02 ――誰?
「覚えてる? 災いのお告げ」
「あー……レナが神殿で聞いてきた?」
ジャレットと出会ったあと、「新たな光は災いを呼ぶ」みたいなお告げをレナが神殿からもらってきたんだったな。そのあとユウオが現れて、災いを呼ぶのはジャレットじゃなくてユウオだと判定してた。
「ユウオのことじゃないのか?」
「そうだとは思うんだけれど、彼の目的がジャレットの強化防止だったなら、『災いを呼ぶ』という表現は少し違うように感じたのよね」
「まあ、言われてみればそうかも」
ユウオが強力な杖を手にして街を破壊しようとしていた、とかだったら「災いを呼ぶ」と言えただろうけど、史録堂の展示を破壊した程度だ。もちろん史録堂には災難だったけど、それなら史録堂に向けて予言してもらわないと。
「まだ何かあるんじゃないかと気になって、私の所属する神殿の司祭様に解釈をお願いしていたの。その返事がきたのよ」
「返事?」
旅の途中で返事? 伝書鳩とか? さすがに移動中の人間には届けられないのでは? などと俺は真っ当なことを思ったが、レナは肩をすくめて聖杖を取り出し、軽く回すような仕草をした。
「これよ」
え、その杖、通信とかできんの? 初耳なんだけど。まじで言ってる?
「言っておくけれど、『不思議な力で誰とでも意思を通じ合える』なんて思わないでね。この杖は司祭様が祈りを込めて作られたものだから、あの方とだけ可能だし、回数も限られてる。何とたったの三回。ちなみに往復は二回と数えます。こっちの依頼だからね」
「え、三回!? その杖を使ってる間とかじゃなくて、まさか人生で!?」
衝撃的な情報が続いて俺は口をぱかっと開けた。
「厳密には聖杖の限度だけれど、月神の杖は原則として一生物だから、実質人生で三回かしら」
月神の杖は職人が作る太陽神の杖と違って、神殿で祈られ、使い手に最適なものが作られるとか何とか、前に聞いた。もし壊れでもすれば作り直すことになるとしても、基本的には「有り得ない」レベルのことで、一生一本が常識らしい。
「妥当でしょ、使い方としては。だいたい、そんなに精度が高いでもない。送れる内容も限られて、距離に応じて時間もかかるし、決してそんなに便利なものではないのよ」
レナはあっさりしたものだ。感覚としては、昔の電報、みたいな……?
確かに利便性はそこまでじゃないかもしれない。でも人生で三度しか使えない何かがあるとしたら、俺ならきっと出し惜しみしちゃうだろう。俺はまだ口を開いていた。
「それでね。災いというのは、ユウオが魔王の手下だったということだけじゃなくて。彼の残した何かがアーサーの不調を引き起こしているんじゃないかと、そういう解釈ができそうなのよ」
「残した、何か」
ふわっとしてる。レナが三回のうち二回を消費したのに!? しっかりしてくれよ、司祭様!
「可能性としては、ユウオの火炎術じゃないかと思うの」
もっともレナは、司祭様への苦情など思い浮かべることなく、そこから分析をしていたようだった。
「アーサーは彼の術を間近で浴びていたでしょう。すれすれで放たれた術で火傷したこともあったくらい」
「確かに……レナやジャレットと違う点は、そこだ」
俺は呆然としながら言った。
一緒に飯を食った、とかなら三人とも同じだし、話をした、とかならジャレットがいちばんしてた。ユウオが原因で俺だけに不調が生じてると仮定したら――。
「あいつの火炎そのもの、或いは妖力が、俺に不調をもたらしてる呪い、だと?」
「ええ」
こくりと彼女はうなずいた。
「妖力そのものではなく、妖力に何か呪術を乗せているのかもしれない。正確なところは不明だけれど」
レナの分析を聞いて考えてみれば、腑に落ちる点もある。
ユウオがスパイだという『地の文』のネタバレがなかったとしても、俺がユウオを迎え入れたかは怪しい。あんなに意思の疎通ができない相手と寝食を共にしたり、命を預けたりは難しいよ。
あの間、俺は何度も、魔王はどうして「潜り込んで情報を取る」とか「親密になってから裏切る」みたいなことに全く向かない人材を送り込んできたのか、首をひねってた。
やがて、どうやらユウオの目的は戦力の増強防止――ジャレットに強力な武器が渡ることの阻止だった、と判明した。それなら別に、俺たちに馴染む必要はなかっただろう。そう思って納得してた。
でもそれだけじゃなくて、もし「エイムはどうでもいいから、勇者の近くで強力な妖術を撃ちまくる」みたいな任務もあったとしたら? それならユウオは適切な人材になりそうだ。
「災いを呼ぶ」――勇者が弱って魔王が得するとしたら、それは災いかもしれないな。シノンは俺を殺さないと言ったけど、魔王様大好きなら「魔王を倒す運命」の人間なんか目障りだろうし、シノンと違う考えの幹部みたいなのだっているかも。
でも、そんなことより。
俺の動きが鈍かったのに、レナは俺が悪いとはかけらも考えていなくて、「災い」を疑い、調べてくれたこと。貴重な三回の内の二回も、俺のために――魔王退治のためだとしても――使ってくれたこと。この不調は、『地の文』が自分で勝手に打ち切りを決めたせいじゃないかもしれないこと。
『地の文』の影響も皆無じゃない気はするんだが、それでも。
「……有難うな」
「何よ。お礼は解決してからにして」
俺がまっすぐ彼女を見て言うと、レナは苦笑した。その笑みがあんまり優しくて、俺はちょっと泣きそうになってしまった。
その、ときだ。
レナの優しい顔が――こわばった。
え?
「――誰?」
え?
彼女はぱっと立ち上がる。
「何者? どういうこと?」
「え、いったい、どうし……」
どうしたんだ、と口にしかけて、俺も固まった。この声。俺の……声?
「え?」
俺は自分の手を見た。身体を触った。
「ジャレット! きて!」
レナがジャレットを呼ぶ。少し離れたところで見張りをしていた風使いは、レナの鋭い声に飛んできた。
「レナ! どうし……誰だ?」
ジャレットもまた、ぽかんとする。
「アーサーは?」
「お……」
俺だ。俺がアーサーだが……え? 何で?
「誰だ? その……女の子」
俺――私は息が止まりそうになるのを覚えた。
何で!?
どうして、転移前の身体に!?
これが呪い? それとも……『地の文』が書くのをやめたせいってこと!?




