05 その兆し
ただ――。
ジャレットの言動からしても、ズレはじめてる気がする。『地の文』の描いてた世界と、だ。
『地の文』によればアーサーの転移前は「少年」。
いままでは、その点が「私」と違っても特に問題はなかった。俺が内心で突っ込んでただけだ。
でも、いまや、『地の文』の描写からズレてきたのが俺だけじゃない。引っかかったのはこれだ。
『地の文』のセルフ打ち切りによって、「アーサーの転移前」が揺れはじめた。俺は元の姿を見せ、レナもジャレットもそれを認識、ジャレットに至っては真実に気づきかけてる。
問題はその「真実」。
「私」のことは、『地の文』には存在しなかった真実。
だからこれは『地の文』がいない影響、そこは間違いないと思う。
ただこれまで思っていたこと――『地の文』とこの世界が強烈にリンクしているという考えは、少し違うかもしれない。
もしかしたら、これは逆と言うか……『地の文』の書く主人公、勇者アーサーといちばん強くリンクしてるのが俺……なんじゃないか?
だって俺――私が転移前は女だという、そこだけ、設定が大きく違う。俺が「この世界の勇者」として紐づけられた理由には、「操作キャラにアーサーと名付けがち」くらいのことしか思い浮かばないが、とにかく俺は『地の文』の小説を乱す者とも取れるんだ。
あいつがいる間は整合性が取られたが……いない間は、俺が何をやってもあいつは修正してこない。
これって、もしかしたらこの世界にとって、あまりよくないことだったりしないか?
本来なら、「アーサー」は転移前も男で、ジャレットもこんな気遣いはしなくて……。
じゃあ、このまま進んだらどうなる?
『地の文』が修正しない世界は?
――その兆しが、少しずつ見えはじめた、のだろうか。
「この先で土砂崩れが起きたらしい」
ジャレットが噂を聞いてきた。
「何でもこの辺じゃ滅多に降らない大雨があったんだと。……怖えな」
もしかしたら俺たち――俺とジャレット――は、その辺の住民より災害への解像度は高いかもしれなかった。何しろ各地のしんどい映像をテレビやらネットやらで見てるからな……。俺も真顔でうなずいた。
「被害は? 救助の手伝いが必要なら俺たちも」
「ああ、人の住んでないところだからそこは大丈夫だそうだ」
「そちら側なら私たちの道行きに影響はなさそうだけれど……本当に手は要らないのか、念のため確認してみましょう」
はじめは、そんな感じだった。
「あんなに降ってたのに、川が干上がったらしい」
「道の途中に突然、山ができたんですって……そんなことあるかしら」
「魚が空を飛んだってよ」
「猫が喋ったと聞いたわ」
深刻な話から馬鹿馬鹿しい話まで、「有り得ないこと」がどんどん聞かれ出した。
「魔王の仕業だ」
人々が噂してるのを聞いた。
「〈聖なる勇者〉様! 早く魔王を退治してください!」
俺たちを知って、直接言ってくる人も出てきた。
「魔王め!」
……もしかしたらこれについては、シュヴァルツも冤罪かもしれない。
数々の異変は、「俺」がここにいるせいかもしれないから。
……もしかして、アレか? 魔王を倒した勇者が次の魔王になる系……まさか、その手のヤツ? 俺がやがて倒されて、ようやく世界が平和に? まさか、俺を倒す勇者がジャレットだったりしない?
俺は、好きです、その手の展開。かつての仲間に倒される、元勇者の魔王。でも俺自身が闇落ちは嫌だよ! そりゃそうだろ!
まあ、本気でそれを案じてる訳じゃない。
ただ、ちょっと前……ワーストエンドを手に入れる直前くらいかな。近頃、あのとき『地の文』が言ってたことを思い出す。
「勇者は精神的に疲労していた」みたいなヤツのこと。
あのときは「え?」って感じだったけど。
最近は、そうかもなって。
いまの俺には、どれが演出で誰がモブか、どれがほんわかエピソードで何が重要な伏線か、さっぱり見分けがつかない。
もちろん、普通はそれが当たり前だ。人生じゃ、誰も背後でネタバレ解説なんてしてくれやしない。
でも、勇者としてやっていくのには、すごく助かってたからさ。
『地の文』が姿を消して、もう――三十日。
俺たちはダイヤモンド王国の北端に近づき、世界では珍妙なことが起き続けた。
街道の魔物はバカスカ襲ってきて、俺たちに傷痕と魔石を残した。
レナの香油はまじで効いた。プラセボ効果じゃないと思う。いや、思い込みだとしても効いたならよくない?
そのおかげでかなり調子を取り戻したんだけど、『地の文』と世界と自分のことが気にかかってる状況じゃ、完全に本調子とは言えない。
この部分はレナの香油でどうにもならない点なんだけど、彼女はずっと改良について考えてくれてて、申し訳なくなる。
俺は「もう充分だよ」って言ったんだが、「神女としての使命だから」と返されたら受け入れるしかなかった。
「勇者様勇者様、うちで飯でも食っていかんかね」
いろいろと頼みごとをされることが増えたが、これは珍しい。そのとき、俺は思わず足をとめて、声をかけてきた老人を振り返った。
積極的なお爺さん、となると、〈月の民〉〈日の民〉事件を思い出して警戒しちまうんだが、あんなこともそうそうないだろう。
「気持ちは嬉しいけど、爺さん、先を急ぐんだ」
「魔王城へ行くのかね」
「勇者の務めだろ?」
にやりと返す、この辺のやり取りは慣れたものだ。俺はいつも通り、しっかり役割を演じた。
「神女様と術士様もいるんだろう? 拝ませてもらえんか」
「いやー、そういうのはちょっと」
これは慣れない。神様をやる予定はないんだ。
「駄目なら勇者様だけでもいい。どうかうちにきて、婆さんに一目会ってくださらんか。病で床に伏しとる気の毒な婆さんに」
「う……」
こんなふうに言われると、弱い。レナがいれば「勇者には使命がありますので」「勇者の時間は無料という訳には」とかささっとやってくれるんだが、彼女は修行のお祈り中だ。自分で何とかしよう。
心を決めて俺は毅然と言った。
「忙しいから、少しだけな」
……無理だよ、断れないって。俺、お婆ちゃんっ子って言われてたタイプだもん。




