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敵は魔王より『地の文』だって?~勇者アーサーの不本意な戦い~  作者: 一枝 唯
第8話 『地の文』が帰ってこない

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03 自分にとって大切な

「え……アーサー?」

「あれ?……アーサー」


 ふたりが揃って呆然とする。

 俺はまた自分の手を見た。

 ――いまは、「アーサー」だ。


 呼吸を整える。手が震えそうだ。

 何が、起きた?


「え、どういうこと……? 少しの間、アーサーが知らない女の子に見えて……声もアーサーの声じゃなかった……」

「俺にも女の子の姿が見えた。レナの錯覚とかじゃない。そんな錯覚もないと思うが……」

「お……俺が? 何言ってんだ?」


 声はかすれかけたが、戻ってる。さっきは声も元の身体のものだったけど、いまは「アーサー」――。


 でも、どう言えばいい? ふたりともしっかり見たし、聞いた。「気のせいじゃないか?」なんて言っても無駄だ。


「転送術の一種かしら? 誰かと一時的に入れ替わった? それとも呪いのせい? ねえ、アーサーはどういう感覚だった?」


 有り得ないことを見た直後だっていうのに、レナはすぐに冷静さを取り戻して分析をはじめた。


「いや、その……俺は、何も……」


 一方で俺はしどろもどろ。だって、どう言えばいいんだよ!?


「……ィーエス……?」


 小さく、ジャレットが呟いた。俺はヤツが何て言ったか気づいて、ギクッとした。

 こいつ、いま――TSって言ったか?


「アーサー、おまえ、まさか……」

「呪いのせいか!? お、俺が女に見えたって? わはは、可愛かったか!?」


 ごまかしたいあまり、支離滅裂なことを口走ってしまった。レナはぽかんとし、ジャレットはじっと見ている。うう……。


「アーサーはここにずっといたのね? 一瞬どこかに転送されたり、何か違う景色が見えたりはしなかったのね?」

「し……しなかった、かな」

「手を見ていたのは何? おかしな感覚があったなら教えてちょうだい、何かの手がかりになるかもしれない」


 うう、レナさんの知的な追及が怖い。恨むぞ、『地の文』……!


「考えてみると雰囲気はアーサーと似ていた。……言えなければ言わなくてもかまわないんだけれど、ご家族はどうしているの?」


 もしやレナ、俺の姉の話を……!?

 いないんだ、姉は……!


 転移前の俺――私が女である、ということは、何も秘密にする必要はない。知られてまずいことは別にないし……レナを困惑させるかもしれないけど、「絶対に知られてはならない重大な秘密」ではない。

 そもそも最初の頃に転移を説明しようとしたときも、いろいろ口走ってたと思う。全く通じなかっただけで。


 ただ、いまや半年以上、俺は男性として行動し、レナにもそうやって接してきた。騙していた訳じゃないし、逆のパターン、つまり「男性だったのに女性としてベタベタしながら接してきた」とかより引かれないはずだけど――正直、伝えることへの抵抗はある。


 理由は何なんだろうな。男でありたいという訳じゃない。ただ……アーサーとしてレナに接してきた時間が、自分にとって大切なように感じてる。


 ……判らん。


「――確かに、ちょっと、おかしな感覚はあった。寝起きみたいな……ふわっとして……それで、手や身体の感覚を確かめた。それだけだよ」


 少し嘘をついた。胸が痛い。


「あと、家族は……俺に似てないよ」


 姉じゃない、って言いたかったんだけど、何か意味ありげになっちゃったかも! レナもジャレットも気まずそうにしちゃった!


 違う、俺だけ血の繋がりがない家族とかそういう話ではなく!


「そうなのね。それなら、呪いの一環なのかしら。アーサーを女にする呪い?……まさかね」

「肉体をそんなに大きく変化させるような呪いが存在するのか? いくら妖術でも無理じゃないか?」

 

 ジャレットが口を挟んだ。レナもうなずいている。


「そうね、無理だと思う。見た目だけの、幻術のようなものなら有り得ると思うけれど……アーサーを知らない女の子に見せて、魔王に何の得があるかしら」

「――判った」


 低くジャレットが呟いた。俺はぎくっとし、レナは真剣に注視する。


「どうせ追われるなら女の子の方がいいという魔王の趣味――すみません殴らないでアーサーさん!」


 思わず俺は拳を握り締めていた。何を言い出すかとびびったじゃないか!『地の文』が大人しいかと思えば、お前がコミカル方向に行くのか!?


「アーサーに精神的なダメージを与えるため? ピンとこないわね。本当に女性の身体になったら、いくらかは戦力が落ちるでしょうけれど……聖剣がアーサーに属している以上は、そこまで影響は出ないはず」


 ジャレットの戯言を完全にスルーして、レナは考え続ける。


「属してる? それだと、もし筋力が落ちても関係ないのか?」


 それこそ俺にはピンとこない。しかしレナには自明のことらしかった。


「聖剣の本領は魔を祓うことだもの。襲ってくる魔物には力で対抗する必要もあるけれど、目指す魔王に効くのは腕力より聖なる光よ」

「そりゃ……万一のことがあっても安心だな」


 万一、決戦の間にさっきみたいなことが起きても、俺は剣が重くて戦えない、なんてならないで済むのか。


「……女の子になるつもり?」

「……なろうと思ってなれるのか?」


 「なるつもり」というか、「もともとそう」なので、答えづらいツッコミだった。俺はボケ返すことで何とか切り抜けた。


「『女勇者』も俺は好きだがな、アーサー。その場合は気をつけた方がいいぞ……年齢制限に」


 ジャレットは小声でつけ加えた。俺は今度こそ殴ろうかと思った。こいつ、18禁展開のこと言ってるよな!?


 俺は『地の文』が何か言ってこないか、期待と警戒の両方を持って少し待ったが、「やっぱりエロの方がウケるよなー」みたいな『地の文』の最悪の独り言は、幸か不幸か俺に届かなかった。


 ……やっぱり、さっきの一瞬の現象は呪いじゃなくて、『地の文』が筆を置いた――と言うのかよく判らないが、その影響があるんじゃないだろうか。


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