04 少しイラッと
「肉体を変化させるような呪いがあるとは思えないんだけど、アーサーの不調との関係はあるかもしれない」
「そういう話だったな」
俺はうなずいた。レナは両腕を組む。
「アーサー、香り系は嫌いじゃないわよね」
「ん?」
レナが何を言い出したのかと、俺は尋ね返した。
「魔を祓うとされる配合の香油があるの。苦手な匂いでなかったら試してみない?」
「へえ、そんなものがあるのか」
そう言えば、神殿で香油を作ってきたとか言ってたっけ。あれって神殿という場所で作ったってことじゃなくて、神女のお仕事の一環だったの?
「レナの配合?」
「ええ、基本的なものを私なりに工夫したものがあるわ」
「それなら安心して任せられる」
あのとき宿の部屋で香ったの、すごくいい匂いだった。俺も好きなタイプ。あれがレナの好みなら、強すぎてキツいとかにはならなさそう。
「……」
ん? ジャレットが何か呟いたような。あ、もしかして。
「お前、香り系、苦手か?」
駄目な人いるよな。だからレナも確認してくれて――。
「ああ? いや、大丈夫。全然平気だ!」
ジャレットは親指を立てた。「本当は嫌いだけど勇者のためなら」みたいに我慢……というふうには見えない。ん? じゃあさっきの何?
「よかった。それなら次の町で材料を仕入れるわね! アーサーに似合うものにするから任せて!」
レナが嬉しそう。俺も嬉しい。
……ん? あっ。
「レ、レナはこういう、調香みたいなことが好きなんだよな! だから、喜んでやってくれるんだよ!」
俺はジャレットに向けて伝えた。
違う、「レナに任せる」に彼女が嬉しそうなのは「俺に任されたから」ではなくて! こういうのが好きだから!
「もちろん好きよ? でももちろん、アーサーのためになることも嬉しいの」
「あ、ああ、有難う。俺も嬉しい」
「……やっぱり、鈍感主人公」
ぼそりと聞こえた。今度こそ。
うう……やっぱりそう思われた……!
「ひとまず、香草を試してみましょう。ソルトさんを覚えている? 宿場町の医師の先生」
「あ、ああ、もちろん」
「エレナ」が「レナ」になったあのときの恐怖と安堵は、なかなか忘れられるものじゃない。
「あのとき、ソルトさんがくれた薬草は、もちろん服用して効果のあるものだけれど、清涼な香りも不快な気分を和らげるとされているの」
「へえ」
ミントとかそんな感じなのかな?
「『女の薬』なんて嫌?」
少し心配そうにレナが聞いてくる。そ、そうか、あれは呪いだったけどソルトさんが念の為にくれたのは「女の病」、つまり月イチのアレに効くというヤツだった。
「まさか。薬草や香りに性別はないだろ」
俺が答えればレナは笑った。俺が「女の薬なんて」と言うはずがないけど……「香りに性別はない」に喜んでくれたのかな、という気がした。
実際、すっきりした香りで頭痛がましになったりとか、あるもんな。なら、原因が呪いであれ、打ち切りのせいであれ、少し楽に……なるかな? 後者は難しいかも?
まあ、やってみて悪いことはない。
レナが鞄から取り出した乾燥ハーブみたいなものを受け取ると、俺はそれを指先で粉にして鼻を近づけた。
薬草は爽やかな香りがして、少しだけ俺の目を刺激した。
―*―
翌朝の体調は、よかった気がする。
プラセボ効果なのかもしれないけど、香草が効いた感じがすることに何も悪いことはない。
『地の文』はまだ何も言わない。
そうだろうな、あいつは俺の転移前のことを知らないから、あの姿――完全に転移前の手や身体、声が再現された以上、あれは『地の文』の仕業じゃない。
いや、だいたい、あいつは俺の行動を変えられなくて……。
ん?
何か引っかかった。
「香草も効果がありそうね。次の町で、香油の材料費とは別に、少し仕入れておきましょう」
「悪いな。最近は資金が潤沢とは言え」
魔物がたくさんやってくれば魔石もドロップしやすい。俺たちはわざわざ仕事を受ける必要がほとんどなくなっていた。
『地の文』のいい置き土産だ。
「勇者が魔王を倒すための資金でしょ。あなたのために使わないでどうするのよ」
レナは一貫している。報酬の確認も節約も、別に彼女の趣味って訳じゃない。出納帳は趣味らしいけど。
「無理すんなよアーサー。必要なら俺も前に出るし」
ジャレットまでそんなことを言ってくる。俺は笑ってやった。
「術士に前衛やらせる勇者は、さすがにかっこつかないだろ」
「まあ、それはそうかもしれないが……」
歯切れが悪い。顔に「心配だ」と書いてある。百パー善意による心配なのは判るが、少しイラッとした。
「俺が頼りないなら、別の勇者を探してきたらどうだ? 不調な俺は引っ込むから、そいつに前衛をやらせろよ」
「アーサー!」
怒ったのは――レナだった。
「いまの言い方は悪い。ジャレットに謝って」
「……確かに変なこと言った。ちょっとイラッとしちまって……ごめんな」
一瞬カッとなりそうだったが、どうにかこらえた。レナの指摘通りだ。自分でも「嫌味を言った」という自覚がある。
「い、いや、俺の方が悪かったよ……お前は弱い、みたいな扱いされたら、腹立つよな」
気遣い魔人は慌てて手を振った。
「俺も変な言い方になるが、昨夜の……アーサーが一瞬女の子に見えたのが気になってさ。女の子みたいな扱いしちまった。本当に悪かった」
「あ、ああ……な、成程……?」
――こいつ! TSの可能性を本気で考えてるな。「アーサーが本当は女子なら俺が唯一の男だから、バトルでも前に出ないと」みたいな!
時代錯誤! おっさん!
……でもほんと、善意だ。
「たとえ『女勇者』になったとしても問題がないって、レナも言ったろ。……年齢制限以外」
小さくつけ加えると、小さくなってたジャレットが目をぱちくりとして、それからハハッと笑った。
固まりかけた空気が戻って、レナも安心したみたいだ。「年齢制限」の部分を追及してこなかったのは、「男同士がまた何か言ってる」くらいに思ってくれたんだろう。
こんなことで彼女に負担をかけるべきじゃない。俺は反省した。




