを調整してくれてたとしたら、やっぱり……。
俺は何度も考えたことをまた考えてしまう。
ええい、駄目だってば、暗いことを考えるのは!
よし、ここは勢いで!
「――だとしたら、それは俺がまだ魔王を倒してないからだ!」
「はあ?」
俺の思いつき、もとい、前向きの台詞にラクエイは口を開ける。意味判らんよな、それはそう。俺も判らない。
「いいか! 俺が魔王を倒すのが正しい! でもちょっと時間がかかってる! だから、その、世界がちょっと暴走してるかも! でも魔王を倒せば大丈夫! 全部解決!」
「……どした? アーサーちゃん。世界の暴走? 意味不明だけど」
ええい、『地の文』! 本当にもう書く気がないのか!? 俺がこんなめちゃくちゃを言えば、お前はどうにかして整合性を取ろうとしたじゃんか。たとえ「アーサーは動転して無茶苦茶なことを言った」でもいいから何か言えよ。
俺はいきなり湧いてきた、怒りみたいな感情にまかせて続けた。
「シュヴァルツに言っとけ! 俺はこのまま魔王城を目指してお前をぶっ倒して――」
「『倒してみる』と?」
そのとき、俺は一瞬で飛びすさり、無防備にもラクエイに背中を向けた。
それでもいい! こいつに背を向けてるより、ずっと!
雑な煽りを投げつけようとした俺の言葉を奪ったのは、俺の背後にいた、いや、一瞬で現れた――。




